第5話 賢者の召喚4

 二番階段を五階まで駆け上がる。到着する直前の踊り場で息を整え、静かに廊下へ出た。

 

「ウィンザー公爵がストローなんてお使いになるかしら?」

 

 リゼットが心配して私が持ってきたストローを見た。

 

「裕福な貴族は使わないけど、背に腹は代えられないでしょう?」

 

 大会議室の前で準備を整えワゴンを押しながら再び部屋の中へ入っていった。壁際にワゴンを置いて正面に立つオーガストの元へ向かう。

 

「オーガスト様、今からウィンザー公爵閣下のお傍へ行ってもいいでしょうか?」

 

 オーガストは魔法陣の向こう側にたつウィンザー公爵の様子を窺うように目を細めて見ている。

 

「良いだろう、魔術の進み具合も今は大丈夫そうだ。ただし、離れろと言ったら何をしていてもすぐに離れるんだぞ。危険だからな」

 

「はい、承知致しました」

 

 すぐにワゴンの所へ戻りリゼットとに手伝ってもらいながらグラスに水を注ぎストローをさす。

 

「頑張って」

 

「ありがとう、行ってくる」

 

 リゼットに励まされ気合を入れた。

 色々トレーに載せて落としてはいけないのでグラス一つだけを手に持った。後ろから近づいては気持ち悪いだろうと思い、一旦前にまわると手にしたグラスを少し目線の高さまであげて持っていきますよアピールをして慎重に魔法陣に触れないよう気をつけつつ足を進める。

 近くまで行くとそっと声をかけた。

 

「ウィンザー公爵閣下、お水を持って参りました」

 

 まるで聞こえていないかのように全く反応はない。

 

「私はエレオノーラ・スタリオンと申します。エルビンの娘です」

 

 得体のしれないメイドが来たと思っているかも知れないと名前を名乗った。オーガスト様やゴーサンス公爵が父を知っていると言うことはウィンザー公爵も知っているのではと思い父の名も言った。

 

「……」

 

 何も言わないが何となく返事をした気がしたのでグラスにさしたストローを指で固定しつつ飲み口をウィンザー公爵の前に差し出そうと腕を伸ばした。

 これが中々難しい。まず、ウィンザー公爵はオーガスト様と並ぶほど背が高く体格も良い。しかも正面からでは無く、側面から腕を伸ばし、足元は魔法陣に触れないように気を配りウィンザー公爵の身体にも触れてはいけない。その顔の前にグラスを持った腕をグッと目一杯伸ばした。

 ストローをくちびるに触れる寸前の位置に持っていき、公爵が咥えるのを待った。

 

 ………………何故咥えない!?

 

「閣下、ストローを咥えて吸い上げて下さい」

 

 もしかして使い方がわからないかと思い声をかけた…………全く動かない。腕を伸ばす限界を感じ一旦グラスを引き戻した。

 

「あぁ……駄目か」

 

 魔法陣の向こうでオーガスト様がそう言ってため息をつき、その横でゴーサンス公爵がニヤニヤしながらこっちを見ている。

 なんか楽しんでるなぁ、こっちは必死なのに!

 私はグラスをもう一度持ち直し意を決する。

 

「閣下、このストローは何度も丁寧に洗って天日干しにしたものを洗いたてのハンカチに包んでお持ちいたしました。勿論吸口にも水に触れる部分にも誰も触れておりません。水も今朝汲みたてで放置していたものではありません」

 

 神経質だといっていたオーガスト様の言葉を思い出しそう話すともう一度グラスを差し出した。

 腕を目一杯伸ばしストローをくちびるに触れる寸前の位置でキープする。

 

 …………これでも駄目なの!?

 

「閣下、ご不満を解消出来ないお叱りは後で伺います、申し訳ございません。ですが今は閣下の御身体が心配でございます。この先魔術をどれほどのお時間行使されるかわからないとなれば出来るだけ御身体には万全を期する必要があろうかと思われます。であれば水分を摂取することは必須だと思われます、どうかお願いです」

 

 もう腕を伸ばすのが限界に近くぷるぷると震え始めた時、ふっと息を吐くような仕草をするとウィンザー公爵は諦めたようにストローを咥えた。

 

「「「おぉ!」」」

 

 大会議室内を感嘆の声が響いた。室内の全員が成り行きを見ていたようだ。まぁ、部屋のど真ん中でやってたんだから仕方がないが。

 

