第3話

 ヴィリロスと名乗った少年は、自分のことをドラゴンと名乗り、この都市のあらゆるものを動かすエネルギーである動力を精製していると言った。


「動力精製? いや、待ってくれよ。動力は動力炉で、俺たちが掘ってる鉱石から作ってるんじゃないのか?」


 ライゼからすればそれが常識で、ドラゴンと名乗る目の前のヴィリロスが動力精製をしているとは到底思えなかったし、信じられない。

 そうでなければ、自分たちのやっていることはいったいなんだというのだ。


「それは……奴らの……都市管理委員会の嘘なんだ」

「都市管理委員会の嘘ねぇ」

「信じてくれ、あいつらはずっと嘘をついているんだ!」

「いや、信じねえとは言ってねえよ」

「え……?」


 ヴィリロスは信じられないと言った顔をした。


「おいおい、なんだよ、その顔は。確かにお前がドラゴンだとか動力炉を担っていたとかそんなのは信じられねえよ。けど、都市管理委員会が嘘を吐いてるってのは信じられる」


 なぜならば、都市管理委員会の嘘の一つをライゼは知っているのだ。


「そこの写真、あるだろ」


 真っ白な雲海がどこまでも広がった写真をライゼは指さす。

 ヴィリロスは先ほどまで見ていたそちらに視線を向ける。


「不思議な写真だ。ただ白い何かがあるだけなのに、ひきつけられる」

「そいつは雲海つって兄貴が壁の外を撮った写真なんだ」

「壁の、外……」

「綺麗だろ? そんな風に壁の向こう側には確かに世界が広がってるんだ。でも都市管理委員会の奴らは都市壁の外には何もないって言ってやがる」


 仕事で一緒のおやっさん、いつもパンをくれるパン屋のおばちゃん、配達屋。この都市に生きる全ての人間。

 誰も彼もが都市を囲む壁の向こう側には、何もないのだと信じている。

 都市管理委員会が言っているからと誰も疑いもしない。


「けど俺はそれが嘘だと知ってる。兄貴のことをみんな嘘つきだっていうけど、壁の外はあるんだ。俺は確かに子供の頃に見たんだからな!」


 だがライゼの兄は、嘘つきと言われた。ライゼ自身もそう呼ばれることがある。

 それでもかつて見た雲海は目に焼き付いている。

 都市管理委員会がいくら外がない、でたらめだと言っても、ライゼは知っているのだ、それが嘘であることを。


「なら、お前の言うこともきっと本当なんだろうさ。まあ、さっすがにお前がドラゴンってのは信じられねえけど、お前が大変な目に遭ってるってのはわか――」

「証拠を見せる」


 ライゼが言い終わる前に、ヴィリロスは手をかざし力を入れる。

 すると莫大な蒸気が爆ぜた。


「――どわああああ!?」


 ライゼはソファーの後ろにひっくり返った。


「なんっ……」


 なんだ、とは言えなかった。

 目の前にあったものに目を惹きつけられるてしまったからだ。


 そこにあったのはヴィリロスの腕ではなかった。


「空色の鱗……?」


 そこにあったのはまるで澄んだ空を閉じ込めたかのような空色の鱗に覆われた腕だった。

 光を反射する鱗は、まるで昼間のような明るさで部屋を青く照らし出す。


「どう?」

「どう、って……」


 鱗があることからもわかるが、決してそれは人のものではない。

 六本の指の異形であり、黒曜に輝く鋭い爪がある。

 爪は漆黒というわけではなく星空が映っているようですらある


 思わず息をのむほどに美しかった。

 その美しさは、ヴィリロスが本当のことを言っているのだと強制的に信じさせるに足るものであった。


「これで信じられるかな」

「あ、ああ……」


 空色の鱗の腕はみるみるうちにしぼみ、人のそれに戻って行く。

 こんなものを見せられては、信じずにはいられない。


 ソファーを元に戻してライゼはどかりと座り込む。

