2-7 リリシア、無茶ぶりされる

「どういうことじゃ?」

 声が震えている。それを笑うこともなくチェルカドルは珍しく大人びた顔で目を細めた。


「詳しい話は私からする」


 そういって横から顔を出したのは運命の魔女。隠れ家で出会った時と変わらぬ姿にそれほど時間が立っていないというのに懐かしさを覚えた。運命の方もリリシアの姿を見て安堵したような笑みを浮かべる。その様子を見て隠れ家でリリシアを止めたのは演技ではなく本気で心配していたのだと気づいた。それでもリリシアに真実を言わなかったのは運命が見た未来に関係があるのだろう。


「白銀の魔女が人間の中でどう言われているか知っている?」

「転移魔法ぐらいしか能が無い臆病者じゃろ」

「それは人間側というより魔女側の評価」


 運命の言葉にリリシアは首をかしげた。人間の評価も魔女内での評価も大して変わらないだろう。むしろ人間の評価の方が酷いはずである。人間に嫌われていることは分かっているが、どんな誹謗中傷が襲いかかってくるのかとリリシアは身構えた。


「白銀の魔女は長寿な魔女。そのわりには人間を攻撃したという記録が一切ない」

「当然じゃろ。攻撃しておらんからな」


 運命の言葉にリリシアは腕を組み、胸を張った。それはリリシアの唯一の誇りと言っていい。どんなピンチの陥っても人を傷つけることはせずに逃げ延びた。チェルカドルから「自主的に縛りプレイを行うとはドMか」と神妙な顔をされたくらいである。もはや意地だ。


「魔女狩り、魔法使いに反撃せずに逃げ続けるというのは至難の業。一部の魔法使いからはあなたは神聖視されている」

「初耳なんじゃが!?」

「百年引きこもってたから、人間側ではどこかで死んだと思われ始めていた。それで美化が始まったのもある」


 知らない間に敵側から好感度が上がっていたと聞いて複雑な気持ちになる。

 魔女だって強い魔法使いを褒め称えることはある。シルフォード家の魔法使いは金髪の死神として恐れられると同時に、優秀な魔法使いとして一目置かれてきた。敵味方と立場は違えどお互いに魔法を扱う立場。難しい魔法を使いこなす姿を見れば自然と尊敬の念やらライバル意識などが芽生えてしまう。といっても、あくまでそれは一方的なものだと思っていたので、人間側にも同じ感情があったと聞いてリリシアは驚いた。


「じゃが、今回ふつうに追いかけまわされたぞ!? 美化してるなら見逃してくれても良かったじゃろ!」

「それはそれ。私たちだってあの魔法使いイケメーンとか言いながら殺すでしょ」


 淡々とした運命の返答にリリシアは微妙な顔で黙り込んだ。逃げに特化しているリリシアが人間を殺めたことはないが、魔女の中では珍しいことではない。どんなにイケメンだろうと理想の姿をしていようと、自分を殺そうとしている相手は論外だ。人間側からしても自分たちの生活を脅かす魔女たちを放置はできないのだろう。


「つまり、わしが人間側に魔女だとバレたのが悪かったと……」

「そういうこと。新型魔導具の実験台にされたのも最悪だし、子供たちを庇ったのもまずい」

「あの状況で見殺しにするのは良心が痛むじゃろ」

「わかってる。あなたはそういう魔女。だからこそこんな面倒くさいことになった」

 運命はそこで言葉を句切ると息を吐き出した。


「あの魔導具は魔女教が製造している」


 魔女教とは表向きは魔女を信仰している団体である。彼ら曰く、魔女は強く美しく、排除すべき悪ではなく崇めるべき神なのだという。魔女であるリリシアからしても鼻で笑ってしまうような主張なのだが、彼らはそれを大真面目に語り、人間社会では邪教として認識されている。

 それでも、いつの時代も一定数の信者がいる。多くの信者は魔女を本気で崇めているというわけではなく、現状の社会に不満があったり、体よく暴れる口実が欲しかったりと熱心な信者とは言いがたい。それを知っていても止めない時点で、本気で魔女を崇めようとはしていないのが分かる。魔女からも人間からも迷惑なカルト宗教として認識されているのが魔女教である。


「急に手のひら返してきおったな。最初から信用していたわけではないが」


 それにしたって手のひら返しすぎだろとは思う。魔女を崇めるというのが行動理念ではなかったのかと問い詰めたいところだが、魔女を殺すための魔導具を作り上げたことを考えれば関わり合いにならないのが一番。文句を言いに行って殺されるなんてバカな最後は迎えたくない。


「魔女教の中では魔女を救うための魔導具らしい」

「は?」


 意味が分からなくて固まった。視界の端に映っているチェルカドルが楽しそうなのも腹が立つ。そのリアクションが見たかったと言わんばかりに親指を立てたれて攻撃魔法を放ちたくなった。人間相手には使わないと決めているが魔族なら良いだろう。人間にも好意的に見られるに違いない。


「思いっきり殺されかけたんじゃが」

「そこは不幸な行き違いというか、魔女教としては魔女狩りが本物の魔女と出会うとは想定していなかったのよ」

「ってことは最初から魔力持ちの少女を狙う目的じゃったのか!?」


 リリシアの声に運命は頷いた。もともと無表情な魔女だが、今は一層感情が抜け落ちているように見える。リリシアも怒りで奥歯を噛みしめた。ただ魔力を持って生まれただけの罪のない少女に世界はどれほど試練を与えれば気が済むのだろう。


