第17話 返却

「反対派が引っ越しを始めた時には、娘さんは亡くなっていました。父親はしばらく亡くなった娘さんを、埋葬することも出来ずにいたと書いてありました」


私は、亡くなった娘さんと一緒に暮らしていたお父さんの気持ちと、亡くなった後でも、父親を心配している娘さんの姿が思い浮かびました。


「そして、最後の家が引っ越しをした後、娘さんを埋葬したそうです。その後しばらくは、小さな鏡を娘さんと思って毎日見つめていたそうです……」


そう言って安崎さんは黙り込んだ。


「その後、引っ越しをせず神社で……」


私がつぶやくと、安崎さんが黙ったまま私を見つめてきました。


「この日記を、読んでいたので私は娘さんの存在を知っていました。でも先生は、映像を見ただけで娘さんの存在を知っていました」


「それで、私が少女と言った時に驚いたのですね」


「はい。……私は鏡とぬいぐるみ、日記を返しに行く時、どうすればよろしいですか」


「大丈夫ですよ。返すだけなら何も起りません。でも念のため返した後の映像を撮ってきて下さい」


「それを見れば先生はわかるのですね」


「……」


私はそれには返事をせず、笑顔を見せた。


「ザブの事は残念ですが、自業自得とも言えます。この世には信じられないことが起こるものですねえ」


「……」


私はそれにも答えられず、笑顔になることしか出来なかった。




私は、三日後いつもの居酒屋に向かっています。

もちろん安崎さんに美味しいビールを奢ってもらう為だ。

私は、約束の時間の三分前に居酒屋に着いた。


「お待たせしました」


私は、自然と笑顔が出ていた。


「ふふふ、二分しか待っていませんよ。しかし、先生の笑顔が今日はいつもより、とても美しく感じますねえ」


「あら、それは、安崎さんの心が晴れやかだからじゃ有りませんか。私はいつも通りひょろひょろの、色気も美しさも欠乏している女です」


そんな会話をしていると、注文していないのに、ビールとウーロン茶といつもの料理が出て来ました。


「かんぱーい」


二人で乾杯をすると、安崎さんは待ちきれないように、ノートパソコンを用意します。

パソコンから流れる映像は、当然あの廃墟です。


「うわっ」


私は思わず声を出してしまいました。

まだ、怒りの気配がします。


「あー、すみません。これは、返す前の映像です。ははは」


悪戯っぽく安崎さんは笑います。


「さすがに先生ですなー、何も言わないのに返す前の映像とわかるのですねー」


「……」


私は、眉をつり上げて、安崎さんをにらみ付けます。


「げほん、失礼」


ウーロン茶を口に運び少しむせて謝ります。


映像は三面鏡の部屋を写します。

安崎さんはぬいぐるみを、日本人形の横に置きました。


「あらっ」


「ふふふ、さすが先生です。気が付くのが速い」


ぬいぐるみの手の中に、あの小さな鏡が持たされていたのだ。


「あのぬいぐるみ、手に穴が空いていましてね、手鏡をはめたら丁度の大きさではまるのです。色も全く同じです。余計なことでしたかねえ」


私は、映像のぬいぐるみが微笑んだように感じた。

元々可愛いぬいぐるみでしたが、今まではそれが恐かったのですが、いまは本当に可愛いぬいぐるみとしか感じません。


「いいえ、なんだかぬいぐるみが、笑っています。可愛くって欲しくなります」


「じゃあ、もう一度取ってきましょうか」


「うわああああ」


私と安崎さんは大声を上げた。

一瞬ぬいぐるみの表情が、怒ったように感じたのだ。

二人で叫んだということは気のせいでは無いでしょう。


「ふふふ、冗談も言えませんなあ」


安崎さんが照れ笑いをします。

そのあと、ザブさんが荒らしたであろう室内が映されました。

タンスは全部引き出され、酷い状態になっています。

二階も映されましたが、ここも荒らされています。


私は、安崎さんの顔を見ます。

安崎さんは照れ笑いをしましたが、こちらを向きませんでした。


そして、日記を二階の机の引き出しに戻す映像が映し出されました。

そのあと、南京錠のかかった扉をしばらく映し出しました。

映像は、そのまましばらく動きませんでした。

隣で安崎さんは映像に向って手を合わせています。

私も手を合わせました。


そのあと、家の外から全体をもう一度映しています。

その家からは何も感じ無くなりました。


「大丈夫です。何も感じ無くなりました」


「ふふふ、先生がそう言うのなら、大丈夫ですね」


私は、この店で一番高い料理のウニのお造りを注文した。

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