第40話 両親との邂逅


 シオンは緊張していた。時は数日前に遡る、それは採血の日だった。恋人という関係になったシオンだが、それまで通りいつもと変わらない接し方をしていた。恋人になったとて、何をすればいいのか分からなかったのだが。


 それでもアデルバートは文句を言うこともなく、優しく接してくれていた。いたけれど、なんとも言いにくそうに話を切り出した。


『父上がシオンに会いたがっている』


 アデルバートは簡潔に経緯を説明してくれて、シオンは大体の事を理解した。父が人間をよく思っていない節があることにシオンは少しばかり不安になる。付き合っている以上はいずれ、会うことになるとは思っていたけれど、早いなと考えているとアデルバートは「すまない」と謝った。


『もう少し間を空けたかったが父上を待たせることはできないんだ。ただ、母上には話を先に通してあるから大丈夫だと思う』


 母を味方につけられれば父をどうにかするのは容易らしい。妻には甘いってことなのかなとシオンは解釈して両親と会うことを了承した。


 それから今現在に戻る。アデルバートに案内されたのは街から少し離れた場所だった。氷雪が彩る裏山を背に建つレンガ調の屋敷は遠目からでも目立っている。周囲に家はなく、広がる花畑の道を進んだ先の門を通り抜けて少し歩くとやっと屋敷の玄関にたどり着く。それほどにこの屋敷の敷地は広く、シオンはついきょろきょろと見渡してしまう。


 執事とメイドが深々と頭を下げて玄関だろう大扉を開けた。エントランスに恐る恐る入ればシオンがその光景に眩暈がした。金銀と散りばめられた調度品に風景画が壁に掛けられ、豪奢なシャンデリアが室内を照らしている。


 真っ赤な絨毯には埃一つなく、それがまた眩しく映った。シオンは思わず、自分の服装を確認してしまった。今日はアデルバートの両親に会うということで、リベルトから服を下ろしてもらっていたのだ。


 黒を基調とした生地に繊細なレースがあしらわれているゴシックドレスはシオンにとてもよく似合っている。教会を出るまでの間、話を聞いたサンゴとカルビィンに何度も「大丈夫、服装ばっちりだから!」と励まされたけれど途端に自信を無くしてしまう。



「旦那様は少し遅れるかと……」

「母上は……」

「わたくしなら此処にいるわ」



 そう声がして振り返ると一人の女性が立っていた。長く綺麗にカールされた灰髪によく映える赤い瞳が印象的な、誰もが見惚れてしまうような女性が赤いゴシックドレスを纏いアデルバートを呼ぶ。


 アデルバートが「母上」と呼んだことでシオンはこの女性が母親なのだと知る。若々しく見えるので驚いたように見つめていれば、にこっと微笑まれた。



「初めまして、お嬢さん。わたくしはカーミア、アデルバートの母よ」

「は、初めまして、シオンですっ」

「ふふ。緊張しているのねぇ……可愛いわ」



 慌てて挨拶をするシオンの様子にカーミアは口元に手を添えながら笑む。ほんの一瞬だった、綺麗に笑う彼女を見て背筋が冷える。えっと、目を瞬かせるとアデルバートが「母上」と鋭い眼を向けていた。


 そんな目を向けてくる息子を特に気にしていないのか、カーミアは「あら、何のことかしらね?」と小首を傾げる。



「魔界から落ちてきた人間なんて、何年振りかしら。それも若い娘なんて……」

「その……」

「あぁ、いいのよ。貴女はただ、質問に答えてくれればいいのだから」

「質問?」



 シオンが問い返すとカーミアは「そう質問」と目を細める。笑っているようには見えないその瞳にシオンは思わず、一歩後ろに下がった。



「来たか」



 シオンがカーミアに少しばかり恐怖を覚えていると声がかけられた。カーミアの背後から一人の男性がやってくる。アデルバートと同じ浅葱色の髪をオールバックにした老紳士が黒いマントを靡かせながらゆっくりと。


 カーミアが「あら、ダリウス」と手招きをし、アデルバートが少しばかり警戒していた。シオンは「あぁ、この方がお父さんか」とすぐに察する。背筋を正して頭を下げながら挨拶をすると、ダリウスの厳しげな眼と目が合った。


(あ、これだめかもしれない)


 そう思うほどにダリウスは厳しい目を向けている。なんと声を出せばいいのか、シオンは分からず黙って言葉を待つ。少しの間、アデルバートが口を開きかけてダリウスに遮られた。



「魔界から落ちた人間……血肉は良質だろうな」

「父上」

「血統というのは大事なことだ」



 血統によって魔力の質というのは変わる。優れていればそれだけ魔術に長けた子が生まれることだろう。ダリウスは言う、「これは重要なことだ」と。


 血の重要性を説くダリウスに「それはいいじゃない」とカーミアは会話に入るとシオンの手を取った。子が産めるかなんて後で調べればいいことだ、今の話はそこではないと彼女はダリウスに問う。



「貴方、この娘をどう思ったかしら?」

「弱々しく見えるな」



 ダリウスは迷いなく答えた、この人間は弱く見えると。人間というのは魔族から見れば弱い者ではあるのだが、その見てきた中でもなんとも弱そうに見えるのだという。


 見た目から言えばシオンは小柄で華奢なので弱く見えるのは仕方ないことだった。身体も強いかと問われると自信というのはないので、そう言われても言い返すことはできない。



「この人間で良いと判断しかねる」

「父上、人間を見た目で判断するのはやめてほしい」

「血肉が良質なだけでは意味がないのだ」

「そういうことでは!」



 アデルバートが声を上げるとダリウスは少しばかり驚いた表情を見せた。それはお前が父に物を申すことができたのかというように。明らかに怒りを向けている息子にダリウスはふむと顎に手をやった。



「ねぇ、ダリウス」

「なんだ」

「少しシオンとお話してもいいかしら?」



 カーミアは「気になるのよ」と微笑めば、ダリウスは「好きにするといい」と返す。



「私も少しアデルバートと話をしよう」

「そうするといいわ。じゃあ、行きましょうか……シオン」

「えっと、はい……」



 シオンは手を引かれるがままにカーミアについていくしかない。ちらちとアデルバートのほうを見遣ると彼はなんと申し訳なさげにしていた。




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