第5話 魔剣起動

 人気ひとけの無い、大運動場。屋外であるが、校舎から遠い為に休み時間には無人になる。


「2度。チャンスをやったよな。1度目は、『電撃』。2度目は『灼熱』を貰った訳だが。もう賭けるものは無いよな。俺が勝ったら俺の女になれ。祈士としてはポンコツだが、女としては上玉だ。飼ってやるよ!」


 制服の左肩に紫色の縦筋。3年生だ。大柄な体格で、筋骨隆々。ツーブロックに刈り上げた威圧感のある風体。

 取り巻きも、彼ほどではないが鍛えた長身の男子生徒がふたり。


「私が勝ったら、『魔剣』をふたつとも返して。そして今後一切、私に近寄らないこと」

「ああ……。良いぜ」


 ともすれば倍ほどもあるかという体格差だが、ミセリアは怯まない。顔のガーゼは3ヶ所のまま。綺麗な脚には包帯が巻かれているまま。


「ここに来たのはな。……昨日あんたが言ったんじゃねえか。『祈兵装プレアルマさえあれば負けない』ってよ。でもあんたは1年生で、まだ貸与されてない。だからひとつくすねてきたんだ。着ろよ」

「!」


 どさりと。彼が女性用の『祈兵装プレアルマ』をミセリアの足元に投げた。ミセリアは彼を睨み付けながら、それを拾う。


「……良いわ。覚悟しなさい」


 即座に制服の上から着用する。


「……おい、誰か居るぜ。イド」

「あん?」


 そこで。

 取り巻きが、指差した。フォルトを見付けたのだ。


「おい誰だてめえ。今立て込んでんだ。授業終わったろ。早く出て行けよ」

「あれは……っ」


 上級生イドが、フォルトの目の前までやってくる。数センチまで寄り、上から睨み付ける。


「…………あ?」


 フォルトは彼を見上げて。

 視界の端に、ミセリアを見付けて。

 イドの右手で遊ばれている、ふたつの『魔剣』に気付いた。学校から貸与される黒色のものではない。赤色と、黄色の『魔剣』。

 昨日の医務室での、ミセリアの話が過る。


「2年か。雑魚じゃねえか。ほらどけって」

「…………」

「ねえあなた」

「!」


 フォルトの隣に。ミセリアもやってきた。


「あなたを巻き込めない。どうしてここに居るか知らないけど……。もう、放っておいて。忘れて良いわよ。昨日のことも、私のことも」

「…………」


 返答ができない。フォルトは放心していた。ついさっきまで、自分の無力に。


「ほらどけ。クソ雑魚野郎。身体もできてねえじゃねえかカス」


 どん、と押される。恐らくイドにとっては普通に。

 フォルトにとっては、殴られたかのような衝撃で。

 そのまま大運動場の敷地から出される。






□□□






「さあやろうぜ! ラッドの合図で戦闘開始だ! 同時に起動しろよ!?」

「ええ! …………えっ?」


 イドは赤い『魔剣』を構えて、叫んだ。取り巻きのひとり、ラッドが右手を垂直に挙げる。

 ミセリアは、とんでもないことに気付く。


「ねえちょっと待って! 私の『魔剣』は!?」

「はぁ? 『祈兵装プレアルマがあれば』っつったよなあ!? 『魔剣』なら形見のヤツがあんだろ!?」

「はあ!? ちょっと、それふたつともあんたが……っ!」


 『魔剣』が無ければ、『祈兵装プレアルマ』はただの黒いジャケットだ。何の戦闘力も無い。

 ラッドが、右手を振り下ろした。


「『専用魔剣オーダーメイド』には相性がある! あんたなんかに起動できないわよ! だってお父さまは――!」

「――『起動フリューエント』!!」

「ちょっ。待っ――――!」


 『専用魔剣オーダーメイド』とは。使用者専用に造られた貴重な魔剣である。基本的な一般祈士の装備とての魔剣の能力は扱いやすいものになっている。即ち、『祈兵装プレアルマ』による身体能力向上と、それを基礎にした鉄剣とセット。特別な能力は無い。

 対して、イドの使った魔剣は。


「おらああ! まずは身体で『分からせ』ねえとなあ!?」

「っ!!」


 燃えている。異国を思わせる鎧を身に纏い、さらにそれが赤く炎上している。その手に持つ剣も、既成品より分厚く大きく、歪んでいる。その上、勿論当然のように燃え盛っている。

