第2話 現実

 俺は会社の昼休みなんかにも、せっせとショタコン小説を書き続けていた。勤務先は某中小企業の支店で、似たような規模の会社が多いJR神田駅にある。駅前はサラ金ビルが立ち並び、金券ショップがたくさんある、雑然とした雰囲気のオフィス街だ。安い定食屋などがたくさんあり、周辺のサラリーマンの懐具合にはちょうどいい。

 

 うちの事務所は古いオフィスビルに入っていた。広さは120平米くらいで、賃料は大体月50万。支店の人員は10人で、事務の女の人2人と男性ばかりが8人だった。女性は、古株の50代のおばさん社員と、パートの主婦の人しかいない。パートの人は子どもが保育園に通っているらしく、よく休んでいる。まだ30代だけど、見た目は普通。社内で不倫するようなタイプの人ではない。俺の周囲にいる女性はこの2人だけだ。古株のおばさんですら既婚者で、潤いのない環境だ。


 男性社員8人は全員営業。30代が1人、40代が4人、50代が3人という平均年齢が高い職場だ。俺は今50歳で独身。年収は400万円代だから、はっきり言って女性にはまったくモテない。彼女はそれなりにいたけど、結婚には至らなかった。若い頃はお見合いパーティーとかに行って、出会った人と付き合ったが、長く続かない。そういう人は、またお見合いパーティーや婚活アプリに行って、相手を探し続ける。現在はもう、50に差し掛かり、結婚は無理だろうと思っている。


 ***


 俺は仕事柄、外出が多いから、電車に乗っている時もせっせと小説を書いている。人がいる前で恋愛や官能小説を書くのは恥ずかしい。そういうのは、一人の時にニヤニヤしながら書いた方が、じっとり、ねっとりとしたいい物が書けると思う。


 最近は、電車の中で、タイプの中学生がいるとじろじろ見てしまう。色白で骨格のきれいな美少年タイプがいい。小顔ですらっとした体型。ショタコンを書き始めてから、俺自身の中にも少年の美を求める欲求があると気が付いた。ジャニーズJr.でも好きな子はいるけど、わかりやすく言うと、作中ではフィギュアスケートの羽生君みたいな人をイメージしている。俺は作品の中にトリップする。


 ***


 翔太は夜11時頃、いきなりLineを送って来た。

「先生、今から行ってもいい?」

 俺はそろそろ寝ようと思っていたから面食らった。

「どうして?」

「お父さんが酒飲んで暴れてて、家から飛び出して来て行くところがない〼財布持ってないし〼」

 明日学校はどうするんだろうと思いながら、うちに来ることを承諾した。


 翔太が来たのは20分後くらいだった。多分、俺に連絡する時にはうちに向かって歩いていたんだろう。俺を慕ってくれていることを実感して、熱い物がこみ上げて来た。


 玄関のドアを開けて、俺を見るなり、翔太は号泣し始めた。

「早く入れよ」

 捨てられた犬のように不様に泣く彼を可哀そうだと思いながら、警察に未成年誘拐と言われたらどうしよう・・・と怖くなった。親が捜索願いを出しているかもしれない。翔太の父は無職で酒乱の男で、母親は水商売をしている。今の時間、母親は家にいないはずだ。小学生の弟と妹がいるが、その2人がどうしているか気になった。しかし、俺が立ち入ることができる問題ではない。

「殴られたのか?」

 彼は目をこすりながら涙をぽろぽろと零していた。

「うん。腹パンされて、まだ痛い。あの家にいたら僕死んじゃう」

 明日、児童相談所に通報しよう。俺は決めた。


「取り敢えず遅いから、風呂入って来いよ」

「うん」

 俺の着替えを貸すから・・・俺は洗濯したスエットの上下と、買ったばかりでまだ履いていないボクサーパンツを準備してやった。

「パンツはまだ履いてないから」

 俺は照れながら言った。


 翔太がシャワーを浴びている間に、俺は部屋を片付けた。取り敢えず床に落ちている物をテーブルの上に乗せて、クイックルワイパーでゴミを集めたらまあまあきれいになった。

 

 俺の部屋は六畳しかなく、片側にシングルベッドがどんと置いてある。布団は一組しかない。俺がフローリングの床に寝たら、多分、朝まで起きていることになり、明日は仕事にならないだろう。仕方ない。二人で一つの布団に寝るしかない。翔太は小柄で痩せてるから、俺の彼女と寝てる時よりはマシだろう。彼女と二人で寝るとはっきり言って狭いし、眠りが浅くなる。


 翔太が戻って来ると、俺は慌てた。

「そ、そうだ。歯磨かないとな。新品の歯ブラシがあるから、それ使えよ」

「うん。・・・先生、おなかすいた。何か食べる物ない?」

「夕飯食べてないのか?」

「うん。晩御飯はいつも何も食べてない」

「え?」

「弟と妹にあげちゃうから」

「そっか・・・カップ麺とかでもいいか?」

 俺はカップ麺を作ってやる。翔太は飢えた犬のようにガツガツと食べる。家に暖かい布団があって、三食食えるのが当たり前ではない。改めて、そう感じた瞬間だった。子ども食堂とかないのかなぁ・・・。後で調べてみよう。子どもだから、そういうことも知らないんだ。


 翔太は何度もあくびをしていた。中一なら夜12時は深夜だ。

「食べたばっかりだけど、もう寝た方がいいよ」

 翔太は困っていたようだが、結局、俺たちは一つの布団に入った。彼女のシャンプーを使ったみたいで、ほのかなフローラルの香りがした。何でだろう。使ってみたかったのかな。やばい・・・女の子が隣にいるみたいだ。俺はドキドキして生唾を何度も飲み込んだ。

「先生、彼女いるんだ。シャンプーあったから」

「え?あ、ああ。いるよ!俺だってもう28だし」

 俺は明らかに動揺していた。翔太に対して欲情していることを見透かされてしまったと思った。子どもはみなそういう話をしたがるから、冷静に答える。

「俺はゲイじゃないから安心しろ」

「別にゲイでもいいと思う。そうだったらいいなと思ってた」

「え?」

「僕、今まで女の子が好きだったけど、先生のことは好きだよ」

 びっくりして心臓が破裂しそうになる。

「まずいよ・・・寝る前にそんなこと言ったら、俺、寝れなくなっちゃうよ」



 


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