第11話【第三章】

【第三章】


「これより、出撃する」


 アジトのエントランスで、葉月が声を上げた。その前には、俺と髙明、それに和也が並んでいる。俺がドクの下を訪れた翌日の夕刻のことだ。


 全員が、自分の得物の最終確認を終えている。

 俺は二十二口径オートマチックを二丁。

 葉月と髙明は、自動小銃をコンパクトにしたカービンライフルを一丁。加えて髙明はポンプアクション式の散弾銃を背負っている。

 和也は愛用の狙撃銃・通称アイリーンを肩に掛けていた。


 全員が空腹状態だ。被弾した際、臓器の内部が消化物で汚れないようにするための処置である。


「では、まず髙明と和也に出発してもらう」

「おう」


 放られた鍵を手に取る髙明。和也は直前まで、葉月と同伴したいと喚いていたが、残念ながら葉月の同伴者は俺だ。

 それに、和也には決まった狙撃ポイントがある。そこで皆から離脱するため、どうしても皆から置き去りにされる感は否めない。……などと幼稚な言葉で皆の士気を下げるようなら、俺は和也をこの場で射殺してもいい、くらいに思っていた。


 和也の狙撃ポイントは、ダイバーシティ・アクア東京から南西に七百メートルほど離れた、高級マンションの屋上だ。


 髙明はその後、アクア東京に施したちょっとした仕掛けを使い、俺や葉月とは異なるルートで突入を試みる。これが上手くいけば、敵、すなわちダリ・マドゥーとその警護員たちを挟み撃ちにできる。


「よし、先行するぞ。ここから先はヘッドセットで通信する。いいな、和也」

「はいはい、分かってるよ」


 投げやりな態度の和也に向かい、髙明は思いっきり拳骨を振り上げて見せた。


「うわっ!?」

「お、おい髙明……」


 慌てて止めに入った俺は、しかしすぐにそれが杞憂だったことを察した。百戦錬磨の髙明が、作戦前に味方を負傷させるはずがない。そんな愚行を犯すなどあり得ないのだ。


「ふん、皮肉だな。一番殴ってやりたいタイミングが、一番殴ってはいけないタイミングと被るとは……。おら、行くぞ、和也」

「は、はぃい……」


 これには流石の和也も白旗を掲げた。素直に髙明に従い、乗用車の助手席に乗り込む。狙撃銃は長いから、建築資材を偽装して乗用車の屋根に括りつけてある。


 俺と葉月は、夜闇が夕焼けを食い尽くさんとする光景に目を細めながら、先行する乗用車のテールライトを見つめた。

 その時だ。


「おい葉月、大丈夫か?」

「ん?」

「いや、腕を擦ってるから、寒いんじゃないかと思って」

「馬鹿だな剣矢、今日の最高気温は三十九度だ。寒いわけがないだろう?」

「ま、そりゃそうだな。悪い」

「別にお前を責めてるわけじゃ……」


 葉月はもごもご口を動かしていたが、俺には他に考えることがあった。

 このところ、葉月の様子がおかしい。……ような気がする。

 先日の麻薬取引をぶっ潰す作戦の時だって、俺に妙な気遣いを見せていたしな。


「なあ、はづ――」

「時間だ。私たちも行くぞ、剣矢」

「お、おう」


 俺の逡巡を無視して、すたすたと乗用車に向かっていく葉月。

 こうして俺は、葉月の真意を確かめる術もなく、作戦区域へと運ばれる流れとなった。


         ※


 葉月の運転する乗用車は、するりとアクア東京の地下駐車場へと滑り込んだ。


「こちら葉月、総員、状況送れ」

《こちら髙明、アクア東京の裏口に到着。変電板の爆破準備態勢に入った》

《こちら和也、アクア東京三十五階を監視中。偉そうな連中が続々と集まってきてる。きっとボディガードだろうけど、肝心のマドゥーの姿が見えない》

「和也、そのまま監視を続けてくれ。髙明、こちらは突入準備を完了した。始めてくれ」

《了解。カウントダウンは省略する》


 パン、という軽い音と共に、アクア東京内部の個室がランダムに点灯し始めた。

 やがてエントランスの照明も不安定になり、宿泊客たちが騒ぎ始める。


「おい、何だ何だ?」

「これ、テロ攻撃じゃないのか!?」

「お客様、落ち着いてください! 間もなく床面に、脱出経路の蛍光表示が現れます! それに従っていただければ――」


 必死にアナウンスする係員を突き飛ばし、俺と葉月は得物を抜きながらエレベーターに向かった。

 変電版を操作し、敵を混乱させる狙いの髙明。俺たちが使うのは、彼が唯一止めないでおいてくれた人員用エレベーターだ。


 緊急停止の後、再び一階へと降下を始めたエレベーター。俺と葉月は、その到着を今か今かと待ち構えている。そしてそれが到着するや否や、非難客を引っ張り出して搭乗。三十五階のスイッチを押し込む。


