第四章 不実な神が支配する

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 蓑田茂、須賀和馬殺害の犯人が峰村良子だと知らされたのは、彼女の捕縛劇の直前だった。

 槇原はとっくの昔に確信を抱いていたようだったが、速水にはそれを伏せて捜査を進めていたらしい。警部には先に話を通して、数人の捜査員で峰村をマークさせていたようだった。峰村が数日間長濱を尾行しており、逮捕当日に彼女が長濱の自宅付近で闇討ちの準備をしていることが報告されたところで、ようやく槇原は速水にそのことを打ち明けた。

 当然、速水はその扱いに憤慨した。

「どうして私に教えてくれなかったんですか。槙原さんは、そんなに私を信用できないんですか?」

 問い詰めると、槇原は困ったように苦笑した。

「そんなやつと組んでるわけないだろ。お前のことを信用してたから黙ってたんだよ」

「どういう意味ですか?」

「俺はずっと峰村を怪しいと踏んでいたが、二人揃って峰村を疑ってたら視野が狭まるだろ。高樋犯人説の検証をお前に任せられたから、俺は峰村犯人説に集中できたんだよ」

 そう言われてしまうとそれ以上追及もできず、速水としては事を収めるしかなかった。

「そもそも、槇原さんはどうして峰村を疑っていたんですか?」

「高樋と同様に、峰村も相当秋森しずくに執着している様子だった。殺す動機に関しては高樋と同じ筋立てができるし、秋森と蓑田、秋森と須賀の関係も秋森から聞いて知悉していた。蓑田殺害時にアリバイもなく、他の班に調べてもらった限りでは、須賀の殺害時のアリバイもない。高樋が犯人じゃないとすれば、高樋の最後のGPS情報の場所にルミノール反応が残されていたことにも納得がいく。あの血痕は彼自身のものだった――つまり、第三の被害者は高樋だったということになる。女性にしては高い身長で右利き、フードトラックをやってるなら食材の運搬なんかでそれなりに筋肉も鍛えられてるはず。容疑者としての条件はすべて揃っていたからな」

「確かにそうですが……峰村が右利きと判断する根拠はあったんですか? ボールペンは右手で使っていましたが、左利きの人でも、文字を書くのは右手に矯正されている人も多いはずです」

「最初に峰村と会った時、『調理道具を揃えるのは大変だったか』って聞いただろ? あの時、峰村は『スーパーで売ってるので事足りる』と答えた。フードトラックとはいえ、あの若さで自分一人の城を持とうとする人間が、道具にこだわらないわけがない。峰村が左利きであれば、最低でもキッチン用品を左利き用で揃えようと思うはずだ。左利き用で納得の行く品質の道具を揃えようと思ったら、それなりに骨を折る必要があったはず。そうでなかたっということは、右利きの確率が高いということだ」

 あの雑談のようなやりとりで、そこまで考えていたのか。正直言って、速水は舌を巻く思いだった。

 いずれにせよ、峰村をマークするよう進言したことと峰村逮捕の功績のおかげで、彼女の取り調べは速水と槇原に任されることになった。

 取調室で峰村と向き合うと、彼女は相変わらず敵意に満ちた目でこちらを睨んできた。現行犯逮捕で勾留されているため、峰村には手錠と腰縄がかけられて行動が制限されている。逮捕劇からまだ時間も経っていないからか、鳥の巣のようなぼさぼさ頭が更に崩れているように見える。表情には明らかに疲れが滲んでいるが、ぎょろっとした瞳は異様な光でぎらついていた。

