第3Q バスケをする理由

第3Q バスケをする理由

「あー、おつかいならぬ人つかい?なんだけどね」

「……謎の組織の勧誘ですか?」

「いや流石にそれは……違うと思いたい」


 はは……と、そらし眼かつ自信なさげに言うこの目の前の男性に対して何というか。今の俺の気持ちを読める人間がいたら絶対に、大丈夫か? この人という言葉が頭のてっぺんに浮かんでいると思う。


「まあ、ちょっと親戚のおっちゃ……おじさんがさ。高校でバスケ部の監督やってて、『知り合いの監督がよ、部員が中々集まらないらしいから中学生の試合見ていい奴探してこい、後いい加減ダンゴムシみたいに丸まってないで家から出な』なんて言うからさ」

「言い方がまるでドラマとかで見る典型的なニートと親のようなやり取りされてらっしゃる……」

「……いや数年前までちゃんと働いてたからね?そんな哀れみを込めた目で見ないでくれる!?」


 両手で口を覆いながらそういう俺と、わたわたと手をあちらこちらと動かし明らかに焦っていますと分かる目の前の男性。いや、明らかにその言い方だとそう思われて当然では。そんで今この人、おっちゃんと言おうとして言い直したな。

 

「ってか、君。見たことあるなって思ったらあれじゃん、ルーズボールでハッスルしてた子。怪我とか大丈夫?結構ぶつかってたけど」

「あっはい大丈夫っす……」

「そっか、よかった」


 ほっと、息を吐く目の前の男性。うん分からん。正直、よく知らない初対面の人間に対してこんなに心配するだろうか。正直バスケは接触が多いスポーツなので怪我するのは当たり前とは言わないが多い。何ならシュートのときに吹っ飛ばされるなんてざらにある。あれか?小さい子が目の前で転んだときにビビるあの感じなのか?なんて脳内の石橋バシペディアに聞いても「へー、そうなんじゃね。知らんけど」としか言わない、本人が例えここにいたとしても同じことを言っていた気がするので勝手に石橋の株を下げておく。

 

「――君、今バスケ好き?」

「まあ……はい」


 別のことを考えてたせいか、一瞬何を聞かれたのか分からなかった。

 

「……そう、ならよかった」

 

 なんか凄い聞いてくるな……という印象を受けた。どっかの記者か何かなのだろか?だとしても、こんな田舎の市内大会に来るなんて酔狂な人もいるもんだなと俺は思う。だが、その考えは一瞬で吹き飛ぶ。目の前の男性が、探るとは程遠い表情でじっと俺を見ているようだった。

 

「もう1つ聞きたいんだけど、バスケをする理由とかってある?」

「はぁ、理由ですか」

「そう。例えば競技が好き、シュートが好き、チームが好き、漫画を読んで憧れてとか、後はモテたいとかあるじゃん」

「はぁ……」

「君、ってどういう理由でやってるのかなって」

「……まあぶっちゃけ、今さっき言ってたような動機でやってる奴らは同年代でも多いと思います」


 世間的には確かにそういう人が多いよな、という気持ちを込めて少し口に出した。目線を下に向ける。少しずつ日が落ちてきていることもあり、照らす街灯でより黒い影がじわりと足元に浮かんでいた。まるで影が自分の気持ちと共鳴しているみたいに。

 

 ――何のために。


 この問いは生きていく上で簡単なようで難しい問題だ。行動するということは、必ずしも理由が存在すると世間は考える人がいる。例えば自由奔放な人がいても、本人が自覚していないだけで無意識に理由は存在するかもしれないし、いないかもしれない。それだけ、人は他人にも理由を求める節がある。まだ10代の俺でもそう感じることは多々ある。家で、授業、部活、試合どこでも『何のために』という言葉が見え隠れしている。

 

