1-4 魔女、路地にて不遇な子供と出会う

 観光する気分がうせ、魔女はいまだ盛り上がる広場を後にした。人には会いたくない。今はうまく人間のふりができる自信がなかった。

 人気のない、静かな方へと進む。商人からの忠告も頭に浮かんだが、魔女である自分ならどうとでもなるだろうと投げやりな気持ちもあった。


 広場から離れて薄暗い路地へと入る。そこからさらに静かな方、暗い方へと進んでいく。人通りの多い表通りに比べると住居が密集しており入り組んだ印象を受ける。地元の人間、その中でもごく一部しかたどり着かないような場所まで入り込んでしまったと魔女は気づき、さすがにまずいと眉を寄せた。

 こういった場所は治安が悪い。普通の女性であれば近づいてはいけない場所である。魔女であれば人間数人くらい造作もないが、あまり目立ちたくはない。

 黙々と歩いたことで頭も多少冷えたし、商人に教えてもらった宿にいって寝てしまおう。そう魔女は思い、裏路地を出るべく来た道を戻ろうとした。


 ところで、悲鳴が耳に入る。誰かが言い争う声が続いて聞こえ始めた。

 治安が悪い場所でのもめ事は珍しくないが、大人に子供の声が混じっているのが気になる。子供のスリは珍しいことでもないが、こんな人気の無い場所というのが気になった。食べ物を扱っている市場からここまでは距離がある。店を放置してここまで追ってくる店主などいないだろう。


 様子を見ようと魔女は声の方へ近づいた。建物が入り組んでいるおかげで死角が多い。影からこっそり見れば気づかれることもないだろうと気配を消し、そっと様子をうかがえば十歳前後の子供を大人が取り囲んでいる。女の子をかばうように男の子が大人に向き合っているがその足は震えていて、今にも泣き出しそうだった。

 

 子供たちを取り囲む大人たちはお世辞にも品があるとは言いがたい、ガラの悪い連中だ。魔女は商人から聞いた魔女狩りのことを思い出した。もしやと思った魔女の考えを肯定するように、男が子供たちの前で紐のついた石を揺らす。

 魔女狩りがよく所持している魔石で、魔力に反応して光る性質がある。ほとんどの魔女は人間に見破られないよう魔力の管理を徹底しているので、魔石が反応することはない。するとしたら魔女ではなく魔力を持って生まれた人間だ。


 魔女狩りもそれを理解している。理解したうえで魔石を所持するものが多いのは本気で魔女を見つける気などなく、魔力を持って生まれた人間。その中でも魔女になる素質を持っている少女を狙うためである。


 男が揺らすと魔石が輝き出す。輝きの意味を男の子は理解しているようで顔色を変えた。自分より幼い女の子、顔立ちが似ているのを見るにおそらく妹をかばうように後ずさる。


「魔女をかばうなんて頭のおかしいガキだな」

「魔女じゃない! 俺の妹だ!」


 男たちが嘲笑う声に男の子は叫んだ。女の子が泣きそうな顔で男の子の服をつかんでいる。


「今は魔女じゃなくたって、いずれ魔女になる。ならなかったとしても魔力持ちの女なんて、どこにいったって鼻つまみもんだ」


 男のいうことは嫌なことに事実だった。魔女になるかもしれないというだけで、魔力持ちの少女の扱いは悪い。魔族が好むのは大人になる前の少女であり、大人になれば魔女になることはない。それでも魔力持ちの女というだけでろくでもないという偏見は強く、魔力を持って生まれた少女は魔力を隠して暮らす。しかし、魔力を制御するには教育が必要だ。教育が受けられない庶民の魔力持ちの多くは大人になる前に死んでしまう。


「魔力を持って女に生まれた時点でソイツの人生は終わりなんだよ。魔力の暴走で死ぬか、誰かに殺されるか、魔女になって殺される。そんなクソみたいな人生を俺たちが有効活用してやろうっていってんだ。有り難い話だろ」


 そういいながら男たちが女の子に向けたのは弓矢だった。魔力を溜め込む性質のある魔石が埋め込まれている。ガラス玉のような装飾品がいくつもつけられ、魔法がかかっている気配もするが、どういったものなのかは遠目には判断出来なかった。

 商人がいっていた新兵器。それが女の子に向けられているのではないかと魔女は冷や汗を流す。


「軽く実験台になってくれればいい。そうしたら駄賃をやるよ。そのなりじゃしばらく食ってないだろ。貰った金で好きなもの食えばいい」


 男はニヤニヤ笑いながら弓矢の矢先を女の子に向けた。男の子は目尻をつり上げると女の子を庇うように両手を広げる。足は震えている。それでも妹を守るために立ち塞がっていた。


「お兄ちゃん、もういいよ。その人の言うとおり、私はお兄ちゃんに迷惑かけてばかりなんだから、私が実験台になればお兄ちゃんは美味しいもの食べれるんでしょ」


 女の子が震える声でそういって男の子の服の裾を引っ張る。男の子は女の子の言葉には応えず男たちをにらみつけた。


「絶対に妹はお前らの好きなようにさせない!」


 予想外の男の子の抵抗に男たちが苛立ったのが分かった。少し脅せば逃げていく。そう思っていたのだろう。

 魔女もその点は男たちと同じだった。魔力を持って生まれた時点で家族の絆など消え失せる。捨てられた子供、売られた子供、家族に殺された子供もたくさん見てきた。家族だからと魔力持ちの女の子をかくまい続ける家族はほんの一握りだ。その一握りにいま出会ったのだと思うと魔女は不思議な気持ちになった。

