第13話 シュレリンガーのマッパ 3/4
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さて、最初に問題点を確認しておこう。
問題は、このままだと霧ヶ峰さんが超能力者であることが事実として定着してしまうということだ。事実であることに間違いはないのだが、超能力者はそれを知られることを好まない人が多い。霧ヶ峰さんもその一人だろう。
だから、これ以上の追求自体を阻止する必要がある。
方法は簡単だ。
「霧ヶ峰さんなら、廊下にいたよ」
「は?」
「お前がこけた時、霧ヶ峰さんは廊下にいた。仮に透明になれたとしても、廊下にいるのが確認できたんだから、椅子に何かできたりはしないだろ」
「それは……」
言いよどむ女子A。
だが、その取り巻きが興奮しながら詰め寄って来た。
「白雪。お前、本当に廊下を見ていたのか? 女子Aが大きな音をたてながらこけて気絶までしたのに、廊下を見ていた。あり得ないとは言わないけど、疑わしい」
「その気持ちは分からなくもないよ。ところで、手品師は右手に注目を集めている間、左手でマジックの種を仕込んでいるって話を聞いたことはないか?」
「あるけど」
「だから、ぼくは右手に注目が集まっている時に左手に注目するタイプの人間なんだ。皆が注目していると、逆にその対象への興味を失くすタイプと言ってもいいかもしれない。だから、君がこけて注目を集めていた時には、廊下を見ていたんだ」
実際は、こけていた女子Aを見ていた。
頭を打って、気を失っている女子Aを。
より正確に言えば、蟹股で丸出しになっていたパンツを。
しかし――否。
だからこそ、ぼくは嘘の証言をした。
超能力者は、普通の人間には出来ないことが出来る。
それゆえ、様々な場面で疑われやすくなってしまうのだ。
物理的に不可能な犯行。
でも、超能力を使えば――。
人々は、そんな想像をしてしまう。
だから、超能力者は自らの超能力を隠したがる。
不要ないさかいと疑いを避けるために、ひた隠しにする。
今回の霧ヶ峰は、正直自分から首を突っ込んでいったと言っていいだろう。だが、その行動の裏には彼女なりの正しさがあって、ぼくはその正しさに共感した。だから、少しだけ霧ヶ峰を助けたくなってしまったのだ。
柄にもなく。
ぼくは女子Aに向かって言う。
「そもそも、情報の出所があやしい。どうせ、どこかから流れてきた『噂レベル』の話なんだろ? そんな程度のものを根拠に人を疑うなんて、どうかしているんじゃないか?」
「ちゃんと、信頼できる人間から聞いたよ」
「具体的には? 霧ヶ峰さんが超能力者だっていう噂は誰に聞いたんだ? お前にそんな街談巷語を吹き込んだ悪意ある人物は誰なのか、教えてくれるか?」
「村西だよ。言っておくけど、村西はあたしの友達だ。あたしにそういう嘘をついたりはしない」
ぼくの問いに、女子Aはむきになって答えた。その村西とかいう女子生徒――おそらく、隣にいる人なのだろうが、そいつが教えてくれた情報に対する信頼性――ひいては、村西という人物に対する信頼性まで疑われていると思ったのだろう。
「へぇ、村西さんか。ところで、村西さんは誰から聞いたのか、教えてくれるかな? 仮に霧ヶ峰さんが超能力者で、それを秘密にしたまま転校してきたとして――その『情報漏洩』はどこから起きたんだろうね。その情報を知っていていい人から、知っていてはいけない人への情報伝達はどこで行われたのだろうか。仮に村西さんの身内に教育関係の仕事をしている人がいたとしたら、その人は重い責任を取らされることになるだろうね」
これで女子Aは押し黙った。
霧ヶ峰さんへの追求は、霧ヶ峰さんが超能力者であることを前提としている。だが、その前提を主張するためには、情報漏洩に触れなければならない。それは、村西だけでなく、村西の身内の立場を悪くするものだ。
教室を重い沈黙が支配していた。
これ以上、この話題を続けたくないという共通認識がこの教室の中に生まれている。多分だけど。
こういう時は、話を明後日の方向にぶん投げるに限る。ぼくは真面目ぶった顔を作り、それでいて教室中に伝わるような低い声で告げる。
「ところで、話の流れをぶった切って悪いんだけど、一つどうしても気になることがあるんだ。この問題を解決しないことには、ぼくは次の授業をまともに受けることが出来ないだろう」
「何だよ……」
「透明になる超能力者がいたとして、それって服まで透明になれるものなのだろうか」
女子Aは、ぼくの発言の意図が分かっていないらしく、訝しむような顔をした。これは仕方がないことだろう。
「実際問題、それは無理だと思う。そもそも、自分の身体を透明にする超能力は見つかっていないはずだ。仮にそんなものがあったとしても、着ている服にまで変化を及ぼすことは難しいだろう。フィクションを根拠にするのもなんだけど、映画に出てくる透明人間は隠密行動をとるときは基本マッパだ。服を着ていたら、服だけ浮いているように見える」
「だから、何が言いたいんだよ?」
「結論としては、いくら超能力とはいえ、服まで透明にするのは不可能ということだ。ところで、皆は『シュレーディンガーの猫』という話は知っているかな?」
誰もが一度は聞いたことがある話だろう。
大雑把に言えば、猫を殺す装置が入った箱の中に猫を入れ、その猫がどうなっているのかを考える思考実験だ。シュレーディンガーは、猫が生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせになっていると主張しているらしい。正直訳が分からない上に、猫好きのぼくからしてみれば、思考実験としても許しがたい発想だ。
だが、これからのぼくの話に詳細な理解は必要ない。
「仮に霧ヶ峰さんが透明になれる超能力者だったとしよう。ということは、彼女が裸になった状態でこの教室の中にいたとしても、ぼくたちはそれを観測することが出来ない。つまり、霧ヶ峰さんがここにいないということは、裸の霧ヶ峰さんが教室の中にいる世界と霧ヶ峰さんが教室の中にいない世界が重なった状態で存在するわけだ。ということは、ぼくたちが霧ヶ峰さんの姿を認識していない間は、半裸の霧ヶ峰さんがこの教室にいると理解しても構わないってことなんだよ!」
「「「な、何だってー!!!」」」
随分ノリのいいクラスだ。
教室の中の雰囲気が、霧ヶ峰さんに味方し始めた。
その空気に飲まれた女子A他2名は、顔を青くしていた。
だが、それ以上に顔色を悪くして動揺している生徒がいた。
他ならぬ、霧ヶ峰カスミだ。
むしろ、最大のピンチが彼女を襲っていたといっていいだろう。
ぼくも適当に思いついたことを言っただけだったのだ。
だから、その事実には彼女の顔を見るまで気づかなかった。
そう、ぼくは意図せず真相を言い当ててしまっていたのだ。
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