4.モンスターという名の生物






突然だが、この世界のモンスターという概念について紹介しようと思う。


彼等は突如どこからともなく現れた生物で、動植物等人類もろとも食糧とし、その特有の力で今までの生態系を乱しては食物連鎖を崩していった。

あるものは火を吹き、あるものは水に溶け、あるものは嵐を呼ぶ。人の中ではそんな力を神力だと奉り、宗教活動に勤しむ者もいればこの世の終わりだと嘆く者、戦いを挑む者に研究する者と様々だ。


共通認識としてはそうだな、それが決して意思疎通の出来ぬ、人間へ害なす化け物だという事。残念ながら元の世界にあったとある物語の様に和気藹々とは出来ないし、実は良い奴でしたとかそういう展開も一切無い。

ただ、モンスターがいる。そんなフィクションの様な展開が起きている現実はこの世界を酷く残酷な世とする一つの要因であった。



「これは酷いな。」



化け物の所為で荒れ果てた街の映像を見て、ジドさんが隣で呟く。映像の先にはアンズーが滅した街の一つ、サハドがあった。

いやはや、これではもう街とは言えないか。荒地と化した土地に人の死骸を餌とするモンスター達が蔓延り、魔物の巣窟と化しているのだから。


撮影してきた映像の中には焼け焦げた人だった肉にカラスやハエの様な魔物が群がっている。そしてそれを瘴気を出すタコの様なモンスターが喰らい、共食い合戦が始まった所で師匠がガスンとその機械を壊し舌打ちした。

それ、高価な上に貴重なんだけどなぁと場違いな事を思いながらも決して口には出さない。

無理もなかった。山の領土は皆何かしら大切な者をモンスターに奪われた人間が集まってできた場所だと聞いていたから。一匹一匹でも憎悪を向ける連中が多いのに、惨状を知るためとは言え群で人の死骸を食う場面を見たのだ。なんの恨みを持たぬ私でも気分が悪いのだから、その領主である彼の心情は計り知れないだろう。


段々と侵食される人の領域になんの温情もなく増え続けるモンスターは、着実に人々の神経を疲弊させていた。せめてどこから来るのかわかればまだ対処の仕様もあるものを、残念ながら発生源と思われる場所や事象は未だ解明されていない。



「ふん、弱い奴らほどよく群れる。」

「どうやって殺す気です?コイツ等ならともかく、アンズーに勝てるわけがないと思いますが。」



苦い顔を隠そうともしない二人へ問いかける。通常のモンスターならばともかく、アンズーは伝説級の生き物だ。幾ら剣聖の様な強者が集まろうとも、動きも早くその獰猛な攻撃を放つ奴ならば人間なんかあっという間に消し飛ばしてしまうだろう。


そも、この世界の人類側には魔法魔術等の奇跡すら存在しなかった。外国の様な、それこそお伽話に出てきそうな世界観。その癖にそんな欠点がある所為でとっても歪なこの世界。

自動車や携帯電話といった文明の利器は勿論普及してないし、食べ物だってインスタントの様な手頃で安価な保存期間の長い商品もなく。地形ですらまぁ端から見なくても本当にデタラメで生き辛い。ジャングルの様な熱帯地帯のすぐ隣が雪国であったり季節が巡らない地域って、どこかの少年漫画かしら。


つーか敵側のモンスターはがっつり攻撃魔法使う癖してこっちは回復系も一昔前の医療だし、化学もあまり発達してないときたらそら生存競争にも負けるよネ。歴史的に言えばつい数十年前までそんなファンタジックな生物は居なかった様なので致し方ないといえばそうなのだが。



(、せめて公になってなければなぁ)



なんて毒づきながらも私は思考を切り替え、師匠からとある一枚の紙を受け取った。苦肉の策なんだろうな、ヒルダさんの顔色から酷い嫌悪を読み取ってしまったのは此処だけの話にしておく。


改めて紙に目を通せばそこには彼が大嫌いな領主の名と、極めて貴重な武器に関する発注がつらつらと達筆な文字で書かれていた。使者の名は、おや門番?ふーむ。要は隣領への協力要請の後、万が一断られた場合せめてこの人の武器の一つだけでも調達してこいという流れだろうか。しかも海の領土における特注って事はつまり。



「属性付きの武具ですか。確かに領主自らですと相当な品が出来上がりますね。大正解〜。」

「あの女に頼むのは尺だがな。もし移動範囲が拡大すりゃ向こうにも被害が出る。無下にはしないだろ。」



属性付の武器。それはモンスターへ対抗する為に作り上げた、この世界の人間達による努力の結晶の事である。精密機器系はからっきしな癖して何故こうもファンタジックな物は元の世界以上に出来上がるのか、私にはとても理解し難い事だが今は割愛しておくとしよう。


兎にも角も、現在その武器の独裁販売を行っているのは加工部門が発達した海の領土のみ。製造技術は所謂企業秘密というヤツで、全ては謎に包まれている。

ただ分かっているのは媒介になる使い慣れた武器とモンスターの身体の一部、つまりはゲームの様に素材を使用するという事。そしてその中でも質の良い武具は海の女領主とその側近だけにしか作れず、大量生産は不可能という情報だけだ。

