ペンと鎖

公都に来てから五日目、俺はついに正式に起業した。

正確には"アキラ・スタンダードギルドの設立だ。すでにギルドの事業内容は公爵殿下へ伝えてあり、その許可証と独占権は得ている。


あとギルドの住所は一昨日、不動産ギルドで賃貸契約した一番安い屋敷にすることにした。最初は借り住所としてサン・ペテロの泉にしようかと思ったが、二日後にトルン伯爵の娘であるオルガとの結婚式があるため、流石に伯爵の娘との婚約者が宿住まいだと体裁が悪いと思い、急きょ契約する事にした。


サン・ペトロの泉の店主には1週間分の解約金を渡して、今は貴族の多い西の区域の中心地にある結構大きめの屋敷に引っ越してる。これがね、まぁ安くて大きいの。なんと土地面積5エーカーで毎月2000ペニー、あぁ…すっごい、、、


ちなみになんだが、

なんでこんなに安いかというと、端的に言えば15年前の大粛清が原因らしい。


――事故物件――。

アンデットがいるらしい世界でこの言葉を聞いた時の重みはすごいよね。


どうしようか真剣に考えて、考えて考えて、悩み考えている内に、マリアに自分が首切り落とされても死なないバケモノであることを指摘されたら、なんか急にどうでもよくなった。まぁ即刻契約完了だよね。地球に居た時でも寝室に女の幽霊でたことあったけど、変顔しながら性器を手でぐるぐるぶん回してたら消えたし、なんとかなるはず。


そして魔道具ギルドで買った家具を配置し、近くの貴族の婦人たちにご近所あいさつという名の賄賂接待を終えて今に至ってるってわけよ。


そして肝心の"アキラ・スタンダードギルド"の事業内容に関してだが、簡単に言えば情報通信と運送だ。


この二つの言葉にはそこまで深くはないが、ちゃんとした意味はある。


つまり経営を”物”ではなく”事”で捉えているということだ。

靴、服、ベット、小麦、剣、鎧、盾などなど、このような”物”に囚われたよる経営方針はその”物”が市場でニーズを失ったとき、柔軟な方針転換を行えずに廃業に追い込まれることがあった。


例えばアメリカの鉄道会社の多くがこれにあたる。彼らは自分たちの事業を人やモノを運ぶ”運送”ではなく、”鉄道”だと囚われていたせいで、飛行機や自動車などの代替品が生まれた結果倒産の憂き目にあった。


だから俺は軍馬ギルドにするつもりはない。


軍馬のサブスク事業はあくまでも”通信・運送”事業の一部門でしかない。

俺の長所である軍馬を使いながらも、それを中心にこれからは新聞や広告、郵便、証券取引、金貸しなど、商業ルネサンスの黎明期であるこの時代ゆねに、参入障壁の低い情報通信産業を独占していく。ちなみに俺と似ていることをしているのが魔道具ギルドだ。魔道具という制約はあるものの、その広い語彙の意味のおかげか、あらゆる製品を魔道具化することで各ギルドとの差別化を図り、衝突を避けつつ商品の多角化に成功している。


話を戻すが、正直、公爵殿下もよくこれを承諾したなとは思うよホントに。

あのオッサンのことだ、この事業の独占が如何に富を生み出し、いかに危険であるかは理解しているはず。


売上高の2割で認めてもらったが、俺を試しているのだろうか?


商売に関してはあまり手荒な真似はしないほうがいいかもしれんね。


俺は剣でも魔法でも死なないが、俺を殺すのに剣も魔法も必要ない。公爵殿下のサイン一つと、鉄の鎖があれば俺を磔にして飢え殺しにできる。


まじ誰だよ、ペンは剣よりも強しとか言ったバカは……鉄の鎖忘れてるぞ。


そんなこんなで話を戻すが、元は6つある客室の一つで、今はスタンダードギルドの会議室として使っている客間の一室にて、俺は6人の若者たちの前に立っていた。

彼らは大きなテーブルの左右に並べられた椅子に座りながら、俺の方へなんともいえない視線を向ける。


みんな大体20代から30代前半だ。名前は右からヤコブ、レオン、ピョートル、ボレスワフ、チェスワフ、ダミアンと本人たちから聞いた。

この人たちが今日から俺の部下として働いてくれる。彼らは俺が提示した条件の中で、アルベルトさんとダリウスからの紹介で雇ったから信頼できるはずだ。少なくともタタール人の俺の下で働くことは事前に説明して、それを飲んでくれた人がこの6人だった。


