第26話 自由意志(1) ~有り難い判断と、有り難いけれど××な判断

 前回同様に外部観測所でマキに注意され、服や靴の汚れを落として、そしてやっとリビングへ。


 疲れた。

 とにかく疲れた。

 僕はソファーにべたっと倒れ込む。


 歩いた距離は1kmあるかないか。

 しかしぬかるんでいたり木の根があったりして、廊下や舗装道路と比べて段違いに歩きにくかった。


 それにあの虫や蛇がいそうな森、中にいるだけで精神的に疲れる。

 そんな場所を1時間以上歩いたのだ。

 しかもこの身体、体力が無い。

 疲れるのは当然だ。


世界樹ユグドラシル、今は何時だ?』


『10時20分です』


 一眠りするには時間が足りない。

 この時間で疲れを取るには……


 そうだ、風呂だ。

 少しぬるめのお湯にゆったりと浸かるとしよう。


「僕はお風呂に入ってきます。エリとマキは自由に自分の判断でしたい事をして、あるいは休んでいてください。何を使ってもいいですし、何なら世界樹ユグドラシルに頼んで必要なものを提供して貰っても構いません」


「採取した動植物を使ったり、調味料の提供を受けたりしてもいいですか?」


 マキが予想外の発言。

 これは料理を作ってくれるという事だろうか。

 いずれにせよ、こんな自発的な提案を断るなんて事は出来ない。


「勿論です。自由にマキの判断で使って下さい。使い方も使う量も、世界樹ユグドラシルから提供をうける物の種類や量も全てマキにお任せします」


「わかりました」


「エリも自由に自分の判断で行動して下さい」 


「わかりました」


 それでは風呂に入ってこよう。

 しかしその前にトイレに寄っておこうか。

 中で催すというのは避けたいから。


 ◇◇◇


世界樹ユグドラシル、僕の着衣を下着まで全て収納。なお汚れは全部取り除いてくれ』


『了解しました』


 これで脱衣と洗濯が同時に終了。

 上がったら室内用の服を出して着ればいいだけだ。

 そして僕は洗面所から浴室へ。 


世界樹ユグドラシル、浴槽の上の縁から10cmの高さまで、40℃のお湯で満たしてくれ』


『わかりました』


 これだけで浴槽が準備OKになるのは何とも便利だ。

 40℃というのは僕にとっては若干ぬるめ。

 長時間のんびり入っていられる温度設定だ。


 今回、身体を洗うのは省略。

 疲れたので早くお風呂に浸かりたい。


世界樹ユグドラシル、僕の身体外表面の汚れをお湯で洗うのと同程度に取り除いてくれ』


『わかりました』


 これで充分だ。

 そのまま浴槽へ右足から入り、ゆっくり身体を沈めて足を伸ばす。


 うむ、いい感じだ。

 これで30分も浸かれば疲れも取れるだろう。

 この浴槽を大きめに作ったのは正解だった。

 手足を目一杯広げても余裕の広さ。


 なんて思った時だった。


 脱衣所の扉を開ける音がした。

 脱衣所と風呂場の境は曇りガラスの引き戸。

 だからうっすらと見える身長でエリとわかる。


 手でも洗うのだろうか。

 そう思ったらエリ、いきなり服を脱ぎだした。


 おい待て、何をする気だ。

 そう思ったが、あそこで服を脱ぐとなるとやる事はひとつしか無い。

 もちろん全裸待機だ、神動画や神アニメを見る際の正式な姿勢で……いや違うそんな訳ない。

 そんな下らない事を思ってしまう程、僕の脳味噌は混乱している。


 曇りガラスの引き戸が開く。

 当然入ってくるのは全裸のエリだ。

 思わずしっかり目に焼き付けてしまったが、それでいいのだろうか。


 そもそも何故、エリは風呂に入ってきたのだ。

 色仕掛けか、いやそんな必要ない。

 確かに僕は何をしてもいい旨、さっき言っておいた。

 しかし予想外すぎて思考が混乱したままだ。


 そもそもエリもマキもこの風呂を使った事は無い。

 少なくともさっきまではそうだった。

 それが何故……

 

「浴槽へは、身体をExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で洗ってから入ればいいですか」


「ええ、それで御願いします」


 つまりこの浴槽へ入ってくるという事だ。

 浴槽の真ん中を占拠していた僕は慌てて端に寄る。


 エリが浴槽に入ってきた。

 細くて形のいい脚、小さめだけれどいい形のお尻、細く締まったウエスト、小ぶりだけれど形がいい胸と、入ってくる様子を全てじっくり見てしまう。


 いや、意識して見た訳では無い。

 目が惹きつけられてしまったのだ。

 まずいとは思ったけれど目が離せなかった。


 エリはそんな僕の視線を全く気にしないようすで肩までつかり、そして脚を伸ばす。


「手足を伸ばしてゆっくり浸かれば身体の疲れがとれた気がする。情報にそうありました」


 なるほど、だから風呂に入った訳か。

 理由はわかった。


 わかったけれど、どうにも落ち着かない。

 どうしても目がエリの方へ行ってしまう。

 あと沈黙がちょっと怖い。

 

「森の中へ行って帰って、少々疲れました。エリもそうですか?」


 少し無理矢理だけれど、そう話をしてみる。


「はい。私も疲れました。

 そしてハルトが風呂へ入る理由を検索したところ、風呂に入れば疲れが取れた気分になるという情報がありました」


 なるほど、だから風呂に入って来た訳か。

 話の筋は通っている。


 そして今の言葉から多くの事がわかる。

 エリはそうやって自由に思考が出来る事。

 情報を検索する事が可能な事。

 少なくとも今、この程度の行動なら自分の判断で動ける事。


 ただ今の言葉で少しひっかかった部分がある。

 聞いてみよう。


「検索というのは、世界樹ユグドラシルが持つ情報を検索したという事でしょうか?」


「はい、そうです。世界樹ユグドラシルに蓄えられた情報を検索し引き出しました」


 僕にも可能だろうか。

 確認してみよう。

 

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