 速水は彼女の眼光を真っ向から受け止めながら、取り調べを開始した。

「まず、長濱さんへの殺人未遂についてお聞きします。どうしてあのようなことを?」

「殺人未遂なんて大げさじゃない? 私はただ、連続殺人鬼のフリしてあいつを脅かしてやろうと思っただけだよ。実際、あいつは怪我ひとつしてないじゃん」

「でしたら、どうして逃げようとしたんですか?」

「そりゃ、あんだけの人数の警官に追い回されたら逃げるでしょ。しかも殺人犯だと勘違いされてるみたいだし」

 峰村は現行犯逮捕から時間が経って冷静になったためか、ひとまず否認を続けるつもりのようだ。速水はじっくりと供述を引き出すことにした。

「では、どうしてナイフを持っていたのですか? 立派な銃刀法違反ですよ」

「ただの護身用の武器でしょ。例えば不審者にレイプされかけたとして、私がナイフで反撃したら私まで逮捕されるわけ?」

「それが法律ですから」

 こちらの返答に、峰村は不愉快そうに舌打ちをした。

「これだから警察は……結局あんたらは自分らの逮捕ノルマのことばかり考えて、犯罪から市民を守ることに何の興味もないんだな。ほんと、クソみたいなやつら」

「それが我々の仕事なので。それに……あなたの場合、ナイフを身を守るために使ったわけではありませんでしたよね?」

「ハッ。あんたにナイフを突きつけたの、まだ怒ってるわけ? あんな簡単に制圧しておいて。どうせいつでも逃げられるとわかってたから、あんな簡単に人質になったんでしょうが」

「そうですね。でも、あなたは私を無視してそのまま逃げることもできたはずです。それなのに、自ら人質を取る選択をした。他の女性を脅してまで保身に走った。それは正当防衛とは言えませんよね?」

 議論の袋小路に追い詰めると、峰村は殺意のこもった眼光を向けてきた。

「……お前、マジで性格悪いな」

「恐れ入ります」

 嫌みをさらりと受け流してから、速水は更に峰村を追い詰めていく。

「あなたは数日前から長濱さんを尾行していましたね。それはなぜですか?」

「別に。あいつを脅かすのに、ちょうどいいタイミングと場所を探ってただけよ」

「移動にはバイクを使っていたようですね。バイクを路地裏や路肩に停めてから、徒歩で犯行現場の周辺を移動していた。今回の逮捕でも、あなたが所持しているバイクが防犯カメラのない路地裏で発見されました。どうしてそんな場所にバイクを停めていたんです?」

 当然、答えなど聞くまでもなくわかっている。防犯カメラで犯行現場までの足取りをたどられないようにするためだ。蓑田、須賀殺害時に、付近の駐車場の防犯カメラ映像をあさっても犯人が特定できなかったのはこれが原因だった。

 だが、峰村はまだ無駄な抵抗を試みるつもりのようだった。

「すぐに戻るつもりだったから、そのへんに停めただけでしょ。そんなの皆やってることじゃん。それなのに私だけ殺人犯扱いされるなんて、理不尽なんだけど」

「そうやってずっとしらばっくれるつもりですか? あなたの所持していた特殊警棒はすでに押収済みです。警棒からはすでに蓑田茂、須賀和馬両名のDNAが検出され、二人の遺体の打撃痕との一致も取れています」

「だからなに? 私はその警棒を拾っただけで、殺人なんてしてない。きっと前の持ち主がやったんじゃない?」

「そうですか。では、どこで警棒を拾ったんですか?」

「さあ? よく覚えてないわ。そのへんのゴミ捨て場とか?」

 どうやら、峰村は徹底的に否認するつもりらしい。嘘の証言でかき回して、警察をあざ笑っているつもりなのだろう。

 だとしたら、速水にも考えがあった。

「そうやって、高樋光男も殺害したんですか?」

 冷え切っていたはずの場の空気が、更にもう一段凍てついたような気がした。峰村は怒りに燃えたぎる眼光から、こちらの反応をうかがうような視線に切り替えて応対してくる。

「は? なんで高樋が死んだことになってるわけ?」

「高樋のスマートフォンのGPS情報を調べました。どうやら、十月一日の深夜に秋森しずくの自宅付近にいたようですね。彼のGPS情報が最後に記録された場所で、彼のものと思しき血液のルミノール反応が確認されました。高樋の自宅から採取した髪の毛などのDNA情報とも一致しています。十月一日以降自宅にも帰っておらず、実家にも連絡がなかったことも踏まえると、警察としては高樋光男が十中八九死亡したと見て捜査をしています」

