六話 まだ見ぬ世界

「紹介するわね。このバカが一二三四八目(ひふみしやめ)。私の知り合いよ」


「誰がバカだ! おめえより知能指数高いわ!」


 四八目は香花に対して、ギャーギャー騒いだ。そして今、目にも留まらぬ速さで平手打ちをくらった。


 一二三四八目……身長は先に言った通り、香花と同じほどでナナともあまり変わりはない。顔は整っている方ではあるが、それに似合わず口数、口調がすごい。とにかくぶっきらぼうで、交戦的といったらいいだろうか、とても知能的には見えない。


「で、こいつは?」


 四八目が香花から視線を外し、じっとナナを凝視する。


「は、はじめまして……。ナナ……です」


 言い慣れていない名前を口にし、不器用に作り笑いを見せる。「ふーん」と四八目はナナに注目しながら、香花に話を振った。


「人間か?」


 ナナは思わず、ぎくりと動揺する。背中から嫌な汗が出る。


「ええ、そうよ。私たちの仲間ってことね」


 香花の話から察するに四八目もおそらくは人間……なのだろう。どういう顔をしたらいいのか分からず、また表情がぐしゃぐしゃになる。


「なるほど、よろしくな」


 四八目はナナに握手を求めた。


「ど、どうも……」


 それに答える形でナナは四八目の手を握る。香花に手をあげていたが、手がゴツゴツとしているわけでもなく、普通の女の子の手だった。


「おめえ、自我を出さないタイプだろ」


「え、そ、そうですかね……」


「顔見りゃあすぐ分かる。おめえ、さっきから目合わせねえもん」


 確かに相手の顔を直視するのは苦手だった。先の市場での影響ももちろんあるが、それを除いても顔を見合わせるという状況は苦手だ。変に意識してしまう。


「おめえの視界は面白くなさそうだ。せっかく視覚という素晴らしい機能があるんだ。有効利用しねえともったいねえぞ」


「あなたそういった光景やら風景やらにはやたら煩いものね、変に説得力があるわ」


「首突っ込むんじゃねぇよ香花、誰だって見た事のない景色に魅力を感じるもんだろ」


「そうかもね、ただあなたのそれは異常だわ」


「何が異常だってんだ? いつもと変わらない帰り道が嫌で逆立ちしながら帰ったことか? それとも、飛び降り自殺の名所でバンジーしたことか? それともーー」


「どれもよ」


「どれも普通だろうが! 人間の欲求なめんな!」


「あんたの欲求具合は人間のそれを凌駕してるわよ」


 喚き散らす四八目、それに冷静に返答する香花。初めてこの部屋が賑やかになった瞬間だった。ナナはただそれを眺めるばかりであったが、別段悪い気はしなかった。


「なあ、おめえもそう思うだろ?」


「えっ?」


 雰囲気に和んでいる内に話し相手は香花からナナへと変わっていた。途中から何一つ聞いていなかったナナは戸惑うばかりであった。


「おめえも普段見慣れている景色より、見たことのねえ景色の方に憧れたりするだろ?」


「う、うーん……」


 全容を聞いてもナナは困った。どちらかというとナナは前者寄りだ。危険な綱渡りをするよりも安定した生活を送りたいと思っている。


 でも四八目は違う。未体験のためなら、命だって惜しくない。そういう性格だ。


 合わせるべきか自我を貫くべきか。ナナは悩んだ。


 深く考え込もうと一旦、四八目の様子を伺った。期待に満ち満ちていた目は、沈黙の長さに苛立ちを覚えつつあった。その様子にナナはつい口にしてしまった。


「わ、私も見てみたいです……! まだ見たことのない世界!」


「お! そうだろ! 人間はやっぱそうでなくちゃなぁ!」


 お気に召したのか、先ほど以上に歓声を上げる四八目。


 その喜びようにナナもつられて嬉しくなった。が、しかし、香花はやってしまったか……と苦笑を浮かべていた。


 そうしてからだった。一瞬たりとも発言権が離れない四八目の単独トークショーは開催された。マシンガンの如く、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと喋りは止まらなかった。


 意見に乗るんじゃなかった。とナナが後悔し、香花が魚を焼いていたことに気がつくまで、それは止まらなかった。

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