04 話を聞いてください!


【リア視点】


 帰り道、私は自分の手を眺める。


 先程、エメさんに逸らされた私の魔法。


 アレを見ていた者は、私が照準を外されたことで魔法が天井に向かったと思うでしょう。


 だけど、それはおかしな話。


 手とは魔法の方向付けに過ぎません。


 魔法のコントロールに最も適しているのが手だから、それをかざしているだけ。


 魔法が放たれるのは手の先の空間なのですから。


 だから、あんな綺麗に真上にズラされるなど本来あり得ないのです。


 それを実現させたあの少女、何か得体の知れない違和感が……。


「いいえ、そんな筈がありませんわ。私の勘ぐりすぎでしょう」


 口に出して、気を落ち着かせます。


 相手は魔術しか使えないラピス。


 それに意表をつかれて無意識で私の注意も逸れてしまったのでしょう。


 私が魔法士として至らない証拠です。もっと精進しましょう。


        ◇◇◇


【エメ視点】


 あー、リアさんはともかくシャルまでどこか行っちゃいました。


 追いかけて話しを聞かないと。


「ヘルマン先生、わたしはもう帰って大丈夫ですか?」


「うん、いいよ。不合格だけどね」


「試験じゃないんですよね!?」


 サラッと怖いこと言ってます!


「このままだとって意味ね。進級試験では初級魔法は使えないと不合格になるからね、頑張ってよ」


「は、はい……」


 そうだ。ちゃんと魔法を使えるようにならないと進級出来ないんだ。


 魔法士になるために絶対やり遂げないと……。


 わたしは気を引き締め直して、演習室を後にしました。





 シャルの姿が見当たりません。


 一体どこへ雲隠れしてしまったのでしょうか。


 すぐに廊下を出てグルグルと学園内を探し回りましたが、徒労に終わりました。


「もう家に帰っちゃいました……?」


 だとしたらとんでもない早足さんです。


 玄関へと向かいます。


「あ、やっぱりないや……」


 シャルの下駄箱を見て確認。


 外靴がありません。


 もうとっくに学園を出ていたようです。


「一緒に帰る機会を失ってしまいました……」


 一緒に登校がダメなら下校は?と思っていたのですが。


「――なに、してるの?」


「はい?」


 不思議そうな声で尋ねてきたのは、ボブくらいの青髪で虚ろな瞳が特徴的な女の子でした。


 わたしの行動がどうやら怪しかったみたいです。


「え、えとコレはですね。靴の確認を、ですね……」


「“ない”って言ってた」


「あ、はい。そうなんです、もう先に行っちゃ……」


 すると青髪の少女はわたしの左胸に視線が泳ぎました。


「ラピス……」


 青髪の少女はぽつりと呟きます。


 みなさん、わたしのことラピスで覚えるのやめてくれません?


 名前で呼ばれることがなくなりそうで怖いです。


「……あっ」


 すると何か納得したように口を開け、すぐに閉ざします。


 わたしから視線を逸らして、何やらバツの悪そうな表情を浮かべます。


「……ごめんなさい。配慮が、足らなかった」


「え、えっ?」


 なぜか突然謝られています。


 全く意味が分からないのですが……。


「かわいそう……」


「かわいそう?わたしが?」


 はて、何のことを言っているのでしょうか?


「ラピスだから。イジメられて、靴ないんでしょ?」


 おおっと!


 何やらすごい勘違いされてますよ!?


「ちっ、違いますよ!?こ、これはですね、妹が先に下校したかどうかの確認をですね!?」


「……隠したい気持ちは、分かる」


「そそっ、そういうことでもありません!こ、こっちを見てください!わたしの話を聞いてください!」


 青髪の少女はわたしから視線を逸らししたまま全然こっちを見てくれません。


 なにか見てはいけないモノを見てしまったような反応をされていますっ!


「ごめんなさい……でもイジメに合っている人と一緒にいると、私も一緒にイジメられるから……」


 青髪の少女は回れ右でどこかに逃げようとしています!


