第32話 回答拒絶 ~3日目の終わり

 自室へ戻り、そして机へ。

 いつも使っているレポート用紙とシャープペンシルを出す。

 これで気づいたことはすぐにメモできる。


 それでは聞いてみるとしよう。

 何故、僕というか僕の記憶を選んだのかを。


世界樹ユグドラシル、何故僕の記憶を使ったか、理由を聞いていいか?』


小野寺おのでら遙人はるとの記憶は脳腫瘍手術の際のバックアップとして、ほぼ完全な形で記録されていました。ですので編集して作った人格と異なり、当初から独立した判断力を持って動く事が可能であるだろう、そう期待されたからです』


 なるほど、僕の記憶が記録されたのは脳腫瘍手術の為だったか。

 しかしそんな記憶は僕には無い。


世界樹ユグドラシル、脳腫瘍手術、もしくは僕が脳腫瘍を患ったという記憶は無いのだが、それはどうしてだ?』


『その部分の記憶に関しては、この社会実験における障害となるだろうという事で消去しました。具体的には脳腫瘍と発覚した後の時系列に属する記憶の一切を消去しています。時系列的に消去したのは記憶の整合性を残す為です。

 なお他に消去した記憶はありません』


 なるほど、理屈としては理解出来た。

 しかしその事は本題では無い。

 そして脳腫瘍でそういったバックアップ措置を取る事が可能なくらい技術が発展していたのなら。


世界樹ユグドラシル、それなら僕以外にも完全に近い形で記録されている記憶は数多くあるだろう。

 その中で僕の記憶を使ったのは何故なんだ? それとも他にも大勢の人間の記憶を使って、同じような施設で同じような実験をしているのか?』


『現在の時点では、その質問に答える事は出来ません』


 今までに無かった明確な拒絶が来た。

 何かありそうだ。

 もう少し掘り下げてみよう。


『答える事が出来ない理由は何故なんだ? あとエリやマキの記憶や人格は編集して作ったものと聞いたけれど、何故わざわざ編集して新しい人格を作ったんだ? 僕が特別な人間でないとしたら、同様に完全な形で残っている記憶、人格は大量にある筈ではないのか?』


『答える事が出来ない理由、巫女の記憶や人格が編集して作られたものである理由、これらについては現在の時点では回答する事が出来ません。

 完全な形で残っている記憶、人格がそれなりの数ある事は肯定します。しかしそれ以上については他の質問と同様、回答する事は出来ません』


 つまり俺の記憶と同じような情報がそれなりの数ある事は認めた訳だ。

 単に全てを秘密にする気なら、その事も秘密にした方が楽だろうと思う。

 これだけを認めるのは何か理由があるのだろうか。


 いずれにせよ、思考の材料が足りない。

 そして回答出来ないと言われたけれど、世界樹ユグドラシルそのものは僕に好意的な気がする。

 あくまで僕の感覚的なものだけれども。


世界樹ユグドラシル、わかった。ありがとう』


 さて、これで寝るのはまだ早い。

 少し本でも読むとするか。

 

 エアライフルの本に狩りについても少し載っていた筈だ。

 明日の参考にその辺について読んでおこう。

 何なら狩りに関する本を注文しておいてもいい。


 ふと思い出す。

 そう言えば日本の狩猟はライフルと罠猟が主役だったなと。

 さっきは落とし穴と言ったけれど、そういった罠の方が仕掛けるのは楽だし、地形を選ばないのではないだろうか。


 メジャーな罠として箱罠とかくくり罠とかあったよな。

 あと鳥用には禁止されていたけれど霞網とかトラバサミとか。


世界樹ユグドラシル、くくり罠とか箱罠といった罠をエリに頼んだ場合、どれくらいで提供できる?』


『くくり罠なら1分以内に、箱罠や囲い罠であっても5分程度あれば提供可能です。これらの罠はかかった時点でこちらから通知し、ハルトの任意でExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で措置をしたり、死んだ後に収納する事が可能です』


 無茶苦茶便利だ、これは。

 それなら現地で頼んだ方がいいな、きっと。

 この事はエリやマキにも話しておこう。

 まだ起きているだろうから。


 狩り関係だからエリかな。

 野外関係がエリ、料理や掃除等がマキという感じになってきているし。


 扉を開け、リビングへ。

 マキは明日の分だろうか、何かを調理中。

 エリはテーブルのいつもの席で何もしないをしていた。


 ふと気付く。

 この何もしないように見えるこれ、ひょっとしたらエリなりに何かやっている状態なのかもしれないなと。

 聞いてみよう。


「エリ、ちょっと話をしていいですか?」


「はい、どうぞ」


「そうやって何もしないで座っている時って時々あるけれど、何かをしていたり考えたりしているのでしょうか?」


 エリは頷く。


「ええ、今までの事を振り返って、必要になりそうな知識をダウンロードしたり、そうしてダウンロードした知識を読み返して整理したりしています。


 知識や経験という形の情報であってもダウンロードした状態では使えません。例えば経験であれば追体験という形で確認する必要があります。そういった作業です」


 なるほど、何もしていなかった訳ではないのか。

 僕が本を読んだりネットで情報を検索しているのと同じ状態の訳だ。

 この世界にネットは多分無いけれど。

 少し安心というかほっとした。

 

「わかりました。ありがとう」


「それで何か、他に用事はありますか?」


 ちょうどいいので頼んでしまおう。


「明日からの猟の参考に、猟の事について書かれた本や漫画、エッセイを何種類か取り寄せて貰えますか? 本棚に取り寄せておいて貰えれば後で適当に読みますから。


 あと明日、落とし穴の他にくくり罠や箱罠等も場合によっては使いたいと思っています。ですから現地で世界樹ユグドラシルからそう言った罠を提供して貰えるよう、御願いするかもしれません。

 宜しくお願いします」


「わかりました。本は1時間から2時間程度で本棚に自動的に入るそうです」


「ありがとう」


 さて、それではついでにマキの方を見てみよう。

 立ち上がってキッチン側へ行き、声をかける。


「マキ、何を作っているか見てみていいですか?」


「どうぞ。今はパンを作っています」


 何やら金属製の型がある。

 筒型と直方体型と2種類だ。


「これがパンを焼く型なんですか?」


「ええ。澱粉とお湯を混ぜ合わせた物をこの中に入れて、Extエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で細かく空気の泡を入れて膨らませ、熱と乾燥魔法で固めます。

 型から外した後、表面をExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》でさっと焼けば完成です」


 普通のパンとまるで違う製法だ。


「その方法や道具等もマキが考えたんですか?」


「はい。膨らましたり中に熱を通したりするのをExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で行えば、酵母による発酵やパン焼き窯等が無くても作れるだろうと考えました」


 僕ではそんな方法を考えつかなかっただろうと思う。

 せいぜい試作で作った餅モドキとか、あとはクレープみたいな感じまでで。


「それじゃまた明日も宜しくお願いします」


「わかりました」


 それでは本棚から適当な本を持っていくとしよう。

 罠関係については百科事典に載っているだろうか。

 まずは罠猟で調べてみよう。

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