第33話 七月二十三日、午前十一時二十八分。

 幸いながら、大失態を演じた僕に対するクラスからの叱責はなかった。

 パンッパンに膨れ上がった手提げ袋を見せた暁には「顔はヤメてッ!!」と泣きじゃくりながら乞わずにはいられないだろうと、心も身体もちっぽけなプライドも土下座の準備オールオッケーだったのだが、まさかの許されてしまったのだ。いや、許されたというよりも、文化祭の忙しさから相手にされなかっただけなのだろうが。腹パン一発なら甘んじようとしていた僕的には拍子抜けであり、鳩が豆鉄砲を食ったかのよう、ってのがしっくりくる感情なわけで。

 結局、僕の罪状はクラスの前で読み上げられることもなく不問とされた。

 しかし、それじゃあ僕の気が治らない、と仕事を乞うてみたのだが、、、

「……これは僕、働いているって胸張ってええんかな?」

『貴方のような馬鹿なら、働かないのも働くうちかと。』

「……うっ、無能であることの罪悪感が、、、」

 場所は三年一組の教室前廊下。時間はお昼ちょっと前。

 人通りの多い通路にて、『←こちら当日チケット販売受付』看板さんと一緒に受付作業中である。

 おそらく脚部のどっかしらに欠損を抱えているグラグラのガタガタなパイプ椅子に座り、小傷の散りばめられた長机の前でボーッとお仕事をしている僕なのだが、どうやら先行してある程度のチケットは配り終えた後だったらしく実質的に働いていない僕なのだ。ゆえに、とっても居心地が悪かったりする。

 経営中の『占いの館』が盛況であるがため特にツラい。

「……なんでやろう。逆になんかしんどい」

『そうですか?私はとても楽なのですが。』

 ……いや、そもそもなんですが、貴方も感じなきゃならん責任感なんですからね。

 これは僕が特段繊細な性格のせいなのか、それとも彼女がやたらと豪胆なのか。それはわからんが、本当に彼女は気にする様子なく、なんだったら僕の手元に分厚い書籍を置き『捲ってください。』、『早く。』、『早く。』、『早く。』と急かしてくる始末。しょうがないのでペラペラとページを代わりに捲っていくのだが、早く読み進めなくてはならなそうな内容の書籍のようにはどうにも思えなかった。なんだこれ。状況も相まって、意味がわからない。

「……あの、なにを読んでんの?」

『『占い大全』(著:オカルト研究会)』

「……なにそれ。……えぇ、なにそれぇ?」

 開会式以降、文化祭のボルテージはずっと好調で、校内では放送部員の奮闘っぷりが伺える。各クラスの宣伝をはじめ、持ち前の軽快なトーク術で学校という場に特別感を演出しているのは流石な手腕だ。僕であれば原稿の朗読会になるだろうが、小粋なジョークを聞くにおそらくこれはアドリブだろう。

 中庭では軽音部だろうか、エレキギターが火を吹きボーカルの魂の熱唱。

 他にも見せ物が多々あるのか、段ボール越しからときに歓声が上がっていた。

 青春に「青」色を着色する文化祭は、僕の気持ちそっちのけで始まっている。

「あのー、受付さん?チケット四人分ほしーんですけどー?」

 ……おっと、お客さまだ。

「……あ、はーい。まいど。一枚二百円なんで、合計で八百円になりまーす」

 ふと、消費税なる概念はチケットの売上高に関わってくるのだろうか、なんて比較的どうでもいいことが脳裏をよぎったが無視してお金を受け取る。思考を殺して作業に没頭するのは案外に悪くなく、そもそも仕事を欲していただけに声量も通常の二倍弱は張り上げていた自信がある。頑張っているぞ、僕。

「いち、にー、さん、しー、……うん、おおきにー!!」

 お客さんは他クラスの女の子なのだろう。

 愛らしい笑みでチケット片手に友達の方へ戻っていく。

 見ている分だと客層は思った通り、女子が大半だった。保護者などの一般公開は明日からのため今日の主な収入源は彼女達からとなるのだが、彼女達のような客にはあらかたウチのクラスの出来る子ちゃんがチケットを配り終わっているわけで、やっぱり暇になることは道理なのだったのだ。

