雑草娘娘_07
𑁍 𑁍 𑁍
「クソッ! 逃げ足はえーな!」
青年は苛立ちをぶつけるように左耳の房飾りを乱暴に弄る。
「ちんちくりんのくせに」
悪態を吐いて荒れた庭を進んだ。
目の奥が痛むほどの苛烈な斜陽によって黄金に染まる雑草を、八つ当たりついでに足でぞんざいにかき分ける。
ひらけた場所に出て、すぐに青年は空色の双眸に二人の女性を捉えた。
木に寄り掛かって眠る
金百合の彼女は髪を高い位置でひとつに括っただけの慎ましい髪型だったが、咲き誇る金百合によって地味な印象はまったくない。
派手さのない髪型だからこそ、金百合の耽美さが強調されて見えた。
口元の笑い黒子は色気を放つも、顔付きは実に聡明。金百合の女性は、裙子が汚れるのも構わず地面に膝をつき、慎重な手付きで紫陽花に触れていた。
彼女は青年に気付くと素早く立ち上がり、静かな所作で青年へと頭を下げた。
あまりにもかしこまった態度に、青年は耳飾りに触れながら面倒そうな溜め息を吐く。
「俺にまでそんな態度は取らなくていい。楽にしろ」
「そのようなわけにはまいりません。主上」
「いまは俺じゃねえよ」
「いいえ。どちらも主上は主上でございます」
「あー……あれだ。別々のとこで二人も皇帝がいるなんて知れたら、まずいだろ? 角星でいい」
金百合の女性は深々とお辞儀をしてから「かしこまりました。角星様」と几帳面に答えた。
堅苦しさの抜けない忠誠心の強い相手に、青年は諦めた様子で耳飾りを弾く。
「彼女の様子はどうだ?」
青年は本題に入った。
「花結いができる奴がいたから応急処置としてそいつに結ってもらった。ただ、相当ひどく
「そのことなのですが……」
金百合の女性の眼が紫陽花の妃妾に移る。
金茶の視線を追って、青年も意識を向けた。
紫陽花の癒花は応急処置として結ってもらった形のままだった。結い直すどころか、手を加えた形跡が少しも見当たらない。
「彼女の花結いをしたのは、どなたですか?」
青年が問う前に金百合の女性が神妙な面持ちで訊ねてきた。
「どういうことだ?」
ただならぬ雰囲気に、つい青年は質問に質問で返してしまう。
彼女は静かに答えた。
「完璧です。
予想外の賛美に、青年は目を見開く。
「確かに結い方は独特で、処置の仕方も古くはありますが、それでも完璧です。これほどの花結いができる者はそうはいませんよ。私が手直しをするほうがよくありません。それに……」
金百合の女性は弱々しく舌をとめた。
やや言い辛そうに沈黙する。それでも伝えねばならないと意を結したのか、気持ちを落ち着ける深い息を吐いたあとで青年を見据え、言った。
「私では、この方を救えなかったでしょう」
衝撃的な一言に青年は絶句した。
女性は続ける。
「ここまで毒蟲に穢された癒花を落ち着かせるなど……宮廷中の花結師を集めても無理でしょう。信じられません。これほど良き腕前の花結師を見過ごしていたとは……。
余程興味があるのだろう。
表情は冷静を装っているものの、その弁には強い熱がこもっている。
「是非、御教授願いたいものです」
金百合の女性にそこまで言わしめる腕前に、青年は驚愕を越して唖然とした。
混乱する頭を落ち着かせるために耳飾りに触れる。
「花結師、じゃない……」
房を指先で撫でると、青年は辛うじて言葉を紡いだ。
「これを結ったのは花結師じゃなくて、女官だ」
今度は金百合の女性が絶句した。
だが彼女はすぐさま我に返り、なにかを察した様子で紫陽花の癒花を再確認しにかかった。
「角星様!」
と、金百合の女性が声を荒らげる。
六花美人と称されほど沈着な彼女が露骨に激しく感情を露わにするのは珍しい。
「見てください。まさか……この蛇苺の癒花は」
青年は緊張に震える彼女の手元を覗き込んだ。
「これは……!」
二人の間で、空気が戦慄いた。
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