第26話 合唱

さて翌日。

オルと三つ子は通りを歩いて行く。

通りには活気が満ちている。


不機嫌だったゴツイ男達は仕事をしているハズだ。

鉱山はもう復活したのである。

坑道の奥、下層の方にはゴブリンクイーンとゴブリンたちが潜んでいるが、上層の方なら平気。

兵士たちが護衛をしつつ、鉱山労働は再開されている。

奥に居るゴブリンたちは冒険者たちが討伐を行っている。

徐々に数を減らしているハズだ。

完全に平和になったワケでは無いが、採掘に支障は無い。

街にも鉱石が運び込まれ、鍛冶屋も大忙し。

お店にも人にも活気が戻った。


だから公園も、以前より人が多い。

オヤジさんの屋台にもチラホラお客さんがいるけど。

本番はこれからさ。


「オヤジさん、今日は客が絶対集まるからね。

 覚悟してね」

「うん?

 お前がしょっちゅう屋台の近くで演奏してくれるから、それ目当ての客は今日も来てくれてるるけどよ。

 それ以上何をやる気だ?」


「ナイショ。

 へっへへー。

 お楽しみにってね」


オルが屋台のそばで演奏の準備をしていると、お客さんの声がする。


「ほら、あの人。

 すごいキレイな竪琴の音なの」

「って言うか、ケルベロスを従えてたってウワサの吟遊詩人ミンストレルだろ。

 なんだ、どんなゴツイ奴かと思えば、細い美形じゃんか」


「バカね。

 腕っぷしで従えたんじゃないでしょ。

 その演奏でトリコにしたのよ」

「そっか。

 んじゃ、その演奏が聴けるってワケだな。

 そいつぁ楽しみだ」


いつの間にかウワサではオルがケルベロスを従えた、って事になったらしい。

オルの作り話ではビスケット目当てって設定だったんだけど。

竪琴の音で虜にした事になったのか。

吟遊詩人ミンストレルとしては少しばかり光栄なウワサ。


「んで、あの三人の子供はなんなんだ?」

「知らないわよ。

 でもカワイイ子たち!