 そろそろページを捲るべきだろう。

 勘を頼りに、了承を得ず捲ってしまう。

「……なに、占ってもらう気なんやろ。恋愛とか、学業とか、、、かな?」

『盗み聞きしていた訳ではありませんし、聞こえて来ただけなのですが、今の恋人と別れるべきか否かの趣旨の占いが多いみたいです。それにさっき、占い結果を鵜呑みにした女子生徒が男子生徒をフッていましたね。とても気分がいいです。早く捲ってください。』

 ページを捲る。この分だと、三十秒に一ページだろうか。

「……すっごく聞きたくなかった。僕も占い結果でフラれたなんてなったら泣くぞ」

『占いは迷いの後押しに過ぎません。肝要なのは、迷いを生み出さない交流でしょう。』

 ……さっすが、デバガメの言うことは違う。

 ……占い、かぁ。当たるも八卦、当たらぬも八卦、すなわち過信は禁物な訳だが、僕も人生という道を彷徨う一匹の子羊なのだ。それが信用たり得ない世迷言だとわかっていようとも、縋ってみたい心の弱さって部分がある。そんで、心の弱い僕は、ちょうど今現在占い任せにしたい事案がある訳でして。

「……久遠さん、結局、来うへんかったなぁー」

 謝意も兼ねて、屋台の商品を手土産に持って行くべきか。岸辺さんの金だけど。

 いや、しかし、もともと文化祭出席に乗り気じゃないタイプの子だったはずだ。

「……ほんま、元気にしてたらええんやけど」

『貴方の悩み、タロットカードで占ってみますか?』

「……なんでタロットカード占いなんてできるん?」

 ……ていうか、なんでタロットカードなんて持っているのだろう。

 ……まぁ、あらかた、幽体であることをいいことにタロットカードはくすねて来たのだろう。そんでさっきの怪しさマックスの書籍でタロットカードのやり方を学んだ、とか。それに、どうやら彼女の発言を見ていると、さっきの悲しい事件も然り、『向こうの屋台ではくじ引きをやっているそうです。アタリがなさそうですので、それをダシにご飯でも強請りましょう。』なんて発言録はモロにどっかに行っていた証言で間違いない。

 誘った手前強く言えないが、あんまり幽体で変なことをしないでほしいのだが。

 ……なんてしていると、カードが一枚、二枚、三枚、と僕の前に並べられる。

「……あんまり派手に遊ばないでね。側から見ればそれ、霊障なんやし」

『ね、馬鹿。先に悪い結果から聞きますか?それとも、もっと悪い結果から?』

「……ねぇ、良い結果は?」

 軒並み悪い結果だったらしいが、僕は一体なにを占われたのだろうか。久遠さんのことなら、『嫌われていますね。ざまーみろです。』とか、『二度と仲直りとかは出来そうにありませんね。自業自得です。』とかだろうか。口悪りぃな、この占い師。いったいどこの誰がモデルなんだろう。

 すっごく聞きたくないが、所詮は占いだ。適当に言わせておけばいい。

『まず、馬鹿の人生。『塔』の正位置です。いろいろ壊れてなくなるでしょう。』

「……え、人生単位で占っちゃったの?ねぇ、なんで?」

 しかも聞く限り最悪なのだけれども。なにが壊れるってんだ、僕の人生っ!!

『次に馬鹿の天運、『世界』の逆位置です。何かが一つ、欠けているでしょう。』

「……あぁ、天運も。天運まで占っちゃったのね」

 本当に良いことないじゃないですか。救いとか、ないんですかね。

『最後に馬鹿の終焉、『死神』の正位置です。よかったですね。がっつり死ねますよ。』

「……うーん、全然良くないっすよね。びっくりするぐらい良くねぇっすよ。ほんまに」

 どうしたものか、僕、本気で神様にお供物なりなんなりを用意しておくべきじゃなかろうか。今更感は拭えないが、がっつり死ぬか、ぽっくり死ぬか、じゃ話が変わってくる。これからの人生、僕はガッツリ死ぬことを恐れながら生きていくしかないのだ。迷いの後押したる占いが迷いを生んでどないすんねん。

 ……これは良い占い結果が出るまで粘るしかないのでは?

