第3話 賢者の召喚2

 小会議室を片付けているとハリエットが何人か呼び寄せ連れて行った。恐らくこれから召喚魔術の行われる大会議室へ様子を見に行くのだろう。

 

 この召喚魔術のためにキンデルシャーナ国では数年前から準備がされていたという。苦労して文献を集めて何度か検証を行ない、満を持して本日決行の日を迎えたようだ。

 国の一大事業とはいえ下っ端メイドとしては事の重要さより、その時のピリピリした状況の中で上手く仕事がこなせるかの方が心配だ。国の事はお偉いさんに全振りしておけばいい。

 

 小会議室でイスを重ねて片付けていると急に見えない力でグンッと床に押し付けられる様な感覚がした。

 

「きゃあ!」

 

 数人のメイドが驚いて悲鳴を上げた。

 

「何今の!?」

 

「きっと召喚魔術が始まったのよ」

 

「やだ、怖い!」

 

 一瞬だけだったが普段なら感じることのない不思議な現象に皆が少し動揺した。大魔術師が大規模な魔術を使うと多少周りにも影響があるようだ。

 エドガールは大丈夫だったかな?

 可愛い弟が怖がっていないか少し気なったが今は仕事に集中しなければいけない。なのに責任者のハリエットがこの場にいないのをいい事に数人がきゃっきゃと騒ぎ手を止めている。

 チッ、面倒いなぁ。なんだかんだ言って手を抜く奴を見てると腹が立つ。そいつが仕事しないせいでこっちにしわ寄せが来るのはよくあることだ。

 

「ほらぁ〜、早くここ片付けようよ」

 

 リゼットがなかなか動かない娘達を促し、やっと皆で片付けを終えた頃ハリエットが戻って来た。

 

「まだ片付けてたの?もう、こっちはそれどころじゃ無いのに!早くお茶の用意をして」

 

「召喚魔術が終わったの?」

 

 片付けをサボっていた娘が如何にも自分はやってますって感じで、イスを抱えながら聞いた。

 

「それがね、思ってたより時間がかかりそうみたいで。詳しくはわからないんだけど、待ってる間にお茶を出すように言われたの」

 

 予定変更はよくあることだ。そこから慌ただしく準備室に戻りワゴンを押しながら大会議室へ急いだ。

 

 廊下を静かに進んでいると突き当りにあるドアが大きく開きゾロゾロと人が出てきた。

 まさかのお茶を運んでいる間に終わった?

 先頭にいたハリエットが驚いて立ち止まりワゴンを端に寄せるよう指示をだし窓側に皆が控えて礼を取り彼らに道を開けた。

 頭を下げた私達の前をゾロゾロと偉そうな態度の男たちが話しながら歩いていく。

 

「いやぁ〜、最初は驚きましたが後は拍子抜けでしたな」

 

「まことに、もっとババーンっとあっという間に賢者が召喚されてくるのだと思っておりました」

 

 何か行き違いがあったのか、予定外の事態なのかよくわからないが、とにかくまだ召喚魔術は終わっていないらしい。

 

「ねぇ、行っても大丈夫なの?」

 

 リゼットが頭を下げたまま小さな声で隣のハリエットに聞いた。これだけの人が引き上げている様子を見ると、もうそれほど残っていない気がする。

 

「ん〜、そうね。取り敢えず半分は引き返して」

 

 男達が通り過ぎた後、用意していたワゴンの後ろ半分を準備室に返すと前半分だけで大会議室へ向かった。きっとこれでも多いだろう。

 

 私は前の方にいたのでそのまま大会議室へワゴンを押していくとドアの手前で一旦止まった。

 

「ここにいて」

 

 ハリエットが静かにドアを開けると中の様子をうかがい、誰かと話しているようだ。何度か頷くと振り返り私達に中へ入るように手招きした。

 

「音を立てないように気をつけて」

 

 部屋へ入る時に小声で注意され慎重にワゴンを押しながら入っていった。

 なんだこれ!?

 大会議室に初めて入った私はその光景に驚いた。

 高い天井は円形のガラス張りで中央が尖った形をした珍しい部屋だった。曇り空がガラスの向こうに見え、その真下に黒いフードを被った背の高い人がひとり、床に描かれた魔法陣と思われる円形の複雑な模様の側に立っていた。

 

 恐らくこの人物が大魔術師グウェイン・ウィンザー公爵だろう。

 

 ウィンザー公爵は微動だにせず、よく見ると床に描かれた魔法陣の円の外側の細い線を光がなぞり、少しずつその輝きを進めていた。

 もしかしてこれが全部光るまで待つの!?

