☆第33Q 対策

 試合が始まった。

 第1Qは互いに点の取り合いになり、残り3分に近くなった今、少し筑波凛城つくばりんじょう側に分があるという具合である。


「待って、相手チームあの筑波に接戦してんだけど……」

「あのパツキン9番安藤のスリーえぐ……パカスカ入れんじゃん」

「今何点決めたよ」

「スリー3本だから、9点?」


 スパッとネットを潜る音がコートに木霊する。安藤は自身の真面目な性格が表に出て、シュートが決まった瞬間小さくガッツポーズをした。

 それをベンチ前で腕を組みながら見ていた桐谷は称賛の拍手をコートに向ける。


「いいぞ安藤! 自分の間合いで打てるならどんどん打っていけ!」


 水咲側のベンチに座る男。コーチの桝田一颯ますだかずさは、手を叩きながら大声で鼓舞をし、連続得点をしてコート上を暴れまくる安藤の姿を見て目を細める。


 シュートタッチが凄くいいときは、ゲームで言うボーナスタイムのように爆発的にシュートが入る時間帯が突然訪れることがある。逆に絶望的に入らないときもあるが、それが、シューターという生き物だ。

 桝田は、シューターであった自身の経験上。今の安藤のシュートタッチの状態はすこぶる良好であることが分かっていた。


 ――恐ろしいぐらいに自分でも分かる。今日はどこから打っても入りそうな感覚だ。


 それは当の本人である安藤も自覚していた。走りながら、どこか不思議な感覚だと、自身の手のひらを開いては閉じを繰り返す。

 水咲に流れがいきかけたそのとき、筑波凛城つくばりんじょう側がタイムアウトを取り、一度試合は止まる。しかし、試合展開はそれほど変化なかった。


 続いて第2Q。2分ほどの休憩時間を挟んで行われた。

 第1Q同様、点の取り合いとなるかと思われたが筑波凛城つくばりんじょうが仕掛けてくる。


 現時点で水咲の主得点源である安藤へボールが渡った瞬間、1人に対して2人のディフェンスがつくダブルチーム。


「筑波って、別に身長高い奴多くないんだけど前から当たってくるディフェンスの圧やばいよな」

「あの5番の3年PGに付かれるの嫌だわー。しかもあいつ国体選手じゃん。水咲の12番朝比奈は1年のわりによく持ってる方じゃね?」

「あ、またパスカットだ」

12番朝比奈のところでターンオーバーされてばっかじゃん」

「なーんで9番安藤に固執するかね、他のところで点取りゃいいのに……」


 今までの試合の均衡状態は爆発的に点を決めていた安藤のスリーが高確率で決まっていたから成り立っていた。しかし、朝比奈ー安藤間でボールが渡らない状態となった今。試合は徐々に点差が離れていき、筑波凛城つくばりんじょう側へ流れが徐々に傾きかけていた。点差が2桁になったそのときだった。

 白橋から少し雑になってしまったパス。本来の安藤であれば、自分である程度予測しながらしっかりとキャッチできるボールだったがファンブルしてしまい、コートへ弾かれた。結果的に、相手がボールを触ったため、水咲ボールとなる。


「安藤! すまん!」

「……わりぃ大丈夫だ。次は何とかする」

「お前……」


 すれ違いざま何かを言いかけた白橋だが、安藤の様子を見て口を結んだ。安藤の顔全体には、滝のような大量の汗をかいていた。

 少しでも立ち止まると、安藤の輪郭に沿って汗がコートに垂れる。


 ――どんだけ汗かいてんだよ。まだ前半終わってないぞ……?


 すぐさまリスタートを切った水咲側のオフェンスだが、明らかに安藤の動きが一気に重くなったように見えた桐谷は、オフィシャルに一度タイムアウトを要求する。


 第2Q、残り5分になろうとしていたときであった。

 味方が安藤へ渡そうとパスしたところを相手にパスカットされ、速攻によって相手チームに点が入る。


「タイムアウト、青!」


 選手がベンチに戻ってくる最中、桐谷の表情は固いままだった。自身の想定より遥かに速い筑波凛城つくばりんじょう側の対応と安藤の体力の消耗の速さを見て、思考をフル回転させる。