『他にも気になる占い道具があったので。ここ、空けますね。』

「……あ、はい。……え、はっ!?」

『――――――』

 ……あの野郎、マジで行きやがった。

「……了承を求めたってことは、しばらく戻ってこうへんねやろな」

 自由奔放にも程がある。物理的な身体の枷と同時に人間としての枷も外れたのだろうか。こっちにしちゃいどろこを探るなんて真似はできないんだぞ。まったく。……いちおうは知識のある人間のはずだから大事には至らないと思いたいが。でも、わかってなさそうだからなぁ、あの人。

「……こうして、西大津高等学校の七不思議は追加されたのでした」

 ……ハハ。笑えない。


――――――――――――


「あ、あの……っ」


 それは不意に頭上から落ちてきた、随分と華奢な声だった。

 不思議と聞き覚えのあるような声の気がしたのだが、何故か思い出そうとすると記憶が霞みがかったようにぼんやりとした情景となってしまう。だが学生っぽいしお客さんなのだろう、なんて思案しながら頭上の声の主を見上げてみると、僕はその数奇な彼女の容姿に目を奪われることとなる。

 西大津高等学校のセーラー服、丈の長いスカートにお守りがぶら下がる鞄。

 自信の無さの表れなのだろうか、おとなしそうな雰囲気から何処か近寄りがたい弱々しさを孕む少女は、潤んだ声で「いま、大丈夫ですか?」と僕の目を見て問うてくるのだ。いや、本当に僕の目を見ているのだろうか。少なくとも僕からは、彼女の『眼』を覗くことは叶わなかったから定かではない。

「……あ、あぁ、うん。チッケトなら、ここで売ってますよ?」

 こうは言ったものの、この人がただチケットを買いに来たとは思えなかった。

 彼女の容姿は、それだけ特異であったのだ。


 妖艶さを醸す朱色の筆の入った『狐面』、そんなものを臆面もなく被っているのだから。

 

「あ、えっと、チケットが欲しいとかじゃなくって。え、えへへ」

 唖然としながらも、接客を怠らなかった僕は褒められて然るべきだろう。

「……えーっと、なら、どういった御用向きで?」

「えっとね、えっとね、私、貴方とお話がしたくって!!」

 唖然としながらも、接客を怠らなかった僕をどうか褒めて欲しい。

 興奮気味に、食い気味に、僕の視界に入り込む少女は、その奇抜な衣装そのままに一風変わった要望を僕に押し付けてくる。完全武装のオカルト少女が僕のような凡夫に何用かも気になるのだが、ここはクラスの為にも「えっちなことする気でしょ!?そんなサービスは当店では受け付けておりません!!」と毅然な態度で臨むべきだったりするのだろうか。……いや、しないけれども。なら、受付に話しかける心理ってのはいったいなんだってんだろう。

「……占いなら、担当の者が中におりますが、そうじゃなくって?」

「え、占い?えへへ、私、どっちかっていうと占う側じゃないかな?」

 いや、知らんがな。だが、確かに彼女の風態は「占ってください!!」って柄じゃない。

 だったら本当に彼女はどんな用事で僕に話しかけてきたのだろうか。岸辺さんの友人か?

「……あ、あー、ひ、ひっさしぶり!!元気やった!?」

「……え、いや、私たち、いちおう初対面だよね?」

 わぁお、違ったようだ。恥ずかしぃ。畜生、なら僕の全力プリプリ笑顔を返してほしい。

 しかし、彼女が岸辺さんと顔見知りの線が消えたってんなら、すると何故どうして彼女は僕とお話ししたくなっちゃうのだ。それにこれ不可解なことこの上ない話なのだが、僕の神経は目の前にいる完全オカルト武装の少女相手の言葉の一言一句を聞き逃すべきではないと警告しているのだ。