 まさか自分の目の前にドラゴンという伝説上の存在が現れるとは思ってもみなかったから、少しばかり気疲れした。


「はぁ……」


 そんな様子のライゼを見てヴィリロスはすまなさそうにする。


「ごめん……」


 伝説に謳われ、世界の覇者とまで言われたことのあるドラゴンが、部屋の隅で身を縮こませている光景はなんだか笑えて来た。


「はは、気にすんなよ。良いもん見れたって思ってるさ。それよりも、お前はこれからどうするんだ?」

「街の外へ行きたい……もうここにはいたくないんだ」


 ヴィリロスは膝を抱えて座り込む。

 その姿は怯える子供のようだ。先ほどの神々しいまでの輝きを放つ鱗を持つドラゴンの腕を出したとは思えない。

 だからライゼは手を伸ばす。


「なら、行こうぜ」

「え?」

「外、壁の向こう側にさ!」

「でも、どうやって……?」

「壁をぶち破るんだ。そうすりゃ、みんなが見る。兄貴を嘘つきっていった連中を見返してやれる!」


 そのためにライゼは鉱夫になった。

 作業用重着で硬い壁を掘り続けたのは、壁をぶち破る練習だった。


「できるの? 本当に」

「できるさ!」

「壁を昇った方がいいんじゃない?」

「あんな高い壁どう昇るってんだよ」


 壁の高さは百メートル以上はある。分厚く、硬度も高いため、杭を打ち込んで昇るという手段も取れない。


「でも、穴をあけるのも難しいじゃないか」

「こっち来てみろよ」


 ライゼは地下室の奥へとヴィリロスを導く。

 そこに鎮座していたのは、継ぎ接ぎされた作業用重着ワーキングウェアだった。

 様々なパーツで構成された色とりどりにパッチワークされたそれはどこもかしこも左右対称とは程遠い不揃いなものである。


 一番目立つのは右腕だった。もはや異形と言って良いほどに巨大な右腕を有している。

 そこにはあらゆる総てを貫かんとでも言わんばかりのドリルが装備されていた。


「俺のオリジナルだ。パーツとか色々拾ったりもらったりしてコツコツ作ってたんだ。こいつが完成すれば、壁をぶち抜けるはずだ」

「おぉ……すごいな」

「お前、わかってねえだろ」

「うん」


 だはーと、ライゼはずっこけた。


「わかんねえかなぁ、このすごさがよぉ。まあ、ドラゴンだしずっとどっかに閉じ込められてたりしたらわかんねえか」

「むっ」

「あっわりい、別に馬鹿にしてるわけじゃねえよ。いつかわからせてやる? みたいな」

「……で、いつ完成なの?」

「あー、いつだろうなぁ……」


 ヴィリロスの視線がジトリと湿る。


「し、仕方ねえだろ! 肝心なものが手に入らねえんだからよぉ!」

「何? 肝心なものって」

「…………」


 ライゼは明後日の方向を向いて答えた。


「エンジン……」

「エンジン。それって一番重要なんじゃ?」


 ドラゴンでものを知らない箱入りヴィリロスですら、エンジンというものが大切ということは知っていた。

 なにせ、ヴィリロスは生まれてからずっとそのエンジンとして生きて来たのだから。


「そーだよ! 一番重要だよ! でも仕方ねえだろ! こいつを動かせるようなエンジンなんて、それこそ都市動力炉クラスのがいるんだよ!」


 ライゼは、はっと気が付く。

 ヴィリロスは、ライゼのその言葉を聞いて笑った。


「なら、簡単だ。ボクがそのエンジンになろう。だから、連れて行ってほしい、ボクを外へ」

「でも、いいのかよ。お前は」

「良いんだ。嫌々だったけど、今度はボク自身が外に出るためなんだから」


 そう言ってヴィリロスは手をライゼに差し出す。


「なら、遠慮なくなってもらうぜ、エンジンに! ふたりで行こう、外に!」

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