第2話 初期説明(1) ~此処に僕がいる事についての5W1H

 先頭を行く金髪が右の壁を向いて立ち止まった。

 そして右手を伸ばして壁に手のひらを当てる。


 ふっと壁の一部が消え失せた。

 先程の部屋の出入口と同じような形に穴が開き、向こう側に部屋らしい構造が見える。


 きっと他の壁にもこうやって入れる出入口があるのだろう。

 ただ出入りは難しそうだ。

 壁にも天井にも目印ひとつないから、何処に扉があるのかわからない。


 多少場所を間違えても扉は開くのだろうか。

 そんな事を思いつつ部屋の中へ。


 俺が目覚めた部屋と同じで壁、床、天井ともに真っ白。

 窓も無い。


 広さは先程の部屋の数倍。

 幅4m、奥行きは20m近くあるだろうか。

 あくまで目測で正確ではないけれど。


 中にあるのは4人用くらいのテーブルと、椅子3脚だけだ。

 テーブルも椅子もやっぱり白色の謎素材。


「ここに座って下さい」


 そう金髪に言われて、椅子に座る。

 若干ひんやりした感じだが金属とは違う感触。

 強いて言えば木に近い感じだ。


 2人は僕から見てテーブル正面側の椅子に腰かけた。

 テーブルの上、ちょうどいい位置にある胸が気になるけれど、直視しないよう注意する。


 ふっと視界の端で何かが動いたような気がした。

 見ると先程通り抜けて来た廊下への通路が無くなっている。

 完全に白い壁状態で、何処だったかも正確にはわからない。


 また手を当てれば同じように開くのだろうか。

 それとも二度と開かないのだろうか。


 何となく場所を覚えているうちに確認したい。

 しかし物事には順番があるだろう。

 だから僕は2人の出方を待つ。


「それではオノデラ・ハルトの記憶を持つ遣わされし者に対する初期説明を開始します」


 基本的に金髪が先に口を開いて、次に茶髪という役割のようだ。

 2人とも相変わらず無表情で、口調も全く同じ。

 誰かが2人の身体を操作して僕と話しているようだ。


 強いて言えば地声というか声のトーンはそれぞれ違う。

 金髪がやや低めですっとした感じで、茶髪がやや甘めの少し鼻にかかったような感じ。


 そんな事を思いつつも僕は説明に注意を傾ける。

 いよいよこの不明な状況がわかるかもしれないのだ。

 胸に気を取られて聞き逃す訳にはいかない。


「オノデラ・ハルトがいた時代の知識にあわせて、遣わされし者が此処にいる事について、5W1Hを意識して説明します」


 5W1Hって、WhenいつWhereどこでWho誰がWhat何をWhyなぜHowどのようにだっただろうか。

 昔の推理小説で読んだ事があるような気がする。


 あと茶髪は今、時代という言い方をした。

 世界ではなく時代という事は……


「まずWhenいつについて説明します。今はオノデラ・ハルトがいた時代より遥かに年月が経った後です。オノデラ・ハルトがいた時代から見ると未来という事になります」


 異世界転生ではなくSFだったようだ。

 金髪が言う事が確かならば。


「次はWhereどこでについて。場所は地球です。具体的な国名や地名は今では意味を持ちません。経度は既に基準が意味を持たなくなったので不明、緯度は北緯32度付近です。

 必要なら後程、各縮尺の地図を取り寄せる事が可能です」


 国名や地名、基準が意味を持たなくなった、か。

 つまり地球が統一されたのか、それとも文明が滅びたのか。

 そのあたりは続く説明で言及があるだろう。

 だから僕は次に口を開くだろう金髪へ視線を向ける。


「次、Who誰がWhat何をHowどのようにをまとめて説明します。

 オノデラ・ハルトの記憶を持つ遣わされし者を作ったのは世界樹ユグドラシルと呼ばれる機構システムです。


 世界樹ユグドラシルは遥か過去からの知識・情報を蓄積しています。その中に21世紀初頭に生活をしていたオノデラ・ハルトの持つ記憶情報がありました。


 現在の地球に適応した人体にこの記憶情報と共通言語情報を導入インストールしたのが貴方、オノデラ・ハルトの記憶を持つ遣わされし者となります」


 なるほど、だから身体が別物だった訳か。

 ならば今の僕はどんな顔をしているのだろう。

 全身はどんな感じだ?