「ちょっと大げさじゃない? 酔っぱらいと喧嘩して、どっかに入院してるだけかもしれないじゃん」

「念のためそれも確認しました。都内の病院に問い合わせたところ、どの病院にも高樋光男が来院した記録はないそうです。付け加えるなら、高樋光男のGPS情報が途切れて数時間後、秋森しずくの自宅付近をフードトラックが走っているのも防犯カメラで確認済みです。カーナンバーを照会しましたが、所有者は誰だったと思います?」

「……さあね」

「もちろん、所有者はあなたでした。そしてあなたは殺人未遂、銃刀法違反等の現行犯逮捕されたため、これから蓑田、須賀殺害の証拠固めのため家宅捜索を受けます。当然、あなたのフードトラックも確認させてもらいますし、あなたのケータイのGPS情報の履歴も確認させていただきます。それでもまだ、あなたはすべての犯行を否認するつもりですか?」

 突きつけられた真実に、峰村はためらうように視線をさまよわせた。たっぷり十数秒逡巡してから、決意を固めるように瞑目して、ようやく彼女は口を開いた。

「……わかった。全部話せばいいんだろ。話してやるよ」

 吐き出された声には、もう虚勢の色は消えてなくなっていた。

「あんたの言う通り、全部私がやったことだよ。高樋光男も、蓑田茂も、須賀和馬も全員私が殺した。長濱とかいう記者も殺そうとした。これで満足?」

「どうしてそんなことを……」

「どうして? どうしてだって?」

 峰村の声に、再びマグマのような熱が噴き上がる。

「あんたらが何もしないから、私がやらなきゃならなかったんじゃないか! あんたら警察が何をしてくれた? しずくが高樋にストーカーされてた時、蓑田に枕営業を強要されてた時、須賀に金をせびられてた時、あんたらが何かしてくれた? 何もしてくれなかったじゃない!」

「あなたか秋森さんが相談してくれれば……」

「できるわけないじゃない! わかるでしょ? そんなこと相談したら、しずくのスキャンダルだって表に出ちゃうんだから! でもなんとかしてよ! それが警察でしょ!」

 峰村の言っていることは理不尽だったが、それでもその言葉は速水の胸に突き刺さっていた。速水自身、彼らの悪行を止めることができたならと思わずにはいられなかったからだ。

 だから速水は峰村の言葉を否定せず、代わりに別の質問を投げることにした。

「では、あなたはすべて秋森さんのためにやったんですか?」

「そうだけど、あの子は事件に何も関係ないわ。私は、あの子を傷つけたクズ野郎を片っ端から始末するつもりだった。あの子を本気で守ろうとしなかったマネージャー、あの子を追ってた別の雑誌記者、蓑田の行状を知ってて見逃してたテレビ関係者……全員がしずくを傷つけた加害者で、裁かれる義務がある。誰もそれをやらないなら、私がそれをやらなきゃならないんだ」

「どうして、秋森さんのためにそこまでできるんですか? あなたには何のメリットもないのでは?」

「あんたは友達を助けるのに、いちいちメリットとか考えるわけ?」

「そういうわけではありませんが、友達を助けるために殺人まではしません」

「それは、あんたに本当に大事な友達がいないからでしょ」

 言って、峰村は哀れむように速水を見下ろした。

「私としずくの友情はそんなレベルじゃないんだよ。私とあの子は物心ついた時からずっと一緒にいるの。子どもの頃、くせっ毛のせいでいじめられてた私をあの子はいつも助けてくれた。私がぼろぼろに傷ついて泣いてる時に、いつもそばにいてくれた……だから今度は私の番。私はあの子の夢のためなら、自分の人生を賭けたって後悔しないわ。私はあの子のことを本気で愛しているの。あの子が私にしてくれたように、私もあの子への愛を証明しないといけないのよ」

