第7話 賢者の召喚6

 真夜中過ぎ、ウトウトとしているとまた呼び出された。これで一体何度目だろう。

 大会議室にはウィンザー公爵以外殆ど人は居なくなり、今はオーガスト様と二人の若い魔術部の男達だけだ。

 その二人は最初に大会議室でお茶を配った男達でどうやらウィンザー公爵の直属の部下らしい。二人共椅子に腰掛けながら眠気を払うようにお茶をがぶ飲みしている。

 

 ウィンザー公爵は相変わらず微動だにせず魔法陣の前に立っている。それを見守っているオーガスト様の話によれば通常、魔術をこれほど長時間使い続ける事は魔力の容量的に不可能だそうだ。

 それを維持しつつ魔法陣を読み解きながらその時々に合わせ複雑な魔術を組み合せ展開していくのはもはや神の領域と言われるほどの高等な技術で、ウィンザー公爵がここ数百年で一番の逸材だと言われている由縁でもあるらしい。

 

 私とリゼットは再び……いやもう何度目かわからないがグラスを用意し、オーガスト様の元へ向かった。

 

「オーガスト様、気温も落ち着いて来ましたし今回は眠気を覚ますためにも濃い目のお茶を用意しました。ぬるめで砂糖入りですが大丈夫でしょうか?」

 

 日中は室温も高く流れる汗が止まらない様子だったので氷入りの水やジュースを用意していたがそろそろ大丈夫だろう。

 

「あぁ頼むよ。後で私にも」

 

「畏まりました」

 

 オーガスト様もかなりお疲れのようで顔色も悪い。ウィンザー公爵はフードで顔はよく見えないがきっとこの中で一番疲労していることは確実だ。

 

 同じ手順を踏みウィンザー公爵の傍へ行くと声をかけた。

 

「閣下、濃い目のお茶、温めの砂糖入りです。お疲れでしょうからゆっくりとお召し上がり下さい」

 

 ストローを指で押さえ腕を伸ばしてグラスを顔の前に近づける。ウィンザー公爵はすぐに咥えるとグングンお茶を吸い上げる。

 もう手慣れたもんだ。最初こそ抵抗されたが私にもストローにも慣れ素直に応じてくれる様子がちょっと可愛く思えてきた。

 わたし……疲れてる?エドガール不足かな、公爵を可愛いだなんて。

 

 丸一日エドガールの顔を見ない日なんてこれまで数えるほどしかない。エドガールの世話を出来ない不満を誰かで補おうとしているのかもしれない、などと馬鹿な事を考えつつリゼットの所へ戻った。

 ワゴンにグラスを置くときに手元が狂ってしまいガチャンと音を立ててしまった。

 

「わっ、申し訳ございません」

 

 静まり返った部屋に思ったより音が大きく響いたように感じた。慌ててウィンザー公爵を振り返ったが何事も無かったように変化は見られなかった。

 その様子にホッと胸を撫で下ろしオーガスト様のお茶を用意していると後ろから声をかけられた。

 

「静かにしないか、グウェイン様の邪魔になるとわからないのか」

 

 そいつは最初から気に食わない態度を取ってきていた赤毛の男だった。

 

「申し訳ございませんでした。以後気をつけます」

 

 私とリゼットは揃って頭を下げた。今回は私が悪い。

 

「止めろよ、グウェイン様に飲み物を差し上げられるのは今の所へこのメイドだけだぞ。君達、名前は?」

 

 もうひとりのナンパな男が庇うように赤毛を抑えてくれる。

 

「エレオノーラ・スタリオンと申します」

 

「リゼット・カーターと申します」

 

 ナンパな男はそれを聞いて頷いていたが次の瞬間固まった。

 

「スタリオンって、まさかエルビンの関係者?」

 

「はい、エルビン・スタリオンの娘です」

 

 その言いようにちょっと違和感を感じながら返事をした。この二人の魔術師は私とそれほど年齢が変わらない感じだが若いながらも着ている物から上級貴族と思われる。その人が父をよく知っているようだった。

 するとナンパ男が「うわぁ……」と小声で言ったあと自己紹介してくれた。

 

「私はグウェイン様の直属の部下、ジェラルド・コンクエスト卿だ。こっちはダンテ・ウルバーノ卿」

 

 ほらやっぱり爵位持ちの上級じゃない。どちらも子爵家の方らしい。

 

「エ、エルビンの娘か。だが本人とは違うんだ、それほど気遣う必要も無いだろう」

 

 赤毛のウルバーノ卿がちょっと動揺したように見えた。

 

「それは本人に聞いてみないとね。私にもお茶を頼むよ、リゼット」

 

 コンクエスト卿はニッコリ笑ってリゼットへ目を向けた。

 

「畏まりました」

 