 鏡を見て確認したいところだ。


 あと目の前の2人はどういう存在なのだろう。

 ただ説明はまだ続くようだ。

 疑問点はひととおり説明が終わってからの方がいいだろう。

 そう思って僕は今度喋る番の茶髪の方を見る。


「最後はWhyなぜの説明です。

 地球に人間が居住しなくなって、既に長い年月が経過しています。

 ですので世界樹ユグドラシルはこの地球にどのようにして人間が住むべきかわかりません。


 そこでかつて地球に居住していた頃の記憶を持つ人間を生み出して、地球上でどのように生活をするか、観察する事にしました。

 その観察対象、現在の地球環境に適した身体を持ち、過去の記憶を持つ者を遣わされし者と呼びます。


 これが貴方、オノデラ・ハルトの記憶を持つ遣わされし者が何故ここにいるかの説明です」


 2人の言った事を僕なりに整理してみる。


  ○ ここは未来の地球で、人間は基本的には生活していない。

  ○ 規模は不明だが、少なくともこの場所は世界樹ユグドラシルという機構システムで管理されている

  ○ 僕は小野寺遙人の記憶を持つ別人

  ○ 世界樹ユグドラシルは僕を観察する事で人間がどのように地上で生活できるか知ろうとしている


 こんなところだろうか。

 さて、それでは質問の時間だ。

 今聞いた経緯なら質問をしても問題ないだろう。


「こちらから質問してもいいですか?」


「勿論です。何でもどうぞ」


 なるほど。

 それならまずは確認から。


「僕がすべき事はこの世界で生きていく事。その認識でいいですか?」


「その通りです」


 なら次の質問だ。


「この世界で生きていくに際して、規則や規制、約束事のようなものはありますか。やってはいけない禁止事項とか」


「ありません。何をしても結構です」


 この返答の受け取り方は幾つか考えられる。

 文字通り、『何をしてもかまわない』という意味。

 もしくは『してはいけない事は出来ないようになっている』という意味。

 もしくは『そうは言っても実際は禁止事項がある場合』。


 基本的には2番目『出来ないようになっている』だろうと僕は思う。

 わざわざなんて付け加えたからには。

 そしてその辺の規則ルールについては素直に教えてくれない可能性が高そうだ。


 さて、次はこんな質問。


「食料や服、家具等の生活に必要なものは何処かで手に入りますか?」


「必要な物がありましたら私達世界樹ユグドラシルの巫女にお申し付けください。此処の資材で調達可能なものであれば用意いたします」


 更に次、疑問に思った事をそのまま質問。


「言葉を記憶の中へ埋め込めるのに、そういった知識を僕が知らないのは何故ですか?」


「遣わされし者自身が持つ知識と経験を使って生活をして欲しいからです。ですから元の記憶情報以外は、意思の疎通に必要な言語情報しか導入インストールしていません。

 この世界についての情報や必要な資材の提供については、世界樹ユグドラシルか私達世界樹ユグドラシルの巫女を通す形になります」


 つまりそこで物や情報の規制を行う事が可能な訳か。


 そういえばこの部屋に来る前の通路には、目に見える形で扉は存在しなかった。

 金髪が壁の一部に手をあて、それではじめてこの部屋への入口が出現したのだ。


 あれも僕、彼女達風に言えば遣わされし者に情報を与えない為の仕組みなのかもしれない。

 なんていうのは考えすぎだろうか。

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