「愛、ですか」

「言っとくけど、恋愛的な意味じゃないから。私にとって、しずくは家族同然ってこと。あの子に危害を加えようとするやつがいるなら、私は命に替えてもあの子を守らなきゃならない。あんたには、そんな風に思える友達なんて一人もいないんだろうね」

 悔しいが、そう言われてしまえば確かに峰村の言う通りだ。今の速水には友人と呼べる存在などなく、私生活を共有できる人もいなかった。

 胸に穴が空いたように空虚な思いがよぎるが、それを無視して速水は聴取を続けた。

「それだけ強固な関係性だったのなら、秋森さんから蓑田や須賀の行状についてもすべて聞かされていたんでしょうね」

「当然でしょ。蓑田は洗脳の手口でしずくに枕営業を強要し続けて、断ったらスキャンダルでタレント人生をぶち壊すと脅してきた。須賀はしずくをたぶらかして金を貢がせまくったあげく、スキャンダルを握ってしずくを売ろうとした。あんな連中を殺したことに後悔なんてないし、あんたらがすべきことを代わりにしてやっただけって感じ」

「仮に罪に問われたとしても、二人とも死刑には程遠いですよ」

「そうだろうね。その上やつらが逮捕されたりしたら、やつらの握ってたスキャンダルが全部裁判で世間に知られることになる。最悪ったらないわ。どうして誰も被害者を守ってくれないわけ?」

 その問いに答えるための正しい言葉を、速水は持っていなかった。代わりに、心を殺して聴取を前に進める。

「順を追って話していただきましょうか。高樋光男の殺害はどういう経緯だったんですか?」

「……十月一日の深夜、私が家で寝ようとしてたらしずくから電話が来たの。高樋がタワーマンションの近くをうろついていて不気味だから、家に泊まりに来てほしいって。フードトラックで中目黒に着いたら、高樋が私に気づいて難癖つけてきて、路地裏で揉めてたらあいつが警棒を振り回してきたんだよ。私はあいつを止めようとしたけど全然話聞かないし、私を殺してきそうな勢いだったから、なんとか体当りして警棒を奪って、そのまま警棒で殴り殺したって感じ。興奮してアドレナリンが出てたからかな。確かに過剰防衛だったとは思うけど、やっちゃったもんはしょうがないからね」

「高樋を殺害したあと、遺体はどうしたんですか?」

「フードトラックにぎりぎり人が入るくらいのでかい冷凍庫があるから、そこに押し込んだ。おかげで、今月に入ってから仕事もできないから困ったもんよ」

「成人男性の遺体を、あなた一人で運んだんですか?」

「自力で運べるわけないじゃん。フードトラックを路地裏の入り口に停めてから、仕入れ用の台車に乗せて運んだのよ。上半身を乗せてから下半身、ってすれば私くらいの腕力でもなんとかなるしね」

「高樋の殺害後、自首などは考えなかったんですか?」

「どうして? 高樋みたいなクズを殺したことで、私が罪に問われるなんておかしくない? 大体、私だってあいつに殺されかかってるんだから、正当防衛みたいなもんでしょ。自首して裁判なんかになったら、私のお店の評判も最悪になるし、警察はそんなことに責任なんて持ってくれないでしょ? それに、高樋がいなくなって何日経っても誰もあいつを探してなかったよね? じゃあ、あいつのことなんて皆どうでもいいって思ってたってことじゃん? そんなやつを殺したところで、わざわざ自首する意味ある? 最初は正直、警察に捕まるんじゃないかと思って怖かったけど、途中から警察が無能すぎてどうでもよくなったわ。高樋の遺体も、しばらく冷凍庫に置いといて、ほとぼりが冷めたら山に埋めるか海に沈めるかしようかと思ってたわ」

 峰村があまりにもあっけらかんと言うので、速水はわずかに当惑していた。とはいえ、これだけ積極的にしゃべってくれるのはいい傾向なので、このまま話を続ける。

「それでは、蓑田茂殺害に至ったのはどういう経緯だったんですか?」

「高樋を始末したあと、せっかくだから他の連中も始末しておくべきだって気づいたんだよ。しずくのスキャンダルの種を作った蓑田は、高樋の次に始末するべきだと思ったわ。テレビ業界では神様扱いされてるのかもしれないけど、あんなやつただの女好きのクズ野郎でしょ。ちょうど足のつかない凶器も手に入れたことだし、始末するなら今かなと思ったからね」

