第2話

「さて、これであんたの飼い犬たちはいなくなったわけだが……。あんた自身はどうする?」

「ひっ!」


 どうやらこの首領は日本語を理解しているらしい。俺は左手の拳銃をホルスターに戻し、右手のもう一丁を突きつけた。

 首領は自分の肩の高さに手を掲げ、ぶんぶん振り回している。そして、涙目で鼻水を垂れ流しながら、血塗れの床で後ずさりする。まるで尻をモップ代わりに、血だまりを拭き取ろうとしているかのようだ。


「あんたの態度如何では、楽に殺してやってもいい」


 俺は無造作に拳銃を弄ぶ。普段なら、自分の方が優位にあることを示すために余裕を見せるもの。だが、この首領のような腰抜けが相手では興ざめだ。


「さて、俺たちにも時間制限がある。そろそろあんたを仕留めなきゃならないが――」

「まっ、待て! 待ってくれ!」


 そう言うと、首領は血だまりから離れるように四つん這いになって移動した。その先にあるのは、アタッシュケースだ。二つのケースが、倉庫内の淡い蛍光灯を反射して薄暗い光を投げかけている。


 がちゃがちゃと鍵を操作しながら、首領はケースを開けた。二つ目も同様。


「み、見てくれ! ここに現金で二億ある! それに、こっちのケースに入ってるのは大麻の上モノだ! 末端価格で三億はくだらない! これをやるから、どうか命だけは……」


