第16話 環境実査(2) ~野菜と肉と主食を少しだけ確保

 東の出口から62歩で建物の南東角に出た。

 足を持ち上げて踏み下ろす形で歩くから、一歩で歩ける距離が若干短い。

 仮に一歩で60cmだとすると、37m程度だ。


 エリとマキもついてきている。

 特に問題は無いようだ。


 さて、南側も景色はほとんど変わらない。 

 強いて言えば山らしい場所が全く見えない程度の違いだ。

 この先に海がある筈だが森の樹木に邪魔されて見えない。

 草地は同じように10cm程度の高さで刈り揃えてある。


 そして恩恵の地の建物はやっぱり白い壁だ。

 こちらには見たところ窓も扉も見当たらない。


 実はこちらにも同じような窓や扉があって、同じように3人済んでいるなんて可能性をこっそり考えたりしていた。

 そうでなくとも他の施設の窓とか別の入口とかがあるのではないかと。

 どうやらそういった事は無いようだ。


 また歩数を数えながら歩いて行く。

 警告も何もないまま、154歩で南西部の端へ。

 1辺は100mだから、1歩は……


世界樹ユグドラシル、100割る154は?』


『小数第三位で四捨五入して、0.65です』


 つまり僕の此処での一歩は65cmか。

 覚えておこう。


 さて、こちらは少しだけ風景が違う。

 北西側の森の奥に明らかに山が見えた。

 見え方からして結構遠そうだ。


 後は建物直近部分が日陰になっている程度。

 建物そのものは、やはり窓も扉もない真っ白な壁状態だ。


 あまりに変化がないので、今度はエリに聞いてみる。


「エリ、今までとこれから歩く部分に、何か変わった事、注意した方がいい事はありますか?」


「危険な動植物は付近にはありません。特異な小動物や植物も無いようです」


 つまり何も無しという事か。


「わかりました。ありがとう」


 そう言って歩き出す。

 10歩目で少しだけ変化があった。

 靴の甲が濡れてきただけだけれども。

 今までの部分は充分に陽が当たっていたから乾いていたけれど、ここからはそうではないらしい。


 ただ歩く分にはほとんど支障はない。

 靴もハイカットで防水だ。

 靴底の固さも大分慣れてきた。

 時々太めの根茎があるけれど、歩き方さえ間違わなければ問題は無い。


 北西側の端に到着。

 ここからだと北側に山地があるのがよく見える。

 いずれも遠そうで、そこそこ高そうだとしか見た目ではわからないけれど。


 そして北側は少し植物の植生が違う気がする。

 おそらくは一日中日陰になる部分が多いせいだろう。

 何処かで見たような小さな葉と小さな花がついた植物が繁茂している。


 日陰に強く、刈り取りの高さよりは低い植物なのだろう。

 それにこれだけ繁茂していると、葉陰などに小動物も隠れていそうだ。

 ここは素直に聞いておこう。


「マキ、ここから先、恩恵の地の壁から10m半以内に食べられる動植物か危険な動植物はありますか?」


「この植物はオノデラ・ハルトの時代にドクダミと呼ばれていた植物の類種です。独特の香りがありますが、植物体全体、根も茎も葉も食用可能です」


 なるほど。言われてみれば確かにドクダミだ、これは。

 香りがそんな感じだし、花も似ている気がする。

 そう言っても日本時代、じっくりドクダミを観察した事はないけれども。


「動物はトカゲや虫と呼ばれるものがある程度生息しています。食べられない事はありませんが、現在地付近にいるものはいずれも最大で体長10cm程度です」


 動物の方はまた後でという事か。


「わかった。ありがとう」


 よし、それでは採取しよう。

 ただし手で掘るなんて事はしない。

 ここは魔法に頼らせて貰おう。


世界樹ユグドラシル、この食べられる植物を、細すぎる根を除き、ある程度採取して欲しい』


『ある程度とはどのくらいでしょうか?』


 確かにそんないいかげんな表現ではわからないなと思う。

 適切な表現と言えば……こんなのはどうだろう。


世界樹ユグドラシル、服や靴を入れていた紙袋に目一杯入る程度で頼む。なお採取したものは髭根等、太さ2mm以下の根を取り払い、水洗いし土や虫等をしっかり落とした上で、水を切った状態にしてくれ』


『わかりました』


 蔓延っているうちの一部がすっと消えた気がした。

 自分で採取したり水洗いしたりしなくて済むのは大変楽でいい。

 本来は土を掘ったり洗ったり、結構大変だろう。


 あとはドクダミ、どう食べようか。

 よくわからない山菜の定番の食べ方は天ぷらだ。

 しかし此処には脂も小麦粉も無い。

 塩、味の素、砂糖、酢だけだ。


 本格的に調理するのはまだまだ先という気がする。

 でもドクダミであろうとディストピア飯を脱却する第一歩。

 今はその恵みに感謝することにしよう。


 あと、ついでに今度はエリに頼むとするか。


「エリ、ここから先、観測室に戻るまでの間で食用になって、採取できそうな植物や、100g以上可食部がありそうな食べられる動物がいたら教えて下さい。範囲は僕から30m以内とします。このドクダミに似た草はもう採取したから、他のもので」