「それで、蓑田さんの殺害を計画したと?」

「そういうこと。まぁ準備に二、三日かけたくらいかな。尾行して行動パターンを把握して、自宅付近で防犯カメラがないエリアを探して、移動手段で足がつかないようにバイクで現場に移動することにして……まぁそんな感じ。さすがに今度こそバレるかと思ったけど、全然警察の捜査がかからなかったから、正直拍子抜けしたわ。須賀の時もほぼ同じ」

 峰村への細かい取り調べを終えてから、速水と槇原は捜査一課のデスクに戻ってきた。取り調べの内容をまとめながら、速水は槇原に話しかける。

「思ったよりもすんなり吐いてくれましたね。特にこちらの聴取内容と食い違う部分もありませんでしたし、立件も問題なさそうですね」

「……そうだな」

 応じる槇原の声は、明らかに煮え切らない感じだった。それが高樋を追わされていた時と同じ態度だったので、速水はすぐに槇原に向き直った。

「また何か考え事ですか? 今度ばかりは私にも話してもらいたいんですが」

「いや、そんな確証のある話じゃないんだがな。ただ、どうもやつの証言内容が引っかかってな」

「具体的にどこが気になったんですか?」

「それはまだはっきりしないが……まぁ、どのみちこれから峰村の自宅の家宅捜索だ。そこで色々はっきりするだろう」


 翌日の昼、峰村良子の川崎の自宅にて、神奈川県警の協力も得て家宅捜索が進められた。

 主な捜索場所は自宅マンション内と、月極駐車場に停められたフードトラック内の二箇所だ。峰村本人を立会人として自宅の家宅捜索を始めるが、特にめぼしい証拠品は上がらなかった。

 続いて月極駐車場に置かれたフードトラックの中を検分する。高樋の遺体が保管されているという証言もあったため、検視官も立ち会いに来ていた。

 フードトラックはやや大きめのサイズで、車体の長さが六メートル近くあった。後ろから中に入ると、左手に作業台とシンク、右手にはコンロ台が一台設置されていた。コンロ台の奥には大きめの冷凍庫と冷蔵庫が横並びになっている。

 最初に鑑識が入って指紋やDNA採取、ルミノール反応の確認が行われた。峰村の供述を裏付けるように、台車や床からはルミノール反応が検出され、冷凍庫内から高樋光男と思しき男の遺体が発見された。

 鑑識が作業を終えるのを待ってから検視官が中に入り、高樋の遺体を検分した。

「右側頭部と頭頂部に棒状の武器による複数の打撃痕があるのは、蓑田、須賀の殺害状況に酷似しているな。死因はおそらく脳挫傷だろう。死亡推定時刻なんかはさすがに解剖してみないとわからんな。それから、証拠隠滅のために両手が丁寧に洗われていたようだが、左手の爪にわずかな血と皮膚片が残っていた。おそらく本人か被告人のものだろうが、念のためDNAの照合をしておいたほうがいいだろう」

 検視官の報告を聞いたあとに峰村に視線を向けると、彼女は青ざめた顔をして固まっていた。

 槇原は眉間にしわを寄せて、検視官に詳細を念押ししている。

「あの、高樋の体に他に負傷箇所はなかったんでしょうか?」

「体の正面に、倒れた時にできたと思しき擦過傷や打撲痕はあったが、それくらいだな。凶器による打撃の痕跡は、さっき言った場所だけだったぞ」

「……そうですか」

 呟くように答えて、槇原は険しい顔のまま車から離れていく。速水は思わず彼に近づいていた。

「槇原さん、これって……」

「お前も気づいたか」

 速水が無言でうなずくと、槇原は険しい顔のまま言った。

「どうやら、もう一度秋森しずくと話す必要があるみたいだな」

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