「ちょ、ちょっと待ってください!誤解、誤解ですからっ!!」


 わたしは青髪の少女の肩を咄嗟に掴みます。


 折れてしまいそうなほど細い肩、全身がとても華奢で小柄な女の子です。


 掴まれると思っていなかったのか、こちらを振り返りようやく見てくれました。


 ……何故か、その瞳は揺れていましたが。


「ら、ラピスが移る……」


「移りませんよっ!?」


 なんですか、その病気みたいな扱い!?


「それに、わたしはラピスじゃありません。え、エメ・フラヴィニーと言います」


 名前で呼んで欲しいのでこちらから名乗り上げます。


「……せ、セシル・アルベール……お、お願い、助けて、放して」


 セシルと名乗る少女は名乗ってくれましたが、完全に怯えています。


 半分恐喝で名乗らせたみたいになっちゃってます。


 そんなつもりじゃなかったのに……。


「おい見ろよ……ラピスがまた誰かと絡んでるぞ」


「え、リア様の次は誰……って待てよ、セシル様じゃね!?」


 ま、まずいです……。


 玄関先なので適性検査を終えたクラスメイトの男の子ふたりが集まってきて、かなり目立っちゃってます。


 あと、ちょっと気になったのは……リアさんに続いて、セシルさんも“様”と呼ばれていたことです。


「またステラ保持者ホルダーと絡んでる……」


「どういう神経したらラピスがステラにあんなに絡みに行けるんだ……?」


 え……。


 周囲の声に従って、わたしはセシルさんの左胸に視線を移します。


 星形のブローチが煌々と輝いていました。


「……っ!!」


 わたしの視線に気づいたセシルさんは咄嗟にステラを手で隠します。


「これを取っても……ラピスからステラには、な、ならない……」


 また凄い勢いで勘違いされています!!


「あいつ、マジか……」


「確かにステラは全員の憧れだけど、物理的に奪おうとするか……?」


「いや、有り得ねえだろ。ていうか意味ねえだろ」


「やっぱりラピスは思考力も残念なのか」


 ああ!!


 事態が悪い方向に急転直下していきます!!


「まま、待ってください!セシルさん!わたしはステラを取ろうとなんてしていません!!」


 ご、誤解を解きましょう。


 皆さんが聞いている今なら、ちゃんと話せば分かってくれるはずですっ。


「じゃ、じゃあ……靴……?わかった、靴なら私のあげる……だから、許して」


 セシルさんの誤解が止まりません!


 履き替えようとしていた外靴をわたしに差し出そうとしています!


「く、靴……?あいつ、セシル様の靴を奪おうとしているのか?」


「れ、レベルが高すぎてわからねえ……」

 

 か、完全に引かれ始めています……。


「せ、セシルさん!ステラも靴もわたしには要りません!」


「え……じゃあ……口止め?わ、わかってる。誰にも言わない、あなたの秘密は、守る」


 あ、ダメです。


 バカなわたしでも分かります。これは最悪な展開です。


「あ、あいつ……やりやがった」


「第三位のセシル様があんなに怯えるような秘密って……」


「とんでもねえ悪事に決まってるだろ」


「ま、マジか……」


 まずい、マズすぎます!


 これ以上こじらせると大変なことにっ!!


 わたしは誤解の暴走機関車になりつつあるセシルさんより、こちらを見ている男の子ふたりの方に説明した方が早い事に気が付きます。


「ち、ちがうんですっ……!聞いてください、そこのお二人……!」


「ひいっ!」


「き、聞いてませんっ!僕達なにも聞いてませんからっ!!」


「えっ、あの、ちょっと……」


 ――ダダダダッ!!


 男の子たちは脱兎のごとく走り去っていきました……。


「あの人たちも逃げた……あっちを追うべき。私、約束守るから解放して……」


 もーーーーうっ!!


 セシルさんのバカーーーーっ!!

 


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