☆第9Q 朝と夜のはじまり

 朝比奈は、ディフェンスが2人つくことダブルチームにだろうがお構いなしに、間を割ってハーフコートまで淡々とドリブルをつきながら進む。しかもそれを驚く気配もなく、無表情でだ。思わずロボットかと思うほど正確な対処方法でディフェンスを抜くものだから。全国レベルの技術が見て取れる。


「おい、こっちだ。こっち寄こせ!」


 手を上げて声を出しているのは、先ほど突っかかってきた新入生の1人。朝比奈は、見えてはいるのだろう。PGポイントガードにとって、視野は他選手以上に必要とされるものだ。首を振らずに、様子を窺うように周りに視線を配る姿を何度も見た。しかし朝比奈は、おそらく、いや絶対あいつには出さないだろうな。


 後ろには、ディフェンスが1人。だがもう1人寄っている。決して身長が特別高いわけではないため取られる可能性が高い状況の中で、ディフェンスが密集しているところに出すのは愚策だ。そして何といっても、相手側がボールを持てばすぐにダブルチーム。徹底されている。


 試合は1人でやるものじゃない。だからこそ、味方の4人。いやコートにいる10人の動き。コート上に生まれるスペース。全てに意識を向ける必要がある。今はどこが空く、どこからなら点を取れるチャンスが生まれるのか。その状況に合った判断を出来るのがPGポイントガードの役割の1つ。朝比奈は、手元のボールを取られないように維持しつつ、コート全体の状況把握をしているのか。


「リバン!」

「よく取った銀髪ノッポ」

「ふっこれぐらい造作も――」

「はよボール回せェ! 前岡ァ!」

「はいはい」


 コート外からの声にやれやれと言いたげな前岡は、ボールを朝比奈に雑だが手元にちゃんと届くようなパスをする。それを受けた朝比奈は、一度仕切り直しだとコートの中央付近にまで立ち位置を広げた。


「なーに新入生にリバウンド勝負負けてんだ」

「まあまあ主将落ち着きなよ、アイツ今日もいないし。あと初心者とはいえ身長差で取られちゃうのは仕方ないよ。次は取るぞ」

「ったく……」

 

 色んな声がコートで飛び交う。

 

「残り時間30秒ー」


 審判の女子マネージャーの先輩の声がコートに響く。24秒タイマーショットクロックも見ると、残りは13秒。先ほどリングに当たったため、14秒にリセットされたこともあり再びオフェンスができる時間。試合時間は1分もないが、再び13秒以内にリングに当てるなどしなければ、24秒ルールショットクロック・バイオレーションで強制的に相手ボールとなってしまう。


 時間が迫ってきているときにいつも思う。バスケは時間に縛られているスポーツなのだと。

 

 丁度ノーマークになった俺に他の新入生からボールが回ってくる。ドリブルをつきながら細かく左右に揺さぶる。よし、抜け――


「あっぶな!」

「おいおいおい、さっきまでそんなことしなかったくせに成長速すぎだろ」

「うおっ」

 

 ダブルチームの対応早っ! 思わずボールを朝比奈に戻した。再びダブルチームが朝比奈の方に行く。ピタリと、抜かれた側のフォローがすぐに来る当たり、決して侮っていたわけではない。そして上から目線というわけではないのだが、それでも流石県大会レベルまで行っただけある。けれど収穫はあった。

 

 ――ズレは思ったより簡単にできる。


「こっちだ!」

「初心者のあの長身銀髪より、あの1年PGポイントガードに優先的にダブルチームつけ!あいつさえ捕まえれば、点はこれ以上取られない!」

「全体的にマーク、今以上にボールマン寄るぞ」


 だがそうこうしているうちに、時間も徐々に過ぎていく。俺たち新入生側が不利な点の多い中、有利な点を挙げるなら初心者といえど味方と相手の中で一番の長身である前岡という存在とボールを保持している間ダブルチームでも中々取られることがない朝比奈だ。

 

 一瞬。ボール1つ通るぐらいのスペースが前にできたとしても。少しでも早ければ取り損ねるファンブルか取れずに終わるか、少しでも遅ければ相手にボールを取られるかもしれない。だが相手であるパサーはあの朝比奈アシスト王子だ。何とかなるかもしれない。


 一度、目線を朝比奈に向ける。視線がかち合ったように感じた。


「お前は、ただ速いだけの元中坊。止めるのは……容易いぜ、ルーキー!」

「ははっ。そんなの――」


 相手のディフェンスのマークが付いている? そんなの関係ない。急停止、とまではいかないが速度を9割から7割まで落とす。そして軸足である右足に体重を乗せたをする。それだけで、相手せんぱい。それを逆手に左側、コート中央へ走る。


