召喚ガチャハズレた

蜜柑缶

第1話 いよいよ

 王城の本邸に隣接する別邸の一角に使用人が集められていた。ここ数ヶ月に及ぶ準備がいよいよ大詰めになるようだ。

 

「皆様、本日は決行日です。これまで大変だと思っていた人は残念ながら、これからの方が大変だと覚悟しておいてください」

 

 メイド長のアヴァ・マッケンジーがキリッとした顔でそう言うと嫌そうに顔を歪めた小柄の従僕に視線を送った。その男は慌てて居住まいを正す。

 

「では予め伝えていた通りそれぞれ持ち場につきお役目を果たしてください。では解散、エレオノーラはこちらへ」

 

 何故かアヴァ様は私を手招きして呼んだ。皆がバラバラと散開し持ち場へ向かう中を縫うよう進む。

 

「御用ですか?」

 

 一介の下級メイドである私がわざわざメイド長に呼ばれるなんてお叱りを受けるときぐらいしかない。だが身に覚えもなく探るようにアヴァ様を見た。

 

「あなた確か伯爵家のお屋敷にも勤めていた事があると言ったわね」

 

 少し眉間にシワを寄せ難しい顔で問われた。

 

「はい、前の前の勤め先です。一年ほどでしたが」

 

「一年?あぁ、伯爵様が爵位を譲られてが領地へお下がりになられたんだったわね」

 

「はい」

 

 前伯爵が御令息に爵位を譲られ使用人達も一掃されることはよくある。古いやり方を変え革新的な考えを持ってる、などと世間に思わせる一方で自分の息のかかった者を配置し、それらの縁者を雇い入れなければいけないからだ。

 

「ではその後、子爵家へ?」

 

「はい、そこは二年お勤め致しました」

 

 私の答えを受け面倒見がいいアヴァ様はちょっと気の毒そうな顔をした。

 

「大変だったわね」

 

「いえ……」

 

 ここに勤める前はとある子爵家の後妻のメイドとして働いていた。前夫人がこの世を去り一年経った頃、子爵は次の夫人を迎えたがこれがとんでもない方だった。

 夫の前では従順な態度取っていたが裏では金遣いは荒いわ、男を引き込むわ、果ては誰の子ともわからない全く主人に似ていない子を産むわで子爵は大混乱の末離縁した。夫人が結婚する時に雇い入れられた使用人も全て解雇される事態となりそれに巻き込まれたのだ。あの時は流石に疲れがどっと押し寄せた。

 

「コホン、では容姿もいいし作法や所作も問題ないわね。急遽、上級メイドが倒れたので一人寄越してほしいと言われたの。あなた行ってきて、場所はわかるわね」

 

「畏まりました」

 

 私は両手を体の前で重ね軽く膝を曲げて礼を取るとサッと下がり言われた場所へ向かった。

 

 私が今いる所は王城でも下っ端中の下っ端が働く、厨房や洗濯、掃除等がメインの仕事の使用人が働く場所だ。

 ここに来てまだ三ヶ月、前の子爵家からいきなり首を切られ紹介状もなく働き口を探してやっとありついたのだから文句は言えない。本来ならもう少し条件のいい場所で働く能力はあるが紹介状が無ければもうツテしか頼れない。平民の資産家のメイドとして働くか、王城の下っ端か二つ候補があったが、身分が邪魔してここに至る。

 

 残念なことに私は貴族の端くれだ。父は城で働く文官だが昇進の目処はなく毎日早朝から夜遅くまで働いているが給料は安い。きっと上司がとてつもなく性根が腐っているやつか、給料を上げる申請を忘れているのではないかと疑うくらいだ。

 今は下っ端として働く下級メイドだが伯爵家では上級メイドとしてバリバリに働いており主人の信頼も厚かった。

 基本的には前職からの紹介状に載せられている情報を頼りに次の職場でも割り振られる等級だが、さっきも言った通り大混乱した子爵家では紹介状はもらえず、仕方なく最後の手段として申し訳無い気持ち一杯で父のコネを使わせてもらい城へねじ込んでもらった。しかも下級メイド……

 

 給料はそれぞれ働く場所と働きによる。上司二人以上に認められれば僅かながらも昇給するが上限がある。給料を上げてほしくば試験を受けてみろと言われているようなものだ。

 私は本来なら上級メイドとして働ける能力があったが、諸事情ありなんだかんだで下級メイドとして雇用された。お金の為には仕方がない、いつまでも無職で父からの収入だけではやっていけないからだ。

 

 