因みにそんな良物を思想の対立している山の領民にくれるのか、との疑問はあえて無視させて頂きます。ああでも予測するならそれが今回、彼が手伝えと言ってきた言葉の真意なんだろうな。わたし自意識過剰でも何でもなく、彼女の超お気に入りなので。



「材料は?まさかそれすら手伝えなんて言いませんよね?」

「バジリスクの瞳だ。用意はある。」

「へぇ。そういえば数ヶ月前、あの大物を追い詰めたものの討伐できなかった若者が居たましたね。」

「。」

「勧誘好きの貴方の事だ、もしかしてここに居るんです?えっと、何だったかな。名は確かジ」



そこまで思い出して、ハタリと思考が止まる。ンン、と詰まりながらもギギギと隣を向いてみた。あれー?そういやなんかここ数日でその名と似たような名前を連呼していたぞ、なーんて。

パチリと目があった門番は悪かったな、討伐出来なくてとかボヤきつつ、すんごい視線をこちらへ向けて来ている。ぐ、言い方が悪かったすいません。

心の中で平謝りしていればヒルダ氏がそうだな、討伐できていたら素材二つが手に入った上に体の部位から毒属性も追加できたなんて追い討ちの如く言いやがりまして、色んな意味でもう泣きそうだ。頼む、おねがいだから空気読んでよヒルダさん。


彼のきっつい視線から誤魔化す様にごほんと咳払いをした後、私は暫しの沈黙を貫いた。そしてそのままなるほど、石化ですかとサクリと話題を戻してやる。

対して彼等は意外にも会話の主導権を此方へ譲ってくれたらしい。まぁ、石化属性なんて素材の調達も難しく属性付きの中でもかなりレアな装備品なので、数多くの領土渡りを繰り返している横断屋の私ならそれ相応の有益な情報が飛び出てくる、なんて思ったのかも知れない。

だが残念な事に、海の領土へ頻繁に出入りしている私であろうがそんな武器の情報なんて一切無かった。


それは単純な話。石化の魔法を扱うモンスターはあまり存在しない上、倒すのにも一苦労だという事実が一枚噛んでいる。

唯一のピンときたのも数ヶ月前の噂だけ。内容はなんの属性武器も持たず、そんな高難易度の魔物に単身で挑んだ若者がいたという事。そしてそれがジド・アルマという青年だったって事、この二点のみだ。

言わずもがな先程までお仕事できない系人間だと思っていた新人門番さんのお話なんだけれど、此処にいるって事はその調達した素材も間違いなく今回使用する物だし、プラスアルファの武具を作るなんて不可能に決まっている。



「理屈では有りだとは思いますよ。殺す事が不可能ならばその動きを封じてしまう。ま、近寄れるかが問題ですけど。」

「、飛び道具は?」

「だったら止めといた方が良いですねぇ。あいつ、多分咆吼の振動で弾きます。」

「なら確定だな。ジド、お前の剣だ。それを使うぞ。」

「は、はい!」



新人門番、失礼。かの毒沼の主であるバジリスクへ挑んだ勇者、ジド・アルマを見れば、少し身体を硬直させて自領の主へと頭を下げていた。どうやら自分に白羽の矢が当たるなんて思ってもみなかったらしい。

可哀想な事だ。この流れで属性付の武器を与えられるという事は、今回の討伐戦力の要という意味を持つ。師匠としたらバジリスクの瞳を奪ったのはジドさんだからこそ彼に与えるのが筋だと考えたんだろうけど、いかせん失敗した時のリスクを思えば尻込みするのも頷けた。


山の民がアンズー討伐に乗り出した事を知れば、恐らくこの領土だけに止まらず、人々はその結果から齎される平和な日々を思い描くだろう。

そしてそれがもし失敗したら。人間と言う生き物は無慈悲にも、勝手な期待を勝手に裏切られたと勘違いして周囲に八つ当たり開始するのだ。当然矛先は何の罪もない子供や今回の討伐戦に加担した人間へ向くと目に見えている。


実に理不尽だ。そう思いながらも斬撃、彼で届きますか?と小さな声で呟けば、それを拾い上げた師匠は届かせる、なんてかっこいい返事をしてくれた。それは結構。少し目を伏せたら不服かと問われて苦笑してしまう。

剣聖である彼の愛刀も、間違いなく属性付だった。十年程前になんのモンスターを狩ったのかは知らないが、平たく言えば風に関わる刀である。届かせる。その意味はつまり領主自らフォローに回るという事。一部分だけとはいえ、風といった自然現象が味方になるのであればアンズーへ一撃を浴びせる事の出来る確率はかなり高くなる。しかし、それでも。



「確認しときます。新人さんにその大役キツくないですか?流石にちょっと可哀そ」



ゴスンと私の頭上に今度こそ門番様から鉄拳が落ちました。シリアスぶち壊しな上に痛いですねとても!!