「……なるほど、初対面、なのですね?」

「うーん、たぶん、顔を合わせたのは初だと思う?」

 いや、どうして煮えきらない回答になっちゃうのかわからんのだが。

「…………えーっと、そうですね、可愛らしいお面ですことね?」

 ……あ、ヤッベ。間が持たないばかりに焦って初っ端墓穴っぽいものを掘ったのではないか。

「え、かわいい??……ふふふ、そっか、そっか、かわいい、かな?」

 ……どうやらセーフだったようだ。まったく褒めてないのだが。危ない。これが、母の形見なのです、なんて申し訳なさを孕んだ沈黙を生み出す発言であったならば、僕は掘った墓穴で古墳を作りだしちまうところだったぜ。何言ってんだろ僕。あと、何やってたんだ、古墳時代の住民は。

「ねぇ、ねぇ、似合ってる??似合ってる??」

「……うん。そうやね。似合ってなくはないよ」

 顔も性格も知らん奴の『狐面』が似合っているかどうかとか、パリ・コレの審査員でもわっかんねぇだろ。しかし、ふっふー、っと鼻息が荒くなる呼吸音が仮面の奥から聞こえるに僕の返答には満足してくれているらしい。正直、拍子抜けというか、普通の女の子のような可愛げが彼女にはあった。

 しかし、やはりどうにも、彼女が『普通』とは思えないのだ。

 時に人の普遍性については議論があるが、これは『普通』じゃない。


 彼女は『普通』じゃないのだ。それは誰も、誰一人も、彼女の奇抜さを示唆する挙措さえ見せやなしないからだ。廊下は文化祭相応の賑わいを見せており、それなりの通行人がおり、それなりの客引きがおり、人と人が溢れかえっている。しかし、その誰もが、彼女の特異さを指摘しようともしない。

 いや、それどころではない。まるで、いない者の扱いだ。

 風景と同化しちまっているような違和感。

 僕だけが、取り残されてしまった違和感。

 この感覚は、あれだ。まるで。あの時の『化けも――――――


「……あれれ。……おーい」

 目先で手のひらをぶらぶら揺らされ我に帰る。生きていますかー、と言わんばかりだ。

 ……ちょっと、考えすぎているのかもしれない。立て続けにアレコレ起きすぎなのだ。

「……折角やから、顔、見てみたいなぁー、なんて」

「……あー、うん。うーん。ごめん。今はちょっとダメかな」

 ごめんね、と拝むポーズを見せる狐面の少女。あれだろうか。宗教的な縛りとか。お家の教えとか。僕はその手の話題にはひどく疎いために「なるほどー」とわかった風に黙りこくる他なかったが、仮面を外しちゃならん事情とはこれ如何に。何から何まで謎に満ちた女の子だ。ミステリ好きにはさぞやたまらんだろう。

「……あの、それで、君の用件ってのがイマイチよくわかんないんやけど」

 今日は文化祭。学生身分であれば、暇つぶしには事欠かないんじゃなかろうか。

 だってのに、岸辺さんとも知り合いではない彼女が、ナニがドウシテ、僕との会話に興じようと思ってしまったのか。よほど西大津高等学校が誇る文化祭行事が退屈だったとしか考えられないが、よっぽどの変わり種でもない限り代替の暇つぶしに僕を用いることはないだろう。

「あ、そうだよね、そうだよね。やっぱ、気になるよね!」

「……あー、え、ちゃんと理由とかあるんですね」

 道草がてらの突飛な道楽に付き合わされているわけではなさそうだ。

「そうそう、理由。さっきも言ったけど、一度貴方とお話したかったんだ!」

「……いやいや、違うくて。どうして――――――」


「――――――岸辺織葉じゃなくって、『貴方』とお話してみたいと思ったの!」

 

 無邪気な話口調のまま彼女は、脈絡もなく、そんなことを口走った。

 あまりにも唐突だったものだから、僕はまるで無反応かのように見えてしまっただろう。しかし、発言の意味を頭が精査していくうちに連動して心臓が遅まきにがなりたててくる。事態を理解していくうちに、『貴方』ってのが、僕の皮である『岸辺織葉』ではないことが理解できた。


 すると、なんだ、彼女は『僕』と話したがっているとでも言うのか?


