第7話

廊下で揉める声が聞こえる。

ちょっとぉ!! アタクチの下僕、どこぞのバカオージ達のせいで安静にしてんのよ!

うるさくて心労増えたらどうすんのよ!!


ムカつきながら、ツンと顔を反らし、いつもよりアタクチを大きく見せるように大股で歩いて廊下に出る。


「おぉっ! あなた様が神獣様!!」


神獣なんて知らないっつーの。

アタクチ、加齢臭とカツラは苦手だわ。あんた、もうちょっと似合うカツラにしなさいよ。


「なんと! 神獣様が何か喋っていらっしゃる!」


こいつにアタクチの言葉が分かる訳ないでしょ。ニャオニャオ聞こえてるだけよ。下僕2番は「カツラ」の辺りで笑いをこらえている。

廊下での揉め事を起こしていた張本人、赤子を抱いたカツラの初老の男性は威厳がある。カツラなのは置いといて。金ピカの指輪いっぱいしてるからきっとお金持ちよ。赤子に指輪が当たらないのかしら。


「ガーライル侯爵。先触れもなくこのようなことはおやめください」


ふぅん、コーシャクねぇ。下僕2番や使用人達が門前払いできなかったならそのくらいよねぇ。


「うむ。しかしだな、神獣様が現れたと聞いてうちの孫に祝福を授けてもらおうと思ったのだ! まさかローズヴェルト公爵家だけが神獣様を独占するわけではあるまい?」


アタクチ知ってるわ。こういう図々しい奴ってどこにでもいるのよね。

大体、二万歩譲ってアタクチが神獣だったとして。何であんたの孫に祝福授けなきゃいけないのよ。平民如きが! あ、間違えた、コーシャクだった。コーシャク如きが!


「神獣様がローズヴェルト公爵家にいらっしゃったのです。祝福も何もかも全ては神獣様の御心のままに」


下僕2番、あんたさらっとカッコつけたこと言ってんじゃないわよ。下僕をさっさと攫わなかったヘタレめ。しかも、ボスカラス。あんた、楽しそうにドアの隙間から覗いてんじゃないわよ。その綺麗な羽根むしるわよ。


ムカついていると、赤子の持っていた玩具が落ちた。

中に鈴が入っているボールらしく、シャラシャラコロコロ音を立てながらアタクチの方に転がってくる。


そこから先は記憶にございませんわ。


だって、目の前に音の出るボールがあったんだもの。追いかけるわ、追いかけるべきでしょ、追いかけるんだよ!

ボールに飛びつき、ボールを転がし、離れていくボールを追いかけ。



しこたま遊んで我に返ると下僕2番や使用人達そしてボスカラスの生暖かい視線がアタクチに突き刺さった。赤子はキャッキャと喜んでいる。ヤギはむしゃむしゃしている。鷹はどっか行ったわ。


そうよ、下僕2番。あんたがアタクチと遊ばないからこんなことになったのよ。猫じゃらし30分がまだ未払いなんだからね!!


「ジョゼフィーヌ、そういうオモチャが好きだったのか。すぐ買いに行かせるよ」


下僕2番の爽やかな笑みと共に、弁えた執事が視界から消えた。

ふん、アタクチにふさわしい玩具をせいぜい悩んで買いなさい。そしてアタクチと遊ぶのよ!! アタクチと遊べるなんて恐ろしいほど名誉なのよ!!


「今はコレを神獣様にお渡ししましょう。なんとも気に入って下さったようですからな」


ナントカコーシャクがボールを拾ってアタクチに渡そうとしてくる。

頭が高いわ!!

アタクチはボールを持った手に素早くネコパンチした。


「しっ神獣様!?」


アタクチがあんたの赤子の手垢とヨダレまみれの玩具なんて喜ぶわけないでしょうが!!

ナントカコーシャクにはアタクチの言葉は通じていないので、アタクチがシャーシャー唸っているようにしか見えない。

赤子はアタクチの唸り声に泣きだした。


「ガーライル侯爵。神獣様はご機嫌ななめのご様子。本日はお引き取り願えませんか? このままでは、お孫さんが神獣様に嫌われたとウワサが立つかもしれませんよ?」


「そ、それはまずいな……」


まずいのはあんたのカツラよ! 似合ってないわよ! センスないわね。いっそやめなさいよ!

相変わらずシャーシャーとしか聞こえていないナントカコーシャクは、高貴なるアタクチの圧倒的なオーラに気圧されて帰って行った。


ボスカラスがナントカコーシャクのカツラを奪って池に落としてくれなかったら、下僕2番にもネコパンチしてたところよ。あんな奴にアタクチの屋敷の敷居を跨がせるなんて!! 門番クビにするわよ!

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