 魔法陣は直径二メートルほどだろう。何重もの円の帯の中には複雑な模様がビッシリと描かれている。線の太さも様々あり恐らく途轍もなく複雑で高等な魔術だと全くの素人の私にもわかる。

 

「エレオノーラ、早く」

 

 一瞬呆気に取られ足を止めてしまってリゼットに背を突かれる。ハッとして音を立てないようにワゴンを進め部屋の壁際に置くとお茶の準備を始めた。

 リゼットと一緒に人数を確認していく。

 

「残っているのはおおかた魔術部門の方ね」

 

 魔法陣を挟むように部屋の左右に人が分かれて立っていて、皆、魔法陣から距離を取り興味深気に見つめている。

 

 それぞれ部門ごとに服には特徴がある。魔術部門は黒を基調とした服で金糸銀糸などで上着に模様が入っている。

 先程ゾロゾロと出ていった男達の多くは主に赤の特徴が目立っていたので騎士部門の人達だろう。他にも政策部の青や交易部の黄などがチラホラ見られた。

 

 カップにお茶を注ぎ幾つかトレーに載せると壁際で立っている魔術部の人達の所へ持っていった。静かに差し出すとムッとした顔をされる。

 

「ウィンザー公爵閣下が術を展開されている最中だというのに呑気にお茶か」

 

 一人の赤い髪の若い男が軽蔑したように私を見ている。

 こっちは指示されてやってるだけだっての!

 

「失礼致しました」

 

 そのまま引き下がろうとして隣の男に呼び止められた。

 

「私は頂こう。まだ時間がかかるだろうから」

 

 そう言って優しそうな笑顔でカップを取る。ホッとして少し目をあげるとバチッとウィンクされた。

 うぇ、ナンパか。

 慌てて目を伏せ次の人へと移って行った。リゼットと入れ替わりながら何度かお茶を運んでいった。部屋の入口辺りから徐々に奥へとワゴンを押しながらお茶を運んでいき気が付くと魔法陣の前に立つウィンザー公爵の正面まで来ていた。

 正面と言っても魔法陣もあるし、それを遠巻きに取り囲むお偉いさんにお茶を配っているのだから自然と距離はある。

 

「エレオノーラじゃないか」

 

 小さく名を呼ばれて顔を向けるとオーガスト様がいた。ウィンザー公爵の秘書官だというから当たり前といえば当たり前か。

 

「オーガスト様、お茶いかがですか?」

 

 私も小声で返すとコクリと頷いたので用意し、カップを差し出す。

 

「お疲れではありませんか?甘い菓子などもありますよ」

 

 オーガスト様はクッキーを一枚だけ摘むと口に放りこむ。隣にいた赤を基調とした服の騎士らしき男も欲しそうな仕草をしたのでお茶と菓子を用意した。

 

「彼女、エルビンの娘さんです」

 

 オーガスト様がその騎士に私の事を紹介してくれる。

 

「エレオノーラと申します」

 

 お茶を渡しながら観察すると胸元に幾つかの勲章を付けたガタイのいい壮年の男で口ひげを傭えている。

 

「エルビンのやつ、何も言ってなかったぞ」

 

 父は娘がいると言うことを言ってなかったのか隠していたのか、驚いたように私の事を見ている。男はカップを受け取りながら自己紹介してくれた。

 

「アンガス・ゴーサンス公爵だ」

 

 名前を聞いてお菓子の皿を落としそうになった。

 

「騎士団長ゴーサンス公爵閣下、失礼致しました」

 

 キンデルシャーナ国騎士団長で、アンガス・ゴーサンス公爵といえばニ大公爵家の一つだ。もう一つは言わずと知れた魔術部門の長、大魔術師グウェイン・ウィンザー公爵だ。ここ大会議室に公爵両家が揃っていたのだ。

 

「そう改まる必要はない。エルビンとは親しくしているからな」

 

 下っ端無爵の木っ端文官の父のはずが何故かお偉いさんに名前を知られているとは不思議な感じだ。

 

 父さん上級貴族専門のパシリなの?

 

 

 

 

 

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