「……どこまで、ご存知なんでうか?」

 もっと他にも聞くべきことがあるはずなのだ。だが、僕の脳内の処理がひたすらに追いついておらず、会話の優先順位なんてもんは二の次の状態であった。

「……うーん、どうしよ。これ、今は秘密にすべきかな。どうせ信じないから」

「……どうせ信じないなら、秘密になんかする必要ないんじゃないですか?」

「あはは、ダメだよ。だって、知ったら幸せじゃなくなっちゃうもん。全部、全部、全部、涙が枯れるほど辛いことばっかだもん。だからね、今は知らない方がいいんだ。今は、今を、楽しむべきなんだ。……たっくさん楽しんで、現世に未練をダラダラに引っ張って、そんな普通の日常を送って欲しいから」

 彼女の口調は、まるで赤子をあやすかのような柔らかく優しいものだった。

 しかし、当たり前だが、そんな説明じゃ一切納得がいかない。

 なにか知っていることがあるならば漏れなく説明が欲しいし、

 諸現象の打開策があるってんなら包み隠さず講じてもほしい。

 しかし、彼女は今ばかり、それを許さなかった。

「ね、貴方ってのも味気ないし、なにか名前みたいなものある?」

「……馬鹿だの、阿呆だの、散々な呼ばれようを生餌と言えるなら」

「あはは!岸辺さんでしょ?へー、すごい気に入られてるんだね」

 この言い草だと、やはり彼女は『岸辺織葉』の存在も知っているようだ。

 しかし、なにをどうしたら、気に入られている、だなんて解釈が出来てしまうのだろう。奴は僕のことを言葉のサンドバックとしか思っていないのだ。何故にそんな奇怪な解釈になってしまうのか小一時間ほど問い詰めてやりたいが、今は本当にそんな匙などどうだっていい。

 ……なんでもいい。手掛かりが欲しい。

 ……彼女は何か重大な事実を知っているはずだ。

「……あー、……じゃあね、馬鹿くん、困ったら神社に来なさいな」

 しかし、彼女は僕との会話を前触れもなく打ち切ってしまう。

「……え、いや、まだ……っ!」

 まだ、全然何にも聞いていないじゃないか。

 この奇妙な現象の正体はなんなのか、

 どうすればこれら現象は収まるのか、

 そもそもこれら現象の原因はなんなのか。


 この世界にとって、『僕』は一体、何者なのか。


「大丈夫、焦んなくてもいいよ。だって、『時間』だけは腐るほどあるからさ」 


――――――――――――


「……………………」

『呆けた顔をして、どうしたの?』

 ひらりと寄せられる一枚の紙切れ。

「……はぁー、どうもしないけど」

 情報の共有は常に、報・連・相の原則は守らなくちゃいかん、って社会常識ぐらいは記憶から失っちゃいないのだが、なんて説明すべきなのだろう。いろいろ知っていそうな狐面の少女が『僕』に話しかけてきたと言えばいいのだろうか。めちゃくちゃ重要なのだろうが、もう今日は頭使いたくない。

 なんか、ドッと疲れた。罵倒されるだろうが、これは明日に持ち越そう。

 ……だから、なんだ。……他意はない。

「……なー、岸辺さんってさ、僕のことそれなりに気に入ってんの?」

『馬鹿ですね。飼い主として、それなりの愛情ぐらいは湧きますよ。』

「……なんっすか。ペットかなんかなんっすか」

『そうですね。とびっきり出来の悪い小型犬のようです。自分の容貌でなければなお可愛がれたのですが。あと、ダウジングを持ってきました。占ってみると死相が出ているようです。びっしりです。馬鹿は今夜あたりに一度死ぬのではないでしょうか。』

 それは、それは、本当にとっても愉快な占いをありがとうございます。

 

 そんなこんなで、無事とはいかずとも文化祭一日目は一旦の幕を閉じた。


 僕らは、否、少なくとも僕だけは、呑気にも明日の文化祭二日目に思いを馳せていた。

 明日こそ岸辺さんに楽しんでもらおう。あの狐面の女の子の正体を探ろう。久遠さんとの仲を修復しよう。ゆっくりでいいから、この現象を収めよう。

 それら全てが、どうしようもなく泡沫の夢になろうことなど、微塵も思わずに。

 ……僕は明日に耽った。

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