☆第25Q ゲームセット

 ――落ち着け、落ち着け。


 チームBのPGポイントガードである内山は、自分にそう言い聞かせるものの内心焦っていた。


 まだ2分もある。そんで攻撃回数ポゼッションは多くて3回、少なくとも2回はある。6点差なら、スリーを2回決めれば同点にまで持っていける。落ち着いて1本ずつ返せば大丈夫。そう、思っているのに。


「あれ、来ないんですか」

「……そう言って馬鹿正直に挑む馬鹿がいるか」

「ちぇっ」


 この試合通じてやり辛いと思っていたとはいえ、さっきのプレーから何か変わったように見える。それが僕に一番圧し掛かってくる。


 唇をワザと尖らせている朝比奈。そんなおちゃらけた様子とは裏腹に内山に対するディフェンスはピタリと何処へも行かせないといわんばかりの圧。内山は顔を歪ませながら自身がずっとボールを持つのは不利と判断し、夜野へボールを渡す。しかしその後も夜野から石橋、石橋から江端や白橋と他メンバーのところで攻めきれずトップにいた内山へボールが戻ってくる。その間、ショットクロックの24秒だけが進んでいた。


 「内山さん、残り3秒です!」


 夜野がそう言うのを耳にした内山の表情は、目の前にいる朝比奈でも焦りの色が目に見えるほどに顔が歪んでいた。


 分かってる。分かってるんだよ。動きたくても動けねぇんだよ。朝比奈ディフェンスを剥がせないんだよ……!


 上下左右にボールを動かしながらその場で内山はピボットを踏む。それでもパスすら出せない、ドリブルができない、隙が生まれない。だが隙を見せた瞬間に確実にボールを取られると内山は確信していた。


「あの2人の空間だけ異様な集中力だな、でも時間的にそこから打つしかないぞ」

「いや、内山は確実な方法で点を狙いに行くはずだ。安定志向な本人の思考的におそらく――」

「まぁそうかもだけど……」


 桝田の言葉に反応したのは桐谷だった。桐谷から続けられた言葉に思わず桝田は目の前で行われている攻防戦の人物達に同情した。


 今からスクリーンで壁を置いても時間切れ。なら無理やりにでもシュートを打つか? いや、僕は安藤や夜野ほどスリーの確立が良くない。なら、ペイントエリア近くまでドライブでミドルから打つしかない!


 思考時間は短く。内山は右へ行こうとするフェイクの動作をすると姿勢を低くし、左からドライブを仕掛けた。


 ダン、ダン!


 自身がボールを体育館の床に打ち付けている音だけが内山の耳に入っていた。しかし背筋が凍る不気味な空気。まるで獣と対峙しているかのような恐怖。確実に前に進んでいるはずなのに、何処か後退している不思議な感覚。


 あれ、なんで抜いたはずなのに目の前に朝比奈こいつがいるんだ? いやそれ以上に感じたのは。


 ――喰われる。


「ッシィ!」


 バチィン! と大きな音を立てて朝比奈がボールを弾く。


「速攻!」

「ディフェンス! 戻るぞ!」

「行けェ!」


 互いのチームのメンバーが声を出す。




 目を見開いて呆然とした表情を一瞬見せるも必死に朝比奈を追う内山。





「内山さんがターンオーバーするなんて……」


 前岡は女子マネージャーである小澤の凛とした声に一度胸を抑えようとなるが、今は練習中だと意識をコートに向ける。すると、隣でハンドリングの練習をしながら試合を見ていた高橋が練習を止めてボールを脇に抱えた状態で「なぁ」と声をかけてきた。


「朝比奈、なんか動き良くなってない?」

「ふっ……奴は神に祝福されたようだな」

「ああうん、なんか言いたい事は分かるけどさ。けどすぐあんな感じで変わるもんなのスポーツって」


 かっこつけようと前岡はいつもの口調で己の銀髪をシャンプーのCMのようにかきあげる。その姿は女子生徒が見れば黄色い声援間違いなしと言わんばかりのプロポーション。だが腐れ縁である高橋は前岡の本性を知っているのもあり、お前の口調は糞ほどどうでもいいからはよ質問を返せと言わんばかりに「ほら」と返答を催促してくる。前岡はそれを見て口を開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返した末。


「……さぁ?」

「おい……」


 肩を窄める前岡にしかめっ面な高橋。それをものともせずに前岡は続ける。


「俺も似たようなことはあったよ、陸上で。初心者の中、下手なままだったけどある日の練習で何と言うか『一皮剥けた』ってああいうことなんだって出来事が。……少なくとも、さっきの試合中にきっかけが朝比奈にあったって事だろ。ほら、些細なきっかけで人は変わるって言うし」

「ふーん。……ところでお前、口調戻ってるけどいいの?」

「ハァウワッ!」

「うわうるさっ」


 恥ずかしそうに大声を出す前岡に耳を押さえる高橋であった。




 

 チームAは勝っている状況。むやみやたらに攻めることはしない。24秒使い切るようにボールはチームA全員にパスが回され、Cセンターである路川にボールが渡りコーナーに立っていた安藤にパスを外に出す。いや、出そうとした。


「誠に勝手ながらお邪魔しますぅ!」

「げっ石橋……!」


 背後から現れたのは石橋。安藤はそれに反応できず、路川に渡ったパスはすぐさま石橋にスティールされる。そのシュートは一度、外れるもオフェンスリバウンドを取ったCセンターの江端から丁度ディフェンスがいなかったフリーの夜野へ渡る。


「うぇーい、ナイッシュ」

「江端さん、ナイスリバンからパスです」


 そう言いながら笑顔でハイタッチをする2人であった。



残り時間:0:55


チームA    チームB

  20       17




 試合はその後、互いにシュートまで持っていけずに最後にボールが渡った先は、夜野だ。スティールした内山から渡されたボールが手に収まったのが残り4秒。位置がハーフライン。時間的に考えてもドリブルを一突きしてシュートする時間は残っている。だが、夜野自身の距離感と今までの経験上それが出来ても距離が明らかにスリーポイントラインから遥か遠いのは分かっていた。


 ――成功率少ないけどやるしかないか。つか、安藤さんに負けたくねぇし! 何あの人今日の試合で何点取ったんだよ!


 内心、とても荒ぶっていた。それどころか安藤に対して怒りをあらわにしていた。


「チッ」


 打った自身が一番分かる。軌道が明らかにリングからズレた。これは入らない。



 ビィーーーーーー!



 タイマーの音が鳴る。それと同時にリングとボールが当たる鈍い音が体育館に反響した。その音は、試合が終わったことを告げるものだった。


 コートに立っていた人達は立ち止まり、髪、顔、手足からと全身から吹き出す汗を邪魔くさそうに自身のTシャツの襟で拭く。そして自然とハーフコートライン近くにチーム毎並ぶ。


「あざっした!」

「あざっした!」



最終スコア


チームA    チームB

  20       17

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