第8話 初期確認(2) ~現在の自然環境

 壁の一部に変化が生じる。

 おそらく僕がこの部屋にやって来た時に扉があった位置だ。


 ただ今回は通路としての穴が開いた訳では無い。

 僕の知っている、いかにもというような円形ノブがついた扉が壁に突如出現したという状況だ。

 勿論そういった事が実現可能な技術なり理論なりがあるのだろう。

 しかしどうしても、出鱈目というか何でもありという感じを受けてしまう。


「案内します」


 エリとマキの後ろをついて扉の向こうへ。

 またあの廊下に出るのだろうか。

 そう思ったが出たのは別の場所だった。


 正面に大きな窓があり、その横に扉。

 そして窓の反対側、つまり入ってきた扉の横に階段があるという作りだ。

 壁、天井、床はやっぱり白色の謎物質だ。


 そして窓の向こう側は草地、そして更に向こうは森だった。

 森の上には青空も見えている。

 山は見えない。

 やたら広い平野なのか、それとも空気が霞んで見えないだけなのか。


「此処が外部観測所1階で、恩恵の地東側の出口です」


 門とかは無くてそのまま扉の向こうが外という訳か。

 そして外はもう恩恵の地では無いと。

 わかりやすく簡潔で、あっさりしている。

 もっと玄関っぽかったり建物を囲う門があったりとかを想像していたのだが、そうでは無かった。


 さて、1階という事は当然上階もあるのだろう。

 それらしい階段もある事だし、聞いてみる。


「この階段は上っていいですか?」


「はい、上っても問題ありません。外部観測所2階へ通じています」


 上から見た方が周囲の状況を掴みやすいだろう。


「なら上ってみます」


 やっぱり全てが白い謎素材の階段だ。

 手すりは無い。

 長さはそれほどでもなさそうだ。

 上階が見えるから。


 10段目に足をかけたところでふっと何か違和感を覚えた。

 それが何かわからないまま、更に上へ。


 上も似たような作りだというのが見えてくる。

 つまり階段があって、大窓がある作り。

 違うのは階段が下りで、部屋からの扉が無い事くらい。

 ちょうど20段目が2階の床面だ。


 2階フロアに入って窓に近づく。

 ここでも別の違和感を覚えた。


 この違和感の理由はすぐに気付いた。

 窓の外の風景、20段上がっただけにしてはあまりにも下の部屋と違うのだ。

 下の部屋は地表というか地上という高さだったのに、ここの窓は森を見下ろす高さ。


 窓のすぐそばまで行って、外の風景を確かめてみる。

 基本は1階で見たのと同様、草地、森、空。

 ただ高さがある分、遠くまで見えるし、新たな発見がある。


 まずは右側に見える、海か巨大な湖。

 すぐ近くという訳ではないが、それほど遠くもなく感じる。

 正確な距離はわからないけれど、10km以内ではある感じだ。


 あとは遠くに見える山々。

 これは視界の中央より左側だ。

 ただ空気が霞んでいて空と見分けがつきにくい。


 それにしても此処、どれくらいの高さだろう。

 階段1段が25cmの高さだとしても、20段では5m。

 そんな高さでは無いのはどう見ても明らかだ。


 そう言えばあの階段、途中で何か違和感を覚えた事を思い出した。

 こういう時は確認してみるに限る。


世界樹ユグドラシル、この部屋の階段は実際の段数以上に高さを稼ぐような仕組みがあるのか?』


『その通りです。どうやって実現しているかについての説明は出来ません。なおこの部屋は地上50mの高さとなります』


 それだけ聞ければ当座は充分だ。

 エリとマキも階段からこの階へやって来た。

 なら今度は2人に聞いてみよう。


「1階から直接外の草原に出られるんですよね。さっき恩恵の地より外に出る事は現時点ではお勧めしませんと聞きましたが、外には何があるのでしょうか?」


 可能性はいくつかある。


 最悪なのが空気に毒が含まれているとか、酸素濃度が低いとかの、空気関係の問題。

 何らかの方法で呼吸が可能な機械を調達する必要がある。


 いや、有害な細菌や古細菌、バクテリアが充満しているなんて方が悪いか。

 外部に出る事を諦める必要があるだろうから。


 さて今度はマキの回答の番だ。

 どういう答えが出てくるだろうか。


「恩恵の地の周囲は警戒の為に植物をごく低く刈って見通しを良くしています。それでも毒がある蛇、虫類が足元にいる可能性があります。

 また野生の猿の集団は縄張りに入る動物に襲い掛かる習性があります。ですのでそれなりの準備が無い状態では、外に出る事をお勧めしません」


 良かった、その程度の理由か。

 勿論素直に外に出られないという事はいい知らせではない。

 それでも空気関係よりはましだ。


 でも一応確認はしておこう。


「空気に毒が含まれているとか、危険な病原菌等があるとかは無いですか?」


「空気の成分には問題はありません。ハルトの時代と比べ二酸化炭素濃度がやや高めですが、それ以外の成分はほぼ同じです」


「主要な病原菌については抗体形成済みです。これはハルトの身体だけでなく、私達の身体も同様です」


 そういった面での問題は無いようだ。


「なら相手を知って装備を整えれば、外に出る事も可能という事でいいですか」


「はい、そうです」


「その為の装備と言うのはこちらで提供して貰えますか?」


「どのような形状のどんな装備が必要か、私かマキに言っていただければ提供します」


 つまりこっちで考えて注文しないと駄目という事か。

 きっとそういった装備の開発も僕の役割のひとつなのだろう。

 なるほど理解した。


 とりあえず外の風景をじっくり見る。

 この部屋の高さが50mなら、森の木々の高さは……

 20m位だろうか、自信は無いけれども。


 ただ上から見下ろす形ではよくわからない。

 植物相を観察するなら下の部屋の方が良さそうだ。


 でも下に降りる前に、鳥とか空を飛んでいる動物を確認出来ないかな。

 そう思って森の方をよく見てみる。

 

 取り敢えず鳥はいるようだ。

 ただ遠すぎてよくわからない。

 望遠鏡が欲しい所だ。


 なら聞いてみよう。


「望遠鏡って手に入りますか。双眼鏡タイプで、口径が大きめの明るいものがいいです。出来れば三脚付きで」


「わかりました。5分以内に提供可能です」


 あっさり。

 ひょっとして何でも提供可能なのだろうか。

 僕が構造を知っているものなら提供可能なのだろうか。

 その辺は後の為に詰めておく必要がある。


 この質問は2人にではなく、こっちにしてみよう。


世界樹ユグドラシル、提供可能なものの範囲について知りたい。機械類、例えば自動車やオートバイは提供可能なのか?』

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