「対魔女用の新型魔導具という名目だけど、実際は魔力収集装置よ。魔力を集めて研究、実験を行うのが目的みたい」

「何を狙っておるんじゃ?」

「そこまでは見えなかった」


 運命が目を伏せる。珍しく落ち込んだ様子にリリシアは慌てた。

 未来を見る魔法なんて本来一人で使えるものではない。魔女ですら時間をかけ、多くの補助魔導具を使い、見たい未来を絞り込んでやっと見られるものだ。しかし見られた未来が現実になるかどうかは魔女の技量に左右される。手間暇をかけて魔法を発動させた結果、全く当たらなかったなんて話はよくあることだ。

 だからこそ運命の魔女は一目置かれているのである。運命の魔女の場合、未来が見えるのは体質だ。意図的に発動することも出来るが、多くの場合は予知夢として勝手に見るのだという。起きたときにはごっそり魔力を持っていかれているうえに、どんな未来が見えるのかは分からない。しかし当たる確率は異様に高い。


「白銀の魔女は魔女教の中でも人を傷つけない魔女として知られている。そして今回、あなたは子供を庇って死ぬところだった。運悪く白銀が死んだ未来では、魔女教はあなたが良い魔女であったことを大げさに主張して、この社会は間違っていると社会そのものに反旗を翻した」

「その結果、魔女と人間の全面戦争になると」


 運命は頷く。冗談を言っている雰囲気ではない。いつもの悪ふざけというには後ろでニヤニヤ笑っているチェルカドルの存在が大きすぎる。いくら運命の魔女でもチェルカドルは巻き込まない。となればこれは本当の話。本当に自分の生き死に未来の命運がかかっている。


「わしは無事にシルフォード家を脱出しないといけないということじゃな?」


 リリシアの言葉に運命は頷いた。

 なんとか魔女狩りから逃れることは出来たが、状況的には変わっていない。殺される相手が魔女狩りからシルフォード家の人間に変わっただけだ。むしろ魔女狩りよりも状況は悪いかもしれない。魔女教はここぞとばかりにシルフォード家を責め立てるだろう。これまでも罪のない魔女を何人も殺してきたのだろうと。それに魔族は便乗する。魔族の目的は眷属を増やすことだ。社会が不安定になり絶望する少女が増えれば増えるほど魔族には都合がよい。魔女教を利用して状況を悪化させるのは間違いない。


「チェルカドル様はよいのか。魔族側としてはわしが死んだ方が都合が良いじゃろ」


 ソファの肘掛けに肘を置き、優雅にこちらを眺めているチェルカドルに確認を取る。魔族はそれぞれ好き勝手に動いているが、その中でも特に自由なのがチェルカドルである。運命と一緒にいるところを見るに協力してくれるつもりのようだが、確認していおくに超したことはない。


「チェルカドル様としてはどっちに転んでも面白いからな! 不安定な社会であがき苦しむ人間を見るのは良い」

「ほんっとに性格悪いの!」

「そんなに褒めるな。照れるだろ」


 全く照れた様子もなく大きく口を開け、尖った牙を見せて笑うチェルカドルを見てリリシアは頭を抱えた。知っていたが、魔族は本当にたちが悪い。


「お前らが失敗しても俺様としては面白い。世界を救わんと抵抗するお前らを見ているのも面白い。どっちにしろ面白いなら、難しい未来を選び取ろうと抗う姿を見てからの方が二重に面白いと思ってな!」

「最低、最悪すぎる。何でお前がわしの契約者なんじゃ」

「なんだ不満か。他の奴らよりはお前らを自由にさせていると思うんだがな」


 体を起こしたチェルカドルが腕を組んで首をかしげる。子供みたいな反応にリリシアは微妙な気持ちになった。振り返った運命もあきれた顔でチェルカドルを見つめている。

 たしかに他の魔族はここまで緩くない。魔族の性格によって眷属の扱い方は様々で、一定期間仲間を集められなければ契約破棄する魔族もいるし、本当に道具のように使い潰す魔族もいる。それらに比べれば基本自由なチェルカドルはマシな部類なのだが、コイツがマシなのかと微妙な気持ちになってしまう。


「そういうわけだから白銀改めリリシア、頑張ってシルフォード家から脱出しろ。というか、いっそ悩殺してしまえ! 面白いから!」

 満面の笑みで突拍子もないことをいうチェルカドルを見て頭痛がしてきた。


「出来るか! 魔女狩り一族じゃぞ!」

「といっても、向こうからしたらお前はただの子供だろ。たまたま白銀の魔女と同じ髪色と目の色をしただけの」

「たまたまというには不自然すぎるじゃろ!」

「ルーカスという奴は表面上は疑ってなかっただろ。イクスという小僧はあからさまに疑っていたが」


 チェルカドルは楽しげに笑っている。表面上というあたりチェルカドルから見てもルーカスは素直に信用出来る相手ではないらしい。こう見えて人を見る目があるのでチェルカドルの直感はバカに出来ない。やはりルーカスも注意しなければいけないと心に刻んだ魔女は脱出の難易度が上がったことに頭を抱えた。

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