高校・関東大会地区予選編(2022-)

第6Q 再会

 数日前におろした制服である学ランは、シワひとつない。入学式を終え、数日前から授業も始まっている。水戸駅から自転車で通学するのも慣れてきた。ただ、駅の改札を潜る度に市外に出た実感と水戸駅北口の『いちょう坂』と呼ばれる坂は未だに慣れずにいる。地下にある駐輪場から上がってからすぐ真正面にはそれなりに急な坂、それが『いちょう坂』である。ある意味、水戸に来た学生や社会人への登竜門のようにも感じた。

 

 クラスの雰囲気など中学から特別に違う感覚はあまり無く、特段1人か2人騒がしい奴がいるわけでもない。流石『文武両道』を掲げているだけある。特段珍しいことなく1日の授業を終え、ホームルームが始まる鐘の音が黒板の上にあるスピーカーから流れた。そして担任の先生が業務連絡後には「じゃ、今日から体験入部期間になるから気になったところがあれば行くように」の言葉を最後に、「起立、礼」と日直が続く。椅子を引く音。ガヤガヤと、ここ数日で仲良くなったのか話している声。どこかへ急ぐ足音。一気に教室内には音が充満していた。


「あれそういや夜野って部活決めた? サッカー部どうよ。行くなら一緒に行かん?」

「わりぃ、俺。もう部活決めてるんだ」


 机が前後と言うこともあり、それなりに会話する仲になった同級生に対して笑みを浮かべつつ、ぴょん、とその場でスキップに似たステップで跳ぶように歩き出した。今日の授業も終わり、放課後となった今。気持ちは晴れやかで心が浮き立つのを自身の足から感じた。リュックを背負い直しながら走る……のは校則違反なので早歩き。気分は競歩の選手だ。手にはバッシュケースも忘れず、向かう先は1つ。――体育館。胸の奥が炎で焼かれているかのように心音が、じわじわと浸食していく。そんな中、声を突然声をかけられる。

 

「よっ」

「うわ、石橋」

「そんなに急いでも部活逃げないだろ、うわって言葉傷つくわ」

「うっせ、別に急いでるわけじゃねぇし。あといつもわざと驚かして反応見るのやめろ」

「悪いがこれが僕のコミュニケーションなんで無理だな」


 そう言いながら、目の前のアイツは腕をクロスして大きくバツを作る。少し短髪気味の黒髪が、目の前の本人の表情とは程遠いほど外にハネている。それほど無表情なのだ。だが視線を下に向けると、肘に引っ掛けられているあるものに注目する。彼が以前から持っている見慣れた黒を基調とした緑のラインのバッシュケース。思わず、無意識に少しだけ口角が上に歪んだ。


 石橋伸宏いしばし のぶひろ。目の前の彼に対して、最初は何を考えているか分からない奴。中学3年間一緒というほどでもないが過ごしてみても、掴みどころがないが情報通と不思議な人。本人がかけているウェリントン型の黒縁眼鏡が、よりミステリアスさを助長している。まあ今のところそんな感じで落ち着いている。そう、例えばこんな風に。


「そういや山田、高校の部活野球らしいぞ」

「は、アイツ。野球かよ」

「前に聞いた話。小学校はサッカー、中学はバスケ、高校は野球って前から決めてたらしい」

「いや、色々やりすぎだろ。あとスポーツのジャンルが全部違うし」

「全てはそう、モテたいがためとのこと」

「……いや欲望に忠実か?」

 

 独特な口調で語られる情報に思わずツッコミを入れざる負えない。……こんなやり取りも以前は3人だったな、なんて感傷に浸ってしまう。たまたま俺と石橋と山田の3人とも進学先が一緒だったという偶然。決して、どこの高校に行くのかなんて互いに合わせることがなかった。そのため校内で行われた県立の受験直前の集会時に知るという状況になったわけだが、山田は野球部という事実を聞かされた身である。目の前の石橋に対して平常心に見せつつ心のどこかで一緒にまたやれる気がした、ちょっとした気のせいを胸の奥底に押し込めた。

 

「というか、水咲うちって野球結構強いらしいじゃん。大丈夫なんかね?」


 ここ『県立水咲高等学校』は偏差値も50より少し上で、部活も県内で強いところが多いらしい。そんな中でも、野球とサッカーを含め何個かの部活は私立が台頭してきている世の中で中堅から強豪を行き来するぐらいには強いと聞く。その中に入る勇気が凄いと思う。俺だったら流石に無理。