 誰がどう見ても、相手を焼き尽くすための破壊の姿。

 グライシス家伝承、『専用魔剣オーダーメイド』――その正式名称を。

 『煉獄炎剣カグツチ』と言う。


「お父……さま……っ」


 動けないミセリア。彼女にとって、それは父の形見。父の姿。父の鎧。必ず戦場から帰ってきた、安心できる最強の『祈兵装プレアルマ』。


 その彼女へ向かって、平然と起動させて、燃える鎧と剣で武装したイド。

 邪悪な笑みを浮かべながら燃える剣を振り回し、勢いよく躍り掛る――






□□□






 彼は冷静だった。

 何事もつまらなく感じ、興味が薄かったからだ。勝手に期待され、勝手に失望していく視線にも慣れた。


「(……俺を見た)」


 彼は『祈兵装プレアルマ』を着用したままだった。『魔剣』も、胸に刺さったままだ。

 その刹那。ミセリアがこちらへ目を向けたと、感覚的に分かった。


「(…………死ぬぞあれ。おいおいマジであいつ……)」


 少なくとも、あの燃える剣を押し付けられただけで、重傷だ。火傷の痕が残るかもしれない。父親の形見の『魔剣』を、悪用されて。


「(……俺には…………)」


 脳裏に。閃く。

 諦めと。躊躇と。狼狽と。


「(……違う)」


 彼は冷静だった。


「(俺を巻き込めないと言ったのに。あの目は。助けを)」


 予感がしていたのだ。

 勝てる訳が無いと。だから、右手は『魔剣』を握っていた。既に、『回していた』。


「どうせ特に使い道の無い『俺』だろ。『悪漢から後輩を守るため』くらい、『使えてみろ』――!」


 祈り。否。


「(俺も家族を戦争で喪った。それでも――)」


 覚悟が。


「――『起動フリューエント』」






□□□






「…………あ?」


 ひやり。

 ミセリアは恐怖で目を閉じてしまっていた。あの、父親の『灼熱』がやってくると。だが違った。次に感じたのは、とてつもなく『冷たい温度』。


「……えっ」


 イドの、炎剣を持った右手を。その手首を。

 フォルトは、左手で掴んで止めていた。


「………………ふぅーっ」


 彼から白い息が流れ出る。白い。

 一般祈士の鉄鎧ではなく。イドの『煉獄炎剣カグツチ』の、燃える鎧ではなく。

 その『祈兵装プレアルマ』の意匠は。


 軽装だった。兜も無い。頭には鉢金のみ。前合わせの異国の民族衣装のようで。白に淡く青みがかっていて。

 その顔と腕、彼の足の先から霜が張っていた。


「……なんだてめえ……それ……! てめえも『専用魔剣オーダーメイド』か! この『灼熱』や『電撃』と同じ!?」

「…………返せ」

「ああ!?」


 イドは声を荒らげてフォルトの手を振り払い、距離を取る。彼らふたりの温度差で、風が発生する。イドの纏う炎が揺れる。


「……決闘だろ。俺が勝ったらお嬢様に、『魔剣』返せよ。ふたつとも」

「あなた……! 『祈兵装プレアルマ』使えないって……」


 ミセリアは既に涙を流していた。負けると理解していたからだ。だが、今起こっている出来事に脳が追い付かない。驚いて、腰が抜けている。


「…………下がっててくれお嬢様。俺もどうなるか分からん」

「!」


 フォルトの手には、白銀の武器が握られていた。連邦正式採用の鉄両刃剣ではない。しなやかに反り返った片刃剣――カタナだった。

 イドへ向かって、姿勢を変える。足を踏み直すと、どんどんと霜が拡がっていく。

 フォルトの『支配域』が拡がるかのように。冷気が、大運動場に浸透していく。


「はっ! 良いぜ! だがてめえが負けたらその『冷気』も貰う! そんでてめえは、一生俺の奴隷だ!」


 イドが歪む。『祈り』の出力をさらに上げて、爆発さえ起こしたのだ。熱気と冷気で、大運動場は二分された。


「――それでも、俺は腐ったのに。お嬢様は立ち向かった。尊敬するよ」


 ふたり、相対し。共に剣を構えた。


「だから俺が戦う」

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