 だからだろう。


「おぬしら、いい加減にせよ。見苦しい」

 助けてやろうという気になったのは。


 影から魔女が一歩踏み出すと男たちは驚いた。完全に気配を立っていたので魔女の存在に少しも気づいていなかったのだ。けれど魔女の外見を見ると、かすかな警戒は侮りに変わる。中には欲の混じった目で魔女を見る者もいた。

 町並みは変わろうとも人間というものは変わらないものだと魔女はため息をつく。


「こんなところに何のようだ別嬪さん。俺たちに遊んで貰いたくなったのか」

「そんなわけないじゃろ。偶然通りかかっただけじゃ。不快なものを見たのでな、気を晴らそうと歩いておったのに、さらに不快なものを見ることになるとは」


 大げさにため息をついて頭を左右に振る。魔女の芝居がかった動作に男たちは表情を険しくする。


「不快なものってのは俺たちのことか」

「お前ら以外に誰がおるんじゃ。そこにいる勇気と愛にあふれた兄妹なわけがなかろう」

「そこのガキは魔女だぞ!」

「本当に魔女じゃったら、おぬしらとっくに死んでおるよ。魔女狩りなのに魔女の恐ろしさを知らぬのか」


 腕を組み、あきれた顔で男たちを見ると男たちは怒りで顔を赤くしている。男たちの後ろにいる子供たちは突然現れた魔女に驚いた様子で固まっていた。この騒ぎの間に逃げてくれればいいと思ったが、そこまで気が回らないようだ。


「変なしゃべり方といい、古くさいローブといい……お前、さては魔女だな」


 子供たちに弓矢を向けていた男が口角を上げ、魔女に向かって弓矢を向けた。男の発言に周囲も下品な笑みを浮かべる。自分の優位を疑わない男たちに魔女は白い目を向けた。


「魔女であったらどうするつもりじゃ。おぬしらにわしを捕まえられるのか」

「女一人、捕まえられないわけないだろうが! 舐めるのもいい加減にしろ!」


 男の怒鳴り声に魔女は嘆息した。魔女の疑いを口にしながら、魔女が本物である可能性を一切考えていない。目の前の男たちは魔女狩りの名を笠に着て、抵抗できない女子供にデカい顔をしている畜生でしかない。そんな輩に出会ってしまった子供たちの不運さに同情しながら魔女は男たちに近づいた。


「舐めてるのは、お主らの方じゃろ」


 その言葉が男に届いたかどうかは分からない。そのときにはすでに魔女は男の体を蹴り飛ばしていた。細い女の体から繰り出されたとは思えない衝撃に男の体が吹っ飛ぶ。他の男たちが驚いている間に残りの奴らも蹴り飛ばす。魔力で強化した魔女の体は普通の人間を蹴り飛ばすなど造作も無かった。


「口ほどにもないの」


 なにが起こったのかも理解できぬまま、地面に突っ伏した男たちを見下ろして魔女は冷たい声を出す。しばし男たちが動き出さないのを確認してから子供たちの方へ歩み寄る。子供たちは警戒した様子でお互いの手を握りあり、魔女の動向をじっと観察していた。


「怪我はないかの?」


 男の子の前にしゃがみ込み、下から顔をのぞき込みながら笑いかける。眉を寄せた男の子は困った様子で女の子の方を見た。


「ぬしは偉いのぉ。妹を立派に守り切った。魔力持ちの女児となれば苦労も多かろうに」

「……俺のたった一人の妹だから……」


 男の子はぎゅっと女の子の手を握りしめた。そこには幼いながらに決意が見えた。妹がこれから歩む道が、妹を守るというのがどんな茨の道か分かっていながら、それでも守り抜くと決めた立派な人間の顔だった。


「娘、よい兄をもったの」


 魔女が笑いかけると女の子は大きく頷いて控えめに笑った。体は汚れているし、手足も細い。苦労しているだろうに笑えるのは兄がいるからに違いない。

 この兄妹がずっとこのままでいられればいいと魔女は思ったが、世の中はそう甘くもない。救えるほど魔女に余裕はないし、お人好しでもない。少しでも長く幸せであればいいと二人の頭をなでた。


「あやつらが起きぬうちに逃げるとよい。この町はいま物騒らしいからの、できれば隠れておれ」


 子供たちにそういって立ち上がる。広場までいけば変な輩に絡まれるリスクは減るだろう。とりあえずそこまで送ろうかと魔女が立ち上がったところで、男の子の悲鳴が聞こえた。


「お姉ちゃん! あぶない!」


 その声に反応する前に、脇腹になにかが突き刺さる感覚がした。久しく感じていなかった痛みに魔女はうめき声をあげるが、そこで動きを止めるのは悪手だと知っている。

 振り返った魔女が見たのは腹ばいになったまま弓矢を構えている男。血走った目で魔女を見つめた男はニヤリと口角を上げた。


「本当に、魔女だったんだなあ。あんた」


 男が持っている弓矢についた宝石のようなもの。装飾品だと思ったガラス玉が白く発光しているのを見て魔女は理解した。おそらく魔女の脇腹に突き刺さった矢には魔力を識別する術式が埋め込まれており、弓矢についているガラス玉の色によって魔女か人間かを見分けている。


「まさか、賞金首が自ら突っ込んでくるとはなあ。魔女のくせにバカなガキなんか庇うからだ」


 男はそういいながらふらふらと立ち上がる。そして懐に入れていたガラス瓶を地面に投げつけ、たたき割った。


「魔女だ! 魔女が出たぞ!!」


 男の大声とともに割れたガラス瓶から煙りが広がる。天に上がっていくそれを見て、魔女は慌てて近くにいた子供たち二人を抱え上げた。

 魔女が出た際に使われる緊急用の狼煙。それが上がれば近くの魔女狩り、魔法使いが集まってくる。少しでも遠くへ逃げなければと、脇腹の痛みを無視して魔女はひたすら足を動かした。

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