 リン、といってエレベーターは到着した。ほんの一瞬のことだったように思える。

 正面には三十五階のフロアに通じるドアがあり、見張りが二人立っていた。驚いて自動小銃を構える見張りだったが、俺たちの方が反応は早かった。


 俺は見張りの口内に拳銃を突っ込み、できる限り音を立てずに発砲する。

 葉月はカービンライフルを振り回してもう一人の見張りの顎を強打し、脱力したところで勢いよく銃床で見張りの頭蓋骨を叩き割った。


 さて、敵に気づかれる前に、この戦闘を俺たちのペースに乗せなければ。

 俺は正面の扉を指先で軽く押し、その開き具合を確かめる。

 そして、胸部に装着していた閃光音響手榴弾のピンを抜き、勢いよくフロアへ投げ込んだ。


 ざわわわっ、と大人数のどよめきが聞こえる。流石に敵襲されるとは思っていなかったのだろう。驚いていられたのも束の間、視覚と聴覚を奪われていくマドゥーの部下たち。

 俺と葉月は、遮光版の役割も兼ねたコンタクトレンズとヘッドフォンの防音モードでこれを乗り切った。


 後は俺たちが自由に戦う番だ。

 さっきの和也からの報告によれば、マドゥーの姿は確認できないとのこと。眼帯を外すにはまだ早い。


 葉月がカービンライフルで弾幕を張り出したのを見て、俺は勢いよくソファの陰から飛び出した。


 警備員たちとの戦いは、思いの外単調だった。

 日本という、割合平和な国に来るにあたり、マドゥーが警護につけたのは下っ端中の下っ端だったらしい。

 弾丸が面白いように敵の眉間に吸い込まれていく。眼帯を装着したままでも、このくらい俺ならやれる。


 それでも、敵の数は約二十名。俺と葉月だけでは押し切れない。そこで髙明の登場だ。

 俺はわざと窓際に前転。敵の弾雨が俺を狙い、窓ガラスを撃ち抜いていく。

 そこで事件が起きた。敵が同時に弾切れを起こしたのだ。


 やはり練度は低いな。そう思いながら、俺は窓ガラスの淵で身を屈めた。その横から悠々と現れたのは、散弾銃を手にした大男、髙明。俺が弾倉を交換する間に、敵の注意を引きつけ、圧倒的火力で牽制・制圧する。

 黒服に僅かに朱の混じった濃い斑点を作りながら、敵はどんどん倒されていく。


 すると、ヘッドフォンから和也の声が響いてきた。興奮しきりだ。


《皆、伏せて! 髙明の反対側から敵を狙撃する!》


 了解、という復唱もないままに、和也は狙撃を開始した。

 突然うずくまった俺たちを訝しく思ったのが、敵にとっては運のツキ。

 敵の後頭部から侵入した弾丸は、彼らの脳みそをぐしゃぐしゃに破壊。そのまま眉間から飛び出した。無論、即死である。


 葉月による巧みな援護射撃も相まって、気づいた頃には俺たちはこのフロアを制圧していた。

 さて、あとは首領であるダリ・マドゥーがどこにいるか、だが――。


 拳銃の弾倉を再度交換し、前後左右に目を走らせる。

 俺と髙明が背中合わせに捜索していた、その時だった。


「ッ! 髙明、隠れろ!」


 言うが早いか、俺は最寄りのテーブルを蹴倒し、その陰に入った。

 天井のパネルが落下してきたのと、髙明がソファの後ろに飛び込んだのはほぼ同時。


 またそれは、パネルと共に手榴弾が投げ落とされたこととも同じタイミングだった。


 ドドドドッ、と鈍い爆音が連続し、俺は反射的に耳を押さえた。実際、防音処理はヘッドセットがやってくれるのだけれど。


 敵が使ったのは標準的な手榴弾だ。フロアに数個、クレーターが生じている。

 だが意外だったのは、その敵が発した言葉。


「あ~あ、みーんなぶっ殺しちまった。これじゃあ本国に帰れねえなあ」


 なんと流暢な日本語だろう。逆に言えば、外国語訛りではある。しかし、発音は明確で意思疎通に問題はなさそうだ。


「さ~て、俺の相手をしてくれる、可愛い可愛い子猫ちゃんはどこかな~? 錐山剣矢くん、ってんだろ? 親父さんから聞いてるぜ。俺の相手に相応しいのはお前さんだけだってなあ~」


 悠々と味方の遺体の隙間を闊歩する男、ダリ・マドゥー。ちらりと葉月に視線を遣ると、軽く首を振った。出るなと言いたいらしい。

 だが、ここで出なくては今まで戦ってきたのが無駄になる。


 俺は意を決して、テーブルの陰から立ち上がった。

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