 安藤を潰してくるとは思っていたが、ここまでとは。


 水咲の得点源は、現在のスタメンだと外のスリーポイントを決める安藤が最上位に入る。今までの戦績を見ても、その事実は変わらない。

 次点にオールラウンダーの須田、水咲のゴール下の番人である路川のインサイド陣だ。ここに海堂が今後入ってくるだろうが、現在彼はベンチに座っている。

 それほどにここ数週間シュートタッチが好調である安藤のスリーは、最早水咲にとって生命線に近いものだった。


 桐谷もそれを理解していた上で、現在の水咲というチームは未完成の未完成に近い中、当初の予定として前半は安藤を中心にガード陣のアウトサイドからの点を取ることと指示を出していた。

 試合展開を占う安藤のスリーが、水咲ベンチどころか会場にいるほとんどの人間の想像を超える結果をもたらしたわけである。


 ――予想では、前半で点差を20点以上開くと思っていたが何とか15点前後で喰らいついている。そこは良い。だが、問題は……。


 選手に残り5分でやる役割を説明しようと、ベンチに座った試合に出ていた5人の前に座り、見上げる形で顔色を観察する。

 ぜぇぜぇと肩で息をする安藤と、済まし顔だが首どころか後ろ髪を縛っている毛先からも流れる汗が尋常じゃない朝比奈。彼らの体力の消耗は激しかった。


 安藤の体力の消耗については、そのはず。今まで安藤は、バスケの競技人生のなかでダブルチームを経験したことが無い。


 ――まさか俺にダブルチームかよ。


 安藤は思わず苦笑いが溢れる。自分自身が相手チームにとって脅威となった自覚がなかったのである。前回の新人戦ではベンチ登録されたものの、試合出場はなかった。同学年の海堂はスタメンとして出場していたが……。

 そんな彼が今では強豪チームに危険視されるような存在となった。それが安藤自身、急成長したことが伺える。


 ――嬉しい誤算だな。まさかあの安藤がこれほど点が取れるような選手になるとは。


 これには桐谷もにっこりである。表情は表には出さないが。

 まだ2年に上がって間もないとはいえ、安藤という男は責任感が強い。それに加え……。


「監督、俺……まだやれますよ」


 負けず嫌い。

 去年度は試合に出られなかった分、今年度に入ってから気合の入りようが段違いだ。実に頼もしい限りである。


「いや、お前は一旦交代だ。後半また出すつもりだからベンチで体力少しでも回復に努めろ」

「……はい」


 安藤の不機嫌な様子を隠さない様子に、どこかの誰かに似ている気がして桐谷は苦笑いを隠せない。すると選手の後ろで細かいところの動きのアドバイスをしていた桝田と夜野が揃ってくしゃみをした。

 桐谷が声をかけた先、ベンチメンバーの後ろ側で立っていたある人物に視線が向けられた。


「内山、出番だ」

「……はい!」


 そしてその場でかけられた作戦は安藤のポジションに内山を置き、ツーガードとして起用するとのことだった。

 

 典型的なバスケのオフェンスの陣形は、1人のPGとウィングと呼ばれる外や中の点取り屋であるSG・SFが2人。中で勝負するPF・Cの2人というのが、ほとんどのチームで在り来りのように近い陣形だ。


 では、ツーガードとは何か。簡単に言えば、他ポジションを1枚減らす代わりに、ボールをコントロールするPGが1枚増やすことでPGの2人でボール運びやパスの動きをコントロールするという形だ。


 桐谷は、これが最善策では無いのは分かっていた。それでも、今の状況に変化が欲しい。それに加え、現状朝比奈にかかる負担を軽くするにはこの方法が有力だと思った。ここ数日の調子が不安定とはいえ、内山は元々周りの状況を伺いながら落ち着いたプレーをすることができる。攻撃権ポゼッションが速くなってきているため、試合のゲームチェンジャー要員として期待している。


 試合は再開し、ダブルチームの矛先は朝比奈へ向かう。しかしガードが2人というのもあり、内山へボールが渡り、そこから須田・白橋・路川とインサイド陣へボールが回る。

 第2Q前半の得点が停滞していた時間に比べると点は取れるようになる。



 気が付けば前半を終えるブザーと共に、メインタイマーは0を表示していた。


第2Q 0:00

筑波凛城 水咲

 44   25



 ――しかし点差は一向に広がり続けた。


 10分間のハーフタイムに入り、各チーム控え室に戻る最中。桐谷が隣にいる桝田に対して、選手に聞こえない程度の声量で声をかける。


「――後半は白橋下げて、海堂でいく」

「まぁいいんじゃねぇの? 白橋はよく持ったほうだとはいえ、あそこから点取られ始めているし」


 手を打つ要素が2つあった。

 