 急ぎながらも慌てているように見えない風に廊下を進む。別邸から本邸へ入り本邸内の使用人を取り仕切るキャメロン・ラングの待つ一階の部屋へ向かった。

 本邸へ入った時からピリピリとした緊張感がありすれ違うメイド達も今日だけは絶対に失敗したくないという気迫が感じられる。

 そうだよね、今日は駄目だ。

 私もビシッと気を張りながらドアをノックした。

 

「入りなさい」

 

 入室を許可する威厳のある低い声が聞こえ静かにノブを回し静かに部屋へ入った。

 

「失礼致します。別邸より参りましたエレオノーラ・スタリオンでございます」

 

 両手を前で重ねて膝を軽く曲げると視線を下げたまま礼を取った。入る時にちらっと確認した部屋の中には少し背が低いキャメロン様が机の前に立ち、お客様なのか白髪まじりの男がソファに座っていた。

 

「来ましたね、こちらへ」

 

 キャメロン様に呼ばれ視線を下げたまま静かに近づいた。

 

「エルビン・スタリオンの娘さんだね」

 

 男がそう声をかけてきたので「はい」とだけ返事をした。しばし見定められている気配がしていた。

 

「問題なさそうね、良いでしょう。早速だけど本邸東五階に行ってちょうだい。責任者のハリエット・ショートに詳細は聞いて。

 今日という大事な日に限って二人も倒れてしまって、全く自己管理も出来ていないなんて嘆かわしいわ」

 

 アヴァ様から聞いていた通り人数不足の穴埋めらしい。

 

「私は下級としてここで動けばいいのでしょうか?」

 

 城での私の等級はまだ下級だ。入った時期が悪く試験を受けられなかったせいある。

 

「いえ、本来上級だと聞いているから今回は一時的に上級として扱いますからそのつもりで」

 

 倒れたのは上級メイドか。

 

「畏まりました。失礼いたします」

 

 部屋を出てすぐに本邸の東五階へ向かった。使用人用の階段を上っているとさっきキャメロン様の部屋にいた男が後ろから追いついてくると声をかけてきた。

 

「私はオーガスト・クルス伯爵だ、よろしく」

 

「クルス伯爵閣下、よろしくお願いします」

 

「楽にしてくれ、オーガストで構わない。エルビンとは親しくしているんだ」

 

 白髪まじりで少し顔色が悪いがオーガスト様は好感が持てる笑顔を浮かべた。

 

「父が……そうでしたか、お世話になっております。では私もエレオノーラとだけお呼びください。ここでは新人です」

 

 誰か一人でも親しげに名を読んでくれれば周りの扱いが違う。まるっきりの新人では皆と打ち解けるのに時間がかかる。

 

「エルビンの事は話さないのか?」

 

「そうですね、聞かれれば否定しませんが職種が違いますから」

 

 働く場所は同じでも城はとてつもなく広い。その上私はこれまで下級メイドとして働いているのでそうそう文官が働く部屋の中へは入ることはない。

 

「その方が印象がいい」

 

 コネがバレバレになるものちょっとね。

 

「オーガスト様は五階ですか?」

 

 城では東と西、階ごとに部署が違う。

 

「あぁ、私の職場も東五階だ。そろそろ年齢的にも階段がキツイが仕方がない」

 

 慣れているからかそんなことは感じさせないが父より少し年上に見える。

 

「言っておくがエルビンより一つ下だぞ」

 

「えぇ!?」

 

 ちょっと大袈裟に驚いてしまった。

 

「あわわ、申し訳ありません」

 

 慌てて謝る。

 

「いいんだ、ずっと周囲から年より老けてると言われている。ストレスなんだ、仕事の、いやあるじのせいで気が休まらないんだ」

 

 相当悪どい人についているらしい。

 

「オーガスト様は秘書官ですよね」

 

 きちんとした身なりにキビキビとした動き、美しい姿勢は高官の側で働く秘書官そのものだ。なのに使用人用の階段を使ってわざわざ声をかけてくれたようだ。

 

「あぁ、そうなんだが個人的な事も任されている」

 

 うんざりした表情は抜けきらない疲れの蓄積を感じさせる。給料は良いだろうがきっと拘束時間が半端ないだろう。

 私には絶対に無理な仕事だ。

 やっと階段を登りきり東五階についた。

 

「ハリエットは左の突き当りにいるよ」

 

 オーガスト様は右に曲がると颯爽と去っていった。

 

 ふむ、父さんと一つ違いだけど親切で給料もよさそう、仕事が忙しいから家にはあまり帰らない感じで指輪もしてない、優良物件ね。

 

 ここキンデルシャーナ国では婚姻の証に指輪を送り合う習慣がある。左小指にはめるのが普通だがオーガスト様には無かった。お顔も整いぎみだったのできっと競争率が高いだろう。

 

 ざっと頭の中の記憶に残し、教えられた部屋につくとノックして中へ入っていった。

 

 

 

 

 

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