 そう語る首領が失禁しているのを見て、俺は思いっきり肩を竦めた。本当に情けない野郎。


 だが、それは些末な問題だった。俺の脳内でカチンときた理由。それは、金額のことなどではない。

 俺を金で買収できると踏んだところに怒りの原因がある。


「生憎、俺たちの目的はあんたらの抹殺だ。金は要らん」

「えっ? そっ、そそそれじゃあ私はどうすれば……?」

「さっき言ったろう、楽に殺してやるか、苦しみながら死を迎えさせてやるか。俺にはこの二つしか選択肢はないし、それはあんたも同じだ」

「わ、私の命は……?」


 俺は腕を腰に当て、どっと疲れを覚えながらやれやれとかぶりを振った。


「だ・か・ら、殺す以外に打つ手はないっての。耳は大丈夫か?」


 右手の拳銃を構え、パン、と発砲。


「うぎゃああああああ!?」

「あんただって、部下に命じて他人の命を奪ってきただろう? これが、その感覚だ」


 まあ、片耳を消し飛ばしたくらいでは人は死なないが。


「仕方ない。俺はあんたを殺す。その前に、十分苦しんでもらうからな」


 俺は一見無造作に、しかし精確に、連続で発砲した。

 弾丸は、首領の両腕、両足、腹部、胸部と次々に撃ち込まれていく。


「ぎゃっ! がっ! ぐおっ! ぶはっ! ぶぎっ!」

「豚みたいな声を上げるな」


 いや、だったら俺がさっさと始末すればよかったのだけれど。

 五発目で、首領は全身を震わせながら事切れた。だが念のため、俺は白目をむいた目の上、眉間に狙いをつけた。そのまま、パン。


 薬莢の落ちるコツン、という響きが倉庫内に反響する。

 この硬質で暴力性を帯びた音は、どうにも俺の性に合っているらしい。聞いていて清々しさすら覚える。


 そこでヘッドセットに通信が入った。葉月からだ。


《剣矢、無事か? もし負傷しているなら――》

「負傷なんてするかよ、葉月。そっちも片はついたのか?」

《というより、お前が敵性勢力は殲滅してしまったじゃないか》

「そりゃ失敬」


 俺を援護を担当していた葉月が無事なら、髙明も和也も安全だろう。

 そう判断し、やや意識が緩みかけた、その時だった。


 ブロロロロッ、というエンジン音がした。埠頭からだ。強化された俺の聴覚はそれを吟味し、偽装船であると判断する。海産物を積んでいる漁船とは、僅かに重量が違うのだ。

 きっと、ここにボディガードたちを送り込んだ擬態武装船舶だろう。


「まったく、仕事を増やしやがって」

「どうした、剣矢?」

「葉月、耳を塞いでちょっと待ってろ。頭は低くしてな」


 防御態勢を取る葉月を一瞥し、俺は周囲を見渡してみる。そして、見つけた。

 ガトリング砲だ。分速三百発、といったところか。


 これは大抵、戦闘ヘリのキャビンに装備するはずのもので、生身の人間が扱い得るものではない。そう、通常ならば。


「よっと」


 俺は我ながら軽々とガトリング砲を腰だめに構え、目を凝らす。倉庫の側面を透視して、一隻の漁船が埠頭を離れていくのを捕捉。


「逃がすかよ」


 俺はガトリング砲のセーフティを外し、弾帯の長さを確認。うむ、十分だ。

 目を前方に向ける頃には、俺は銃撃を開始していた。


 バルルルルルルルッ、という轟音に混じって、チャリチャリと薬莢が猛烈な勢いで排出されていく。時たま混ざる曳光弾が、俺の狙いが正しいことを示している。


 撃ち始めて十五秒ほどが経過しただろうか。

 漁船の操舵席が内側からボンッ、とはじけ飛び、エンジンからは爆炎と黒煙がもうもうと上がった。


「ちょうど弾切れか」


 俺はガトリング砲をその場に放り出した。


「葉月、もういいぞ」

「ん、ああ」

「他の二人と合流するんだろ? 急いだほうがいい」

「そうだな。髙明と和也の場所に連絡して、集合場所をダガー1からダガー3に変更しよう」

「ああ。よろしく頼む。海上保安庁がやって来る前にな」

「了解。車は準備してあるから、ついて来てくれ。……大丈夫か、剣矢?」


 俺は軽い眩暈を覚えていたが、大丈夫だ、と言い返して眼帯を装着し直した。


 美奈川葉月。彼女の身長は、この年代の女子にしては高いほうだろう。長髪はポニーテールにまとめられ、整った顔立ちをしている。

 だが、彼女はただの女子高生ではない。それは、彼女の背中から発せられる殺気ですぐに分かる。もちろん、防御装備を身に着け、自動小銃を担いでいることからしても。


 やっぱり俺や皆のような年代、すなわち十代後半の少年少女が戦場に出るのは異常なのだろうか? まあ、そんなことで他人の目を気にすることもあるまい。

 俺はのろのろと倉庫を抜け出し、時折葉月に気遣われながら、最寄りの鉄骨ビルのそばにあった普通乗用車に乗り込んだ。


         ※


 廃棄区画の最奥部、監視カメラもない場所に、一台の車が停まっていた。これもまた、一見して普通乗用車である。

 本当は二台とも盗難車なのだが、ナンバープレートを替えている。ここから足が着く恐れはあるまい。


「もう、遅いよ二人共! 僕お腹空いちゃった!」

「ざけんな馬鹿。帰り着くまでが作戦だぞ」

「いてっ! 味方に暴力振るうなんて、髙明は野蛮だな!」

「はいはい、そこまで。今日は一旦、アジトではなくドクの拠点に向かう。情報処理を頼みたい。異議のある者は?」


 空腹を訴えだした和也を髙明が咎め、その言葉の応酬を葉月がやめさせる。いつものことだ。

 

 まるで熊を連想させる巨躯を有するのが、大林髙明。

 逆に何らかの小動物を連想させる、ちびっこいのが小野和也。


 髙明は自動小銃を肩に背負っていたが、和也の方は大変そうだった。

 身長と愛用火器、高性能狙撃銃の長さがマッチしていない。和也本人よりも長いのではなかろうか。


 しかし、和也の関心は別なところにあった。


「ねえ葉月、一緒の車に乗せてよ! いざ銃撃戦になったら、僕が守るから」


 その言葉を聞いて、俺と髙明は顔を見合わせ、どはあ、と溜息をついた。

 簡単に言えば、和也は葉月にぞっこんなのだ。


 まあ確かに、十七、八歳の俺たちと違い、和也は十四、五歳のはず。

 年上の異性がそばにいて戦っているとなれば、好意を抱くのも当然なのかもしれない。

 そこまで露骨にしなくてもいいだろうにとは思うけれど。


 そういうわけで、俺は今度は髙明の運転する車に乗っている。後部座席には、丁寧に分解された狙撃銃と自動小銃がある。


 俺がぼんやりと外を眺めていると、ひんやりとした感覚が頬に走った。


「ほら」

「ん」


 髙明から差し出されたのは、よくあるスポーツドリンクだった。こういう気配りができるところは、髙明にとっての美徳の一つと言える。


 逆に言えば、それだけ俺が疲弊しているということでもあった。

 俺は左目の眼帯を外し、脳内で意識を集中させることで、身体の俊敏性を著しく上昇させることができる。腕力や脚力もまた然りだ。


 だがその代償として、タイムリミットが来るとその日一日は戦力にならなくなってしまう。大まかに言って、能力を発動しながら戦えるのは十分少々といったところか。一晩寝れば大方復旧するのだが。


 何故こんな力が俺に宿ったのか? ああいや、疲弊のあまり半ば停止している脳みそを酷使するのはよくないな。今は素直に車に揺られ、休ませてもらうとしよう。


 そう思って、俺は窓の外に視線を飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る