 リゼットは疲れもあるだろうがけっこうお顔が整っているコンクエスト卿に冷静に対応し仕事する。私もオーガスト様のお茶を用意しなければと仕事に戻る。

 

「ダンテはお茶いらないのか?」

 

 コンクエスト卿が声をかけたがウルバーノ卿はどこかへ行くのか出口へ向かう。

 

「私はもういい飲みすぎた。手洗いへ行ってくるからお前はここにいろよ」

 

 二人のうち一人はここで待機するように決めているのかそう言って居なくなった。

 リゼットはコンクエスト卿にお茶を出し、私はオーガスト様へお茶を運ぶ。ストローで飲むわけではないので熱いお茶を淹れた。そのせいか暫くするとオーガスト様が大きく欠伸をした。お茶では払いきれない眠気と体が温まった事による心地良さで強力な睡魔が襲ってきたようだ。

 

「これを頼む、手洗いに行ってくる」

 

 顔でも洗うのかふらふらと部屋を出ていった。ワゴンの所に戻るとコンクエスト卿とリゼットが和やかに話しているように見えた。

 

「リゼットは恋人はいないのかい?」

 

「申し訳ございません個人的な質問にはお答えできかねます」

 

「じゃあ、これから作る予定は?明日はお休み?」

 

「申し訳ございません個人的な質問にはお答えできかねます」

 

 おぉ、リゼット、中々に冷たい対応ですね。

 

 私がワゴンに戻ると二人でしっかり頭を下げ「失礼致します」と部屋を出た。既に文官は終業した部屋に戻ると一応パーテーションの中へ入る。

 部屋は静かで誰もいない中、ワゴンの上を片付けながら次の準備をしていた。

 

「ねぇ、これって朝までかかるよね。リゼットは誰かに代わってもらえば?」

 

 いい加減頭が回らないがそれでも私はここにいなくてはいけない。リゼットは夜勤のメイドと交代することは出来るだろう。

 

「いいよ、エレオノーラに付き合う。きっと特別にお手当も出るだろうし」

 

 仕事自体はそれほどキツくない事を考えれば恐らくこのあとお休みをもらえるだろうからそれで相殺出来る範囲内か。

 

「わかった、ありがとう。ところでさっき気がついたんだけど」

 

「なに?」

 

「ウィンザー公爵って飲み物は私達がご用意してるけど……その」

 

「なんなの?」

 

「出す方はどうしてるんだろう?」

 

 リゼットは一瞬表情を固めて何度か目をパチパチとさせたあとため息をつき低い声で言う。

 

「どうしても知りたかったらクルス伯爵に聞けばいいけど私はついて行かないわよ」

 

「どうして?知りたくない?もしただ我慢しているなら……そのうち大変な事に……」

 

「あぁーー!知らない知らない!聞こえない!」

 

 リゼットは両手で耳を塞ぐと頭を振って話を拒否した。

 私は流石に公爵のそんな事情を聞くことは憚れると思ったので尋ねることはしなかったがそっとワゴンに毛布を乗せた。

 

 万が一の時はこれでお助けしなければ。シーツだと染みて来るだろうから毛布を用意するあたり私って優秀だと思う。

 

 

 

 夜が明けて、また何度か水やお茶を届けた頃ポツポツと人が大会議室へ入ってきた。

 魔法陣の進行具合をどこかから仕入れているのか上級貴族が壁際に立つ姿が増え、中でも騎士団の騎士達がまとまって入ってきたことで緊張感が高まりいよいよだという事が嫌でもわかる。

 

「きっともう少しね、頑張ろう」

 

 リゼットが疲れを隠せない表情で声をかけてくれる。私は頷くとグラスを手にオーガスト様の元へ向かった。その隣にはコンクエスト卿とウルバーノ卿も壁にもたれて立っている。こいつらも頑張ってるな。

 

「水をご用意致しました。宜しいでしょうか?」

 

「あぁ、手早く頼む。そろそろみたいだからな」

 

 オーガスト様の言葉に振り返り魔法陣を見た。魔法陣は外側の細い線がもうすぐ一周して円が出来上がるという段階で、その内側の複雑な模様は全く変化が見られない。

 

 これで出来上がり?もしかしてここで一旦休憩出来るってことかな?

 

 ゆっくりと慎重にウィンザー公爵の傍へ向かった。もうすぐだと言われている所で私のせいで失敗するわけにはいかない。

 

「閣下、水をお持ちしました」

 

 グラスをいつものように差し出すとすぐにストローから水を吸い上げる。素早くと言われたことを念頭に空になったグラスを引き戻し、ハンカチで口を拭って「失礼します」と言って下がった。

 ワゴンにグラスを置いた瞬間、大会議室に感嘆の声がする。

 

「オォ!!見てみろ!」

 

 誰かの叫ぶ声を聞いて振り返ると、魔法陣の外側の細い線が今まさに美しい円を完成させたところだった。

 

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