 

「さあ知らん、僕を置いてった坊主なんて知らない……。うっ……」

「嘘泣きやめろ? ここ廊下だからな?」

「全てはそう、あの坊主頭のせいだ……」

「今すぐこのめんどくさいお前を段ボールに入れて、放置して誰かに引き取ってもらいたい」


 目を覆って、両膝を床につく姿を見て思わず扱いが雑になる。まあ隙あれば坊主頭を触っていた石橋にとっては、落ち込む理由としてあり得るだろう。しかし、わざと人通りが多い廊下でやっているため達が悪い。そして、すれ違う同じ新入生からの目線が痛い。

 

「大丈夫だ、僕は猫にもなれる。安心して段ボールに入れるがいい」

「山田ァー!」


 間髪入れずに叫ぶ俺にまたもや周りの視線が集まり、冷や汗がどっと吹き出た。数分前に相変わらずの坊主頭である山田とすれ違いざまに「おっす、おらは今から体験入部しに行ってくるど! アディオス☆」と言われ、グラウンド方面へ向かったのを知っている。先ほどの情報が正しければ野球部へ行っただろうと分かる、なんなら呼んでもここへ来ないことも。分かっているんだが……心の頼みの命綱となってきている。


「行こう、全てはにゃんこのために」

「お前の思考回路と情緒がいつも分からねぇよ、……助けて山田」


 今は無き山田の存在が恋しい。死んでなどいないが。馬鹿でもツッコミは必要なものだったのだと、改めて気付かされた。どことなく窓の奥の空を見上げれば、かっこつけた山田の顔が写っている気がした。この目の前の暴走機関車の脇を持ちながら引きずってでも体育館へ向かおうとする。


「馬鹿どもー、廊下で遊んでんじゃないよ」

「なつめ」

「立花ちゃんじゃん」


 そこに 腰に手を当てて、こちらを見ているのは立花なつめだった。「よっ」といつもの調子で手を上げてながら、この謎の空気に物怖じせず近づく。歩きに合わせてあの去年の6月頃の短い髪に比べると肩まで伸びたダークブラウンの髪が、毛先1つ1つがふわりふわりと揺れる。彼女に気づいた周りの生徒は廊下の端に何故か寄り始める。その姿はまるで、モーセの海を割るあのシーンを見ているようだった。そんなことが目の前で起こっているというのに、なつめ自身は気づきもせずキョロキョロと、まるで忘れものを探しているかのように辺りを見回す。

 

「水咲って女子バスそれなりに強いから来たんだけど、君らも高校でバスケするのね」

「ほー、ここって女子バス強いのか」

「まあ、県央だとここと隣の女子高が強いらしいし」

「女子高に行かなかったのか? そっちの方が強いだろ確か」

「女子高の女子に夢を持ってはいけない、……いいね?」

「「……ウィッス」」


 面構えが違う。普段のぼやーっとした顔が、心なしか画風が違う顔のようにも見えた。女子の生態はよく分からないが、単純に同じ女子同士ならそっちの方がいいのではという思いも込めて聞いてみると、その圧に気圧され、反射で返答をする俺たちだった。「そういえば」と、なつめによって話題転換される。


「1人足らない気がするんだけど」

「……山田なら、野球部行くらしい」

「えっ、うち野球部強いのに大丈夫なの」

「それ夜野ちゃんも言っていたけど、仲良いねお2人さん」

「おい毎度ながら、ちゃん付けで呼ぶな」

「いいじゃん、夜野ちゃん。嫌、NOやーのーって聞こえるより」

「ツッコミどころ満載なんだが? あとそう考えるのはお前だけだ」


 しょうもないことをいうなと、俺をちゃん付けで呼ぶ石橋に対して夜野チョップを脳天にお見舞いする。しゃがみ頭を抑えながら悶絶する姿は見なかったことにした。

 

「えっマジ? たっちゃんも言ってたの」

「……言ってたな」

「真似すんなよー」

「いや理不尽すぎない!?」


 「真似をするな」と脇腹を肘でちょっかいをかけてくる、なつめに対しての理不尽さに思わずまた叫んだ。そんなやり取りをしながら、体育館へと繋がる渡り廊下を歩くのだった。

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