「あいつ何で」

朝比奈あいつダブルチームなのにわざわざそっち行く?」


 朝比奈の後ろへ回る。それと同時に、朝比奈は一度左にドライブを仕掛けるフリをし、ダブルチームをかいくぐってペイントエリアに侵入した。

 

「決めろよ」

 

 ――うるっせえ。わかっとるわ。

 

 朝比奈がダブルチームの間を抜く直前。丁度すれ違いざまに言われながらも、顔と視線はゴールに向けられたままワンハンドで後ろにいる俺にパスを出す。背面ノールックパス。やっぱすげえよ朝比奈こいつ。そう思いながら、パスは綺麗に手元に収まった。


 時間が止まった気がした。

 足元のラインを見る。丁度、スリーポイントライン。

 前どころか、周りにディフェンスがいない。朝比奈がディフェンスを引き付けたからだ。

 時間もない。24秒タイマーショットクロックの画面に映された『1.5』と視界の端でとらえた。


 ――今なら打てる。


 屈伸のように膝をゆったりと曲げる。左手は添えるだけ。右手はゴールに向かって。不思議と力みと手の震えはなかった。

 

 目の前にはオレンジ色のリングがよく見えた。手から離れたボールは、我ながら綺麗な放物線を描く。高くもなく低すぎることもない。そんな放物線。どこにも当たることなく、ただ回転がかかったボールがネットに擦れる音。直後。

 

 ビィーーッ!

 

 けたたましいブザーが聞こえた。24秒タイマーショットクロックが『0』になっているのを横目に見ながら、ディフェンスに戻る。

 

 

 あの日見たブザービーターに憧れた。だから何遍も練習した。この機会は、今日だけじゃない。今後もきっとあるだろう。

 

 ――だがらこれは、その一歩だ。








 


 

――――

 






 


 

「試合終了ー」


 感情の載っていない棒読み気味な審判である女子の先輩の声とメインタイマーのブザーの音で試合が終わったのだと改めて実感する。

 

 あの後、俺のシュートが決まってすぐ先輩達が攻めてきたが、残り時間13秒。何とか速攻されることなく。ゲームを終えることができた。

 久しぶりのゲームということもあり、ゲーム勘が鈍っていたのも事実だ。……というか俺、中学はそんな試合出てないしな。自分で言っていて悔しい事実ではあるが。

 

「なんだ、出来んじゃん」

「うっせえ。あと最後――ナイスパスだった。サンキュ」

 

 すると、たまたま近くにいた朝比奈はそう言いながら通り過ぎようとするので思わず背中をポンっ、と叩きながら感謝の言葉を伝えた。それに驚愕した朝比奈の顔。そんなに嫌かい俺が。結構ドン引きみたいな顔なんだが。


「――は?」

「パス貰えるだけで、有難いから」

「……パスなんて、当たり前にもらえるじゃん。ちゃんとやれば」

「うるせぇ、貰えるもんは全て感謝するんですー! 俺は!」

「その俺はって言うのは、僕は言わないみたいな言い方じゃない?」

「だーれもそうは言ってませんが?」


 おそらく朝比奈と考えていることは一緒だろう。「あっこいつ気が合わない」と。なので心の中のヤンキー(冗談だが)が出てくるのも仕方がないのだ。

 

「「あ?」」

「いやいや、メンチ切るなメンチを。新入生同士なんだから仲良くしようぜ? なっ?」

「「メンチ切ってません!」」

「仲良しかよ……」

「グッドだぜ夜野ちゃん、どんどん良い感じに治安悪くなってるぜ……」

「いや君も何言ってん?」


 言い合いをしていると、主将である須田さんが「どうどう落ち着け」なんて言いながら場を収めようとしてくれている。あと石橋聞こえているからな。あとで覚えておけよ。そんなコート上が混沌となる中、ゆっくりと近づいてくる人がいた。


「結構賑やかじゃん」

 

「こんちはー!」と部員の声が所々上がってくる中、「よっ元気か」なんて会話で先ほどの空気が霧散する、とまではいかないが空気が変わる。しかしその声の持ち主の人物を俺は知っている。丁度言い合いしていた俺たちの近くに来るので思わずその人物の方に指を指して言った。


「桝田さんじゃないですか」

「そこはせめてって言えよ。弟子」

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