「わかりました。こちら、やや外側寄りに生えているこの草は茎、葉、花が食用可能です。オノデラ・ハルトの時代にツユクサと呼ばれていた植物の類種となります」


「わかりました。ありがとう」


 ドクダミもどきと日向の太い茎の草の合間に生えている奴だな。

 ならこれも採取だ。


世界樹ユグドラシル、エリが言ったツユクサの類種も採取を頼む。これは茎、葉、花を対象にして、やはり紙袋1袋分を、水洗いして水を切った状態で』


『わかりました』


 うん、野菜類はなかなか順調だ。

 マヨネーズが欲しいところだが、油も卵も無い今は無理。

 塩と味の素もどきでアジシオもどきを作って食べるか、酢と塩と砂糖で酢の物にするかくらいだろう。

 そんな事を思った時だった。


「少し遠いですが、そこそこ大型の爬虫類がいます。かつてトカゲと呼ばれていたものです。全長60cm、重さ200g程度で、可食部は100g程度です。どうしましょうか?」


 エリが肉の材料がいると教えてくれた。

 全長60cmとはトカゲとしたらかなり大きい。

 ここはやはり試すべきだろう。


「どの辺りにいますか?」


「ハルトからおよそ北28m、東7m。草の下にいてそのままでは見えません」


 見えないところにいる生物までわかるのは、世界樹ユグドラシルから教えて貰ったという事だろうか。

 いずれにせよ捕まえて食べてみたい。

 ディストピア飯よりはましだろう。


「捕まえましょう。僕が世界樹ユグドラシルに頼んでExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》を使ってみます」


世界樹ユグドラシル、エリが教えてくれたトカゲのような生物を捕らえて解体する事は可能か?』


『生きている状態では収納は不可能です』


 なるほど、それならこうすればどうだろう。


世界樹ユグドラシル、対象の動物の体表温度を下げる事によって仮死または死亡させ、捕らえる事は可能か』


『可能です。冷却を行い、確保しますか?』


世界樹ユグドラシル、そうしてくれ』


『わかりました』


 どうやら僕自身が猟をしたりする必要は無いようだ。

 少なくともExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》が使える範囲内ならば。


 ただしExtエクステンディッド-UQ《ユビキタス》を使うには、僕が状況を把握している必要があるようだ。

 つまり僕自身が動き回って、対象を発見するかエリやマキに発見させるか、世界樹ユグドラシルに報告を受ける必要がある。


 あ、でも待てよ。


世界樹ユグドラシル。僕から100m以内の、可食部が100g以上ある動物を今の方法で殺して回収する、そういう指示は可能か?』


Extエクステンディッド-UQ《ユビキタス》で温度上昇、物体移動等の物理現象を起こす事が可能な範囲は、例外を除き指示者から50m以内と制限されています』


 つまり例外以外は僕と獲物の間が50m以上離れているのは不可という事だ。


世界樹ユグドラシル、その例外とは何だ』


『現時点では回答不能です』


 駄目か。

 現時点では、というのが気になるけれど。

 でもまあ、今日は肉と野菜が手に入ったのだ。

 あとは主食に相当する炭水化物が手に入ればディストピア飯を脱却できる。


 そうだ、世界樹ユグドラシルに聞いておこう。


『この周辺に食用になる澱粉を採取可能なもの、あるいは油脂を採れるようなものはあるか?』


『収量は低いですが、日向に生えているキビ類の根を精製すれば、澱粉が主成分の食用可能な粉を精製可能です。凡そ10kgの根茎から700gの澱粉が精製出来ます。

 油脂類は周辺で実用的な量を採取・精製は難しいと判断されます。先程採取した爬虫類でも数グラム程度しか精製不能です。収率が高い動植物を採取する必要があります』


 油は難しい、か。

 でも澱粉は一応採取可能と。


 ただ10kgの根茎で700gでは収量が悪すぎだろう。

 700gでは3人なら1日持つかどうか。

 かと言って採りまくったらあっという間に周囲はハゲそうだ。


 つまり澱粉も油もより収率がいい材料を探す必要がある。

 しかし最初の実験分としてならいいだろう。


世界樹ユグドラシル、僕が歩いている間に採取可能な場所から、澱粉を精製可能な根茎を採取してくれ。澱粉が1kg程度採れる程度に。

 これらは採取後、澱粉に精製してくれ』


『わかりました』


 これである程度はディストピア飯から脱却出来るだろう。

 初外出としては充分な成果だ。

 僕はそう思いつつ、日陰の北側をゆっくり東へ向けて歩いていく。

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