 ウィンザー公爵はグラスの半分ほど水を飲むと吸い上げるのを止めた。ストローを落とさないように指で押さえながら腕を戻しホッとひと息つく。

 

「ありがとうございます、少し失礼して口元を拭かせて頂きます」

 

 ストローを離した拍子にタラリと垂れた雫を拭おうとハンカチを差し出そうとしてハッとした。

 

「このハンカチは今朝おろしたてです。私は今朝ここへ配属されたばかりなのでこれは誰も使っていません」

 

 危ない危ない、一応言っとかないとね。

 私の手が公爵に触れないようかつ、他の場所にハンカチが触れないよう雫を吸い取るように拭いた。すると頬や顎あたりに垂れる汗を見つけ、それも断りを入れるとハンカチで吸い取った。

 

「次に参りますときも同様に新しい物をご用意致しますから、では失礼致します」

 

 一仕事終えた達成感と共にリゼットの元へ下がっていった。

 

「エレオノーラ凄い!最近でウィンザー公爵にあそこまで近づいたメイドはいなかったわよ」

 

 うぇ、どれほど偏屈なんだ。

 

「そうなの?良かったわ、でも後で叱られるかも」

 

 今は本人が動けない事情があるから仕方なく受け入れている感じがした。他国から要請され、王からの命令とはいえ大変なお役目だ。

 

「エレオノーラ、凄いな。良くやった!」

 

 笑顔のオーガスト様とちょっとむくれたゴーサンス公爵がこちらにやって来る。

 

「絶対に無理だと思っていたのに、エルビンの娘は父親似か」

 

 ゴーサンス公爵が懐からチャリンと何かを取り出しオーガスト様に手渡す。

 

「私はエレオノーラを信じていたぞ、これからも宜しく頼む」

 

 オーガスト様が受け取った物をポケットにしまいながら満足気にうんうん頷いている。私がウィンザー公爵に水を飲ますことが出来るかどうか賭けていたらしい。

 

「いえ、仕事ですから」

 

 頑張った私としてはこちらにも少し取り分をまわして欲しいが勿論そんなこと口には出せない。

 

「じゃあ、一時間おきにでも来て様子を窺ってくれ」

 

「畏まりました」

 

 そうは言ったものの、今日中に終わるんでしょうね、コレ。

 

 

 

 ウィンザー公爵にストローで水を飲ませたという話は英雄譚のように口々に言い伝えられ広まってしまった。おかげで私はそこかしこで声をかけられるという途轍もなく面倒くさい事態に陥っていた。

 大会議室から出た瞬間からコソコソと噂されたり指さされたり。

 

「ねぇねぇ、ウィンザー公爵とは以前からのお知り合いだったんでしょう?」

 

 控室へ戻るといきなりそう言われ上級メイド達に詰め寄られた。

 

「いえ、今日初めてお会いしました」

 

「でもお父様のお知り合いだとか?」

 

 どこから話が漏れたのか父の事まで知られてしまった。これじゃコネで入ったとバレてしまっただろう。

 

「いえ、知り合いではなく部下というか、部下の部下というか」

 

 そこまで言うと皆様「あぁ……」っと察してくれた。そんな大層な家柄ではありませんから。

 

「ほら皆仕事しなさい!」

 

 囲まれて動けないでいるとハリエットがやって来て皆を仕事に追い立てた。

 

「エレオノーラはこっちへ来て」

 

 ハリエットに呼ばれて行くとリゼットもそこにいた。

 

「エレオノーラは引き続きウィンザー公爵についているように言われてる。リゼットは補佐をお願い。ここからじゃ大会議室まで遠いから横の文官の部屋に待機場所を置いて良いと言われたから準備して向かって」

 

「わかりました。ですけどいつまで居ればいいんでしょうか?終業時間には帰っていいですか?」

 

 オーガスト様はどれ程時間がかかるかわからないと言っていたような。

 

「今日は目処がつくまで帰れないって言ってあるでしょう?」

 

 それは上級メイドの話でしょう。

 

「私はそもそも下級ですから聞いておりません。残業は無理ですよ」

 

 ハリエットはあっと口を開くと固まった。驚くと一瞬思考が止まる癖があるようだ。

 

「まさか弟さんのため?」

 

 リゼットがちょっと呆れたような顔で言った。

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