 兄弟なのかしら」



そんな人たちの前で、オルは三つ子たちに鈴を配る。


「へっへっへー、鈴だ」

「シャラシャラ鳴って、おもしろい」

「ベル、鳴らしすぎで五月蝿いよ」


相変わらず三つ子たちはワチャワチャしている。


でも。

昨夜練習したのだ。

オルが設置した簡易椅子に腰かけて、竪琴を両手で持つと静かに準備してる。


シャランと弦をはじく音に合わせて踊りだす三つ子たち。

一曲目は人を惹きつけよう。

踊る姿も元気よく、それに合わせて鈴が鳴ってにぎやか。


人も集まって来る。

中には以前殺気を漂わせていたような男達も混じってるけど。

ウルセェ、の声は聞こえない。

「おっ、楽しそうじゃんか」

「へっ、労働に疲れた身体にオツなモンだぜ」

「良いぞー、子供たち」

「かわいいー」


褒められて子供達も嬉しそう。

普段から動きのすばやい子たちだが。

なんだかもう人間離れしてる。

ケルとベルなんかバック転まで披露。

二人の動きに声援が乱れ飛ぶ。

ロスは目立つのがニガテ。

少し恥ずかしそうに鈴を振っている。


曲が終われば、オヒネリが飛ぶ。


「良いぞー」

「もっとやれー」

「もっと子供たちの踊り見たい―」

「兄ちゃんも良い竪琴の音だぜ」


さすがに価値の高い金貨や銀貨なんかは無いけれど。

銅貨や銭貨が飛んでくるのを、三つ子たちが拾い集める。


「おっとっと」

「サンキュー、サンキュー」

「どうもありがとうございます」


ロスが子供なのに丁寧にお辞儀するのがカワイイ。

女性たちがロスを見ながらキュンキュンしてる。


お次は少し静かに。

竪琴を中心にオルのボーカルを添える程度。

三つ子たちも鈴を外して静かに踊る。

お客の反応もさっきよりは静かだけど。


「良い音だぜ」

「疲れた精神に沁みるわ」


うん。

竪琴の弦も全快したからね。

どんな曲でも手加減せずに弾ける。

久々に複雑なコードをキッチリ弾いたんだ。

お客さんも良いカンジに反応してくれてる。

じゃあ行ってみようかな。



「なんで師匠と弟子なの?」


昨夜そう訊いたオルにロスは答えた。


「僕たち、歌が歌えるようになりたいんです」


オルの母親はそれはそれはキレイな声で鳴いたらしい。

夜空に遠吠えを上げれば、全ての動物が寝静まった。

オルの父親は勇壮な声で吠えたと言う。

天に雄叫びを上げれば、全ての生物が頭を垂れた。


「先日オル師匠の竪琴を聴いて、コレだ! と思いました。

 お願いします。

 僕らに美しい遠吠えと勇ましい雄叫びの伝授を」


そんな事を言われましても。

オルは獣じゃありませんし。

吠え方なんて教えられるハズも無い。

けどね。

一応は音楽家ミュージシャン

声の出し方や、音程の取り方だったら教えられる。

喉を鍛えるならなにより毎日歌うコト。



三つ子がお客さんたちに向かって正面に進み出る。

オルは伴奏を着けて行く。

まずは長男ケルから。

ららららー、らー

アルト、声変わりしてない少年のスタンダードな声。

そして次男ベル。

わー、わわわわー

少し声変わりした彼にはテノール。

最後にロス。

あーあぁ、あぁぁぁぁああ

高い美声を響かせる彼はソプラノ。


それは三声合唱。

三つ子なんだけど性格は違っていて。

ケルは元気に勝手に歌う。

ベルは生意気に節回しを着けて歌いたがる。

ロスはほっておくと声が小さくなっていく。


オルは竪琴の音を少し大きくしていく。

いいかい。

僕の竪琴を聴きながら歌うんだ。

それに合わせてくれれば絶対上手く行く。

昨日三つ子に言い聞かせた言葉。

ここで僕がしくじる訳にはいかない。

師匠として弟子に良いトコ見せないとね。


はっとしたようにケルが急ぎ過ぎてた歌声をゆっくりと。

変なクセを着けた歌い方をしてたベルが自然な歌い方に。

お客さんに囲まれて緊張して目を伏せていたロスが顔を上げて前を見る。


そうだ。

シショーに合わせろ、って言われてたんだっけ。


うん、それでいい。

オルは自然と口元がほころんでしまう。


3人の声と楽器の奏でる音は一つになっていく。

なにも考えずに音楽だけがそこに流れる時間。

集まった人々もその時間を共有している。

若いカップルは寄り添って目を閉じて。

老人は目を細めて昔を懐かしむ様に。

厳つい鉱夫たちまで泣きそうな顔になっている。


そして。

曲が終わって。

三つ子と一人の前には拍手が鳴り響く。

いつの間にか集まった人々は膨れ上がってた。


「あははは。

 予想以上に人が集まっちゃった」


「へへへ、俺たちスゴイ?」

「スゴイに決まってるじゃん」

「……師匠のおかげです」


見るとオヤジさんの屋台の前は行列。

オヤジさんはテンテコマイ。


「うわータイヘンな事になってる。

 ケルとベルはおひねり受け取って。

 ロスと僕は屋台でオヤジさんの手伝い」


なんだか夢見心地でお互いを褒め合ってる三つ子を正気に戻してオルは屋台へと。


「ええーっ、シショーもう少し褒めてよ」

「そうだよ、俺たち頑張ったろ」

「……そうですよね」


「うん、すごく良かった。

 だけど、まだまだこれからだよ。

 後で褒めてあげるから、今はお客さんの相手!」


お客さんから声が飛ぶ。


「すごい良かったわよ」

「泣きそうになったぜ」

「もうやらないのか」


オルはにこやかに返事する。


「慌てないで。

 これから毎日子供たちの練習するからさ。

 きっともっと良い音を聴かせるハズだよ。

 だから又来てね」


                               第一章終わり

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