 まず最初に白橋がマッチアップしている相手のディフェンスだ。前半終えた今。五分五分どころか、列記とした差になりつつある。

 しかしこれに関しては仕方がない。本来であれば実力的にエースである海堂が付く相手のため、正直なところ現在の白橋の実力では荷が重いと言わざるおえない。それでも白橋を前半出し続けたのは、本人の経験を積ませる事。あといい加減にざるなディフェンスを直すための荒療治でもあった。……それは試合中叶わなかったが、今後の糧となってくれることを信じるしかない。


 そして、桐谷はここ数日の練習だけで海堂を試合に出せるかの状態かが判断できず、もし出すなら後半からと決めていた。

 

 次に外からのシュート、所謂アウトサイドシュートの得点だ。安藤がコートにいなくなった途端、パタリとスリーポイントのアウトサイドのシュートを打つ本数アテンプトが減ったのだ。

 決めるどころか、打つことすら出来ない。それは、内山と朝比奈2人のPGに対するディフェンスが影響していた。


 ボールを持つ選手ボールマンに対してのディフェンスの圧。彼ら2人についているディフェンスとの身長差のミスマッチはそこまでないものの、実際に内山と朝比奈がボールを持った際、相手は少しでも接触すればファールになるぐらい、攻めに攻めたディフェンスで彼ら2人の足元にまでピタリと付く。

 そんなディフェンスが沼のようにハマり、PGの2人は他3人のメンバーにボールを渡すか24秒になる前に無理やりシュートを放つ選択しか出来ない。

 朝比奈に至っては、今までパサーとして動いていたのもあり、シュートの前にパスの相手を探してしまう。この数日でその癖は直るものではない。桐谷から指摘された際に、朝比奈は苦虫を噛み潰したかのような表情で返事をしていた。

 本人もそれは自覚しており、この試合でシュートを打つか否かの一瞬のシュートセレクションの難しさを痛感していた。


 判断が遅れるとすぐさまボールをカットしてくる。何とかボールを保持しようとするも、今度は24秒のバイオレーション。

 水咲にとって、第2Qは流れの波に乗るに乗れない5分、いや10分間を過ごす事になってしまった。


 点差が離れてきている中、水咲にとって点差を縮めるにはスリーポイントシュートが必要だ。桐谷は脳裏に過ぎったのはある存在だった。


「なぁ、やっぱり今日の試合に夜野は出せないのか。一颯かずさ

「……少なくとも本人は試合に出る事に対しては意欲的だよ」

 

 安藤と同じポジションである夜野。


 外からのシュートをメインとしている安藤のプレースタイルと違い夜野は外から中からと、どちらでも点を決められる。本人が桝田からの教えを中学3年の引退後から高校入学の期間中に何度か対面で受けていたのもあり、高校入学から以前よりスリーの確率も良くなってきている。

 桐谷は元々1年とはいえ、経験を積ませるのも含めて朝比奈と同様にこの試合に出場させ、後半に出せるなら出そうかと考えていた。

 それを前日、桝田に伝えたところ渋ったのである。そのため今もこうして桐谷は夜野へGOサインが出せずにいる。


 ――試合中、すっごくこっち見てくるんだよな夜野……。凄い試合出せオーラを背負ってるし。


 おそらく安藤のプレーに感化されたのだろう。負けず嫌いな彼は、第1Qからずっと桐谷へ念を送っていた。


「今の状態で俺は夜野あいつは不安要素しかない。だから、本人にも昨日伝えてる」

「なぁ、一颯かずさ。正直に言う。一生徒、一選手にしては過保護すぎると思うぞ。なら、夜野アイツは大丈夫だろ」

「それは今まで練習だったからだろ、試合でも再発したらどうすんだ」


 桐谷と桝田の2人が、これほど揉めている理由はある事を知っているからだ。


 ――夜野達也は、イップスを抱えている。

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