「みんな、今日は来てくれてありがとう。最近よく道端のうわさで聞くタタール人の明金昭だ。ああ、この顔だとみんなから見て分かりにくいだろうが、これでも喜んでる方だ」


初手、のっぺりアジアンのイエロージョークをぶちかますと、数人から小さな笑い声が漏れた。緊張していた彼らの顏も少しだけ緩んでいるように見える。


「これから私たちは運命を共にするチーム、仲間だ。外では肩ぐるしい喋り方でも、ここではみんな兄弟のような関係で働いていこう!」


「それじゃあお言葉に甘えて兄弟、俺たちは何をすれば良いんだい?毎月200ペニーもくれるんならなんでもするがよ」


お、今なんでもするって言ったよな?

さっそく仕事の説明を求めるピョートルに俺は悪人のような笑みを浮かべた。


「俺たちギルド名の通りだ。俺たちがこの世界の標準を造り上げるのさ。この世界の物流、情報、金の流れを俺たちスタンダードギルドが掌握する。これは必ず王国統一の助けとなるだろう!」


俺は握りこぶしを高く上げながら、この中に居るであろう公爵殿下からの間者にむかって宣言した。これがただの杞憂であればいいのだがね。ダリウスもアルベルトさんも40代後半。彼らはあの15年前の大粛清を生き残った愛国主義者なのだから。俺が本当の意味で私利私欲に走れば、謀反の疑いは瞬く間に殿下の耳に届くだろう。


「そりゃ随分と壮大な計画だな」


「金さえもらえれるならなんでもするぜ俺は」


「兄弟、そんな壮大な計画、実現できるのか?」


ヤコブの言葉に俺は胸を張りながら答える。


「今日はその計画実現のための事業内容を、みんなに共有するために来てもらった。まずは私がこれまで行って来た軍馬の貸付だ。これを便宜上サブスクと呼んでいる」


「サブスク?ってなんだ?」


「簡単に言えば、料金を支払えばある一定の期間のあいだ商品を使用できる制度だ。その期間が過ぎれば契約の更新か解約かを選べられる。それに馬となれば買うのにも維持するのにも大きな金がかかる割に、一年中使う訳でもない。だがこの制度であれば財布に余裕がない消費者でも、必要に合わせて契約することが出来る」


「なるほど、賃貸物件のような感じか。所有と使用を分けるぶん安くできると」


そういうことよん。俺はレオンのほうを見つめながら無言でうなずいた。

俺の厳しい条件をクリアした人材だけに、みんな理解度早いっすわ。


「でもそうなると、その貸した軍馬だっけか、それが盗まれたり、犯罪に巻き込まれたらどうするんだ?」とダミアンが俺に質問してきた。


「それに関しては、軍馬によるトラブルはすべて借主が責任を負うという条件で契約書を書かせる。その契約を破れば俺が貸した軍馬を強制的に消す。俺は召喚した軍馬と魔力で繋がってるから、頭の中で念じるだけで馬の位置が分かるし、場所問わず消すことが可能なんだ」


そう言いながら俺は軍馬を彼らの前に召喚し、またすぐに消した。


「へへ、流石兄弟。なんでもありかよ」


「制限はあるけどね、それでもかなり使い勝手が良い代物だよ。それで話を戻すけど、次は新聞と広告業についてだな。まず俺の軍馬についてだけど、この馬はとても早く、とても長く走れる。人間の睡眠と休憩時間を挟んでも、一日で1000キロメートルは進めるのさ。これは普通の馬のおよそ5倍から10倍の速度だ。この速度を使って、各都市、地方、国家の情勢や経済に関係する情報、例えばある国同士、領主間で戦争が起きたとか、起きそうだとか、物価変動や、イタリーの都市国家が発行している債権の変動などを集めて、紙にまとめたものを新聞として売りつけるのさ。これを貴族や商人に見せたら目の色変えて飛びついてくるよ」


「なるほど……これがアルベルトさんが以前、”誰かに需要があればどんなものでも金になる”と言っていたな……しかし紙に文字を写すのは大変だ。作れる数が少なければ値段を上げるほかないが、それだと買える人数は限られるのでは?」


「それに関しては心配しなくていいよ。俺にはある策があるから」


チェスワフの痛い指摘に動じず、自信ありげな俺の顔を、みんなは訝し気に見つめた。


「策って具体的になんだよ兄弟」


そしてみんなの気持ちを代弁したピョートルに向かって俺は答えた。


「ああ、俺は一度に何千文字も大量に印刷できる道具を知ってるからね」

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