第20話 「秘密は秘密のままで置いておけ」
鋭い刃をよけて、イグネイはあわてて後ろにさがった。下がりつつ、いつものように腰に手をやるが、剣はない。二日前、剣を持たずに森へ入ったからだ。
「ふおおおおううう!」
叫びながら剣をふるう修道士が踏み込んできた。逃げるには、間に合わない。
これまでか……!
そう思った時、天を貫くような声が聞こえた。
「『ひみつ』を、なげて!」
「サジャラ!?」
後ろを見る。副官たちに支えられたサジャラが蒼白な顔で叫んでいた。
金色の巻き毛が、血でぬれている。それを見た瞬間、イグネイの中から一切の制御が消えた。
「——勝手なことを、ぬかすんじゃねえよ! クソ修道士!
お前がサジャラを魔物にしたんだ! お前が盗賊を引き入れて、嘘を言わせたんだ! サジャラが何をしたっていうんだ。
幼すぎて、混乱していて、言われるがままに嘘の告発をした。
間違ったことではあるが、それが十年を奪われるほどの罪か!?」
イグネイは叫びながら、必死で剣をよけた。同時に服の中を探る。小さな瓶はこんな時にかぎって見つからない。若い修道士はくるったように剣を振りまわし、血走った目でイグネイをにらみつけた。
「うるさい! そいつは、俺の顔を見たといったんだ! 俺は、俺自身を守っただけだ! 何が悪いんだ!
だいたい、お前は村の人間でもない。
俺が、お前に迷惑をかけたのかよ!」
ブン! と刃が振り下ろされた。イグネイの肩に刃が食い込む。
さいわい間合いが近すぎて、それ以上は斬りおろせないようだ。
イグネイの顔の前に、混乱で目の焦点が合わなくなった修道士がいた。恐怖と狼狽 のあまり、全身から汗が噴き出していた。
その顔をみつめながら、イグネイは押し殺した声で言った。
「——ひとに、迷惑をかけなきゃ何をしてもいい、と思ってんのか。ふざけんな。
人間には、どうしてもやっちゃいけない事があるんだ。
根拠のない嘘をつくな、幼いものをいたわれ、そして――秘密は秘密のままで置いておけ」
イグネイの手が小さな瓶をつかむ。いそいで瓶にまいた布をはぎ取った。『庵』を出るときにサジャラが言ったことが、よみがえった。
『ひみつは、ひかりがきらい。ひかりにあたると、はじける』
ガッと、小瓶を天に向かって突き上げる。朝日が当たる。
「——なんだ、それは」
修道士があっけにとられる。
その瞬間、どくん! とすさまじい衝撃がイグネイの手に走った。
肩に剣を食いこませたまま、数歩下がり、十分な距離を取ってからイグネイは修道士の顔を見る。
恐怖と混乱と、深い悲しみで、もはや人の形をしていない。
一瞬だけ、イグネイの動きが止まった。
「親が子を思う。子が親を案ずる――俺と変わらんな」
「なに?」
その瞬間、イグネイは『秘密』の入った瓶を、修道士に投げつけた。
一秒、二秒、三秒。
白い朝日を浴びた『秘密』は、かすかな薄緑色に光りながら、すさまじい勢いで膨張した。
ガラス瓶が割れる。
われながら、幾千の光のカケラが修道士にふりそそいだ。
「ぐわっ!」
するどいカケラを浴び、全身に傷がつく。血が流れる。その上に緑色の光があふれた。どろりとした緑色の『秘密』が修道士をおおう。
そこへ、イグネイが飛び込んだ。
手には肩から引き抜いた剣を持っている。
刃は――やわらかな緑の光と無数の光のカケラごと修道士の身体に食い入り、まっぷたつに斬りおろしていった。
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