 テキトーな理由を喋ってもいい気がしたが、それは違う気がした。


「……最初俺は友達がやってるからやってたんですけど、小6か中1のとき、たまたま地上波でプロの試合が見れたんです。そんで最後の4Qの残り4秒」


 あの光景を今でも覚えている。テレビ越しとはいえ、あの緊迫とした空気。会場は、片やファンの服装の赤で染められている中でもう片方のファンの服装の黄色も負けず劣らずコートの周りを彩っていた。試合展開はほぼずっとシーソーゲーム。互いの1つ1つのプレーに歓声や大きなため息だけでなく、ハリセンで大きな音を鳴らしていた。それをテレビに縋りつくように俺は、非現実的な出来事を魅せられていた。


「あの残り4秒で、2点差で負けてる中。疲れているはずなのに、自信に溢れた綺麗なシュートフォームでスリーを決めたあの姿。ただライン踏んでたからか、2点カウントで同点で。その後凄いブザービーター決められてしまって、その選手のいたチームは負けちゃったんですけど」


「けど俺はあの選手のプレーが忘れられなくて」

「……」

「何というか、スポーツって結局は勝ちか負けかって思ってたときに最後まで諦めない気持ちで戦うあの選手達の試合を見て俺もあのコートに立ちたいって思って……」

「そっか」


 

「あの俺も1つ質問いいですか?」


 目の前の男性が「いいよ」という言葉を待って、疑問に思っていたことを、口に出した。

 

「初対面の、名も知らない俺になんでそんなに気にかけてくれたんですか?」

「……何となく似てるんだ、昔の俺に」


 「あ、プレーとかは違うよ?あと、中学のときの俺の方が上手かったね」とクスッと笑いながら言う目の前の男性に、少しイラッと来たが真剣な顔が見えたので心の内に留めておく。


「チームもそんなに強くなかったし。だからかな調子に乗る……とは違うんだけど、いつしか。俺なら行ける、俺が決めなきゃ、俺が何とかしなきゃ。俺が……ってね」


 彼は目を閉じ、腕を組みながらそう言った。まあでも、と続けて言う。

 

「中学の俺もそんな感じに思うことが多かったし、試合にも出さしてくれなかったときもあったよ。辛いって気持ちは君ぐらい、いや君以上に分かると思う。けど、今の君ならそんな心配な必要なさそうだけどね」

「そうですか?」

「そうでしょ。だって、今日の最後のプレー。普通なら諦めてボール追っかけないところを追っかけて点に繋げた。君が、最後まで諦めなかった結果だ」

「……!」

「大丈夫なんて、言わないけど。いつかその気持ちが報われる日が来ることを俺は願ってるよ」


「中学生は早く帰んな、引き留めた俺も悪いけど親御さん心配するし」

「……あ、やべ」


 ジャージのポケットにずっと温めてたスマホを取り出して電源を付けると、何件か母からの電話とメッセージアプリのアイコンの右上に10件以上を知らせる通知。ちょうど今、なつめから「家着いた?」のメッセージが来た。試合を見に来た母は、心情を察してか。あまり試合後に連絡せずにふらつく癖のある俺を知っているため、あまり叱るということは滅多にしないが、流石にそろそろ帰らないと明日の俺の命が色んな意味で脅かされる可能性がある。

 

「あ、名前!」


 何故か分からないが、この人とはいつか会える予感がした。遠ざかる背中を見ながら少し大きめな声を出す。


「俺は桝田一颯ますだかずさ。――バスケが好きな、ただの酔狂な男だよ」


 そう言いながら、彼は後ろを振り返り俺を見ながらふわりと笑う。「じゃ、風邪ひくなよー」といいながら背を向けて駐車場方面に歩く姿を見て俺は、どこか未練を残している幽霊という印象を受けたのは気のせいだろうか。

 

 ――――


 ぶえっくしょい!という大きなくしゃみ。車しか置かれていない、誰1人いない空間で男がピッとリモコン型の車の鍵を鳴らす。そして車のドアを開けた瞬間。

 

 「……あ、やべ。おっさんの約束忘れてたわ」

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