第3話

第3話 (その1)

 その晩、兄の研究室からメアリーアンが戻ってくることはなかった。

 私は一人で夕飯を食べ、一人で床についた。真夜中に誰かが部屋に入ってくる気配がしてふと目覚めたけれど、どうせメアリーアンだろうと思ってそのまま寝入ってしまった。

 事実、朝目が覚めると彼女は同じ部屋の中にいた。しかも何故か、私と同じシーツの中に潜り込んできていたのだ。

「メアリーアン? あなたのベッドはこちらではないのよ?」

 私は、私の腕の中で身を横たえている彼女に、そっと耳打ちするように言った。

 とはいえ……彼女は身を横にしてはいても、決して眠ってはいなかった。元々睡眠を必要とはしないし、それを求める事もない身体なのだ。

 そもそも屋敷に最初に来た頃は、今よりももっと人間からかけ離れた外見だった。土くれを辛うじて人間の形に、あわててこねて作り上げたような、そんな不格好な「何か」だった。

「ローズマリー、君が彼女の面倒を見るんだ」

 兄がそう言って彼女を連れてきたとき、私は途方に暮れてしまったものだった。屋敷に滞在し書庫を自由に閲覧してもよい代わりに、夏の間屋敷に留まる客の世話をする……兄にそんな条件を持ちかけられたとき、最初は給仕の真似事でもさせられるのかと思っていたけど、まさかこんなものの相手をさせられる事になるとは、想像だにしていなかった。

 彼女はものも食べないし、眠らない。まだ言葉も喋らない。――いずれ喋れるようになるのかどうかすら分からない。じっとしていたかと思えば、うろうろと屋敷の中を徘徊して……そんな彼女が屋敷の外に迷い出ていったりしないよう、屋敷の中だけで大人しくしているように、いちいち目を光らせているのが私の役目だったのだ。

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