思わず涙目になりながら何をする!と振り返れば、やはり完全に舐め腐った私の言葉に反応した彼がいる。馬鹿野郎。そんな心配すんじゃねぇと言われて目を見開いた。この人、どうやら言葉や態度自体に怒った訳で無く、此方の危惧する事案へ気付きそれに怒りを覚えているのだ。

失敗はしねえ!アンズーは俺が倒す!そう大きな声を発した彼は先ほどまで震えていた面影が全くなく、吃驚するほど逞しかった。ついでにお前がルネートなんて絶対認めねぇからな、なんてこのタイミングでまた言われてえ、まだそれ続いてるの?なんて返した私は断じて悪くない。



「未熟、新人。確かにそうだな。実力はあれど任せるにゃ少し荷が重い。」

「お、長まで!」

「当前だ。この領土以外経験のねぇ若造が粋がるんじゃねぇぞ。」

「ぐ、」

「やーい」

「、お前もだ馬鹿弟子。」

「ええ?というと、」

「ルネートとしての運び屋仕事ならともかく、今回は仲介役として行動してもらう。身の危険性は理解できてんだろうな?」

「うーん。モンスター?」

「頭が痛ぇな。外じゃねぇ、中の話だ。」

「あ、なるほど。海の女領主お付き勢か!そう言われてみればありえそう。あそこの人達あったま硬いんだよねぇ~」

「タンマだ長。まさかその流れ、俺にこの嬢ちゃんを守れって事じゃねぇよな?」

「まぁ精々気張れや。」

「嘘だろ」「わぁお」



やれやれと色っぽく、疲れた様にため息を吐く師匠はつまり、二人で一人前だと言いたいんだろうと思う。私にとってモンスター相手なら兎も角、人間相手では分が悪い。それを理解している彼は護衛がてらジドさんを連れて行けと、そう言っているのだ。そして私の十八番である外での判断が甘いとみれば指摘をし、彼の第六感または咄嗟の判断基準を鍛えろと。

まったくもって不愉快だった。何故かワンセットにされた事もそうだが、たった一人であのバジリスクに挑んだ強者に一体何を教えれば良いんだか。正直困った物である。しかも、だ。


色んな意味で絶句しているジドさんをさておき、私はいつも海の領主の傍に立っている人物達を思い返していく。彼女から気に入られている私が気に食わないのか、よく奴等からは鋭い目つきで睨まれるのだ。

平素ですらそんなんなのに今回は対立領土からの協力要請ってまぁ内容が内容だし、嫌がらせは免れないだろう。領主だけなら話は早いのだが、いかせん片時も彼女の側から動かないとある側近が非常に、ひじょーに厄介だ。実力行使で来られたらまず積む、というかあれ?ちょっとまてよ??



「今思った。これ私が関わるメリットないよね。ギャラはぁ?」



瞬間否定の罵声と鎌鼬の様な風圧が飛んできて、私とジドさんは慌てて洞窟内を走り出した。貴重な武器をここまで乱雑に使うなんて!人でなし!!とか叫んだら、地響きと共に小さなハリケーンの様な渦巻が辺りの物を巻き込みつつ、物凄いスピードで此方へ向かって来たのでここは一つ全力疾走しつつスルーさせて頂く。

あれだ、背後から聞こえるぎゃー!とか長を止めろー!とかの悲鳴は気にした方が負けだ。絶対に振り向かないぞぅ!!



「人でなしはどっちだよ、。」



呆れた様な、疲れた様な。そんな呟きが一緒に走っている人物から聞こえて私は小さく嗤い、そのまま聞こえないフリをした。

だって、モンスターの所為で大量の被害者が出ていても、所詮私には他人事。ここは異世界で、例えモンスターがいなくとも現代の日本社会の様に働いていたらそれなりの生活が約束される、なんて事もなく生き残る事がとても難しい世の中なのだ。


それでも、ちょっとだけ。情に、無償で助けるといった善意に流されそうになっていた事へ苦笑した。恐らくそれはここ数日、人が呆気なく死ぬところをずっと見ていたからかも知れない。

いけないいけない。師匠は兎も角、出来るだけ一人ひとりに入れ込まない様にしなければ。情が沸けば足元をすくわれる。裏切られたら命に関わる。嵌められてからじゃ、遅いのだ。



(死ぬのだけは、絶対に御免だね。)



だから私はこの仲介役が終わったら、アンズー戦へと入る前に是非ともトンズラしようと思う。頼み主がヒルダさんな手前、下手に断るよりも適当な所で抜ける方が後腐れ無くて良いだろう。

今回はノーギャラだったが、いつも彼からの報酬は羽振りがいいので今後も宜しくしておきたい。何より運び屋を名乗る以上、領地から出禁にされても面倒だ。


態々危ない目に合いながら人助け、だなんて冗談じゃないと心底思う。

酷い?まぁそれは当然!だって私はこの世界にいる限り、ひとでなし、なんだから。






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