第2話:個性的すぎる姉妹と凡人のボク

 自分にある日突然、異母兄妹ができた。

 それも飛びっきりかわいい姉妹が同時に。

 もはやフィクションの中でしかお目に掛かれないであろうシチュエーションを、よもや現実に、しかも自分が経験するなどと果たして誰が想像しよう。


 実際にあると本気で想像していたなら、それは単に痛々しい哀れな輩でしかない。

 現実と仮想の区別もつかず、妄想の海を一人寂しく漂う。

 それも本人が幸福であるのならば、第三者が咎める資格はない。


 生憎と龍彦は現実との区別がしっかりとできる人種で、だからこそライトノベルや漫画でしか見たことがこの状況にひたすら困惑していた。



「ど、どうぞ粗茶ですが……あ、後こちらは紅茶になります」



 仮にも姉妹家族相手だが、こうも美少女だと逆に緊張してしまう。

 異性との交流がないわけではない。


 現役高校生である龍彦が通う学校は共学で、それこそ仲の良い女子生徒だって少なからずいる。


 好きな女子生徒だって、いることにはいるが未だ恋仲に発展する兆しはなし。

 次こそは、今度こそは、そう思い続けた結果、別の彼氏ができてしまうという、なんとも悲しい結末は今も若干、龍彦の心の傷トラウマとして刻まれている。


 苦々しい思い出は、もうあれっきりにしたいと強く願った。


 それはさておき。



「いえ、お気になさらないでください兄上様。兄上様がお出ししてくださったお茶、ありがたく頂戴しますね」

「ありがとう弟ちゃん。お姉ちゃん嬉しいわ」

「は、はぁ……」

「――、さてと。それじゃあ色々と話しておくとするか。龍彦、これから俺が話す言葉はすべて事実だ。それだけは頭の中に叩き込んどいてくれ」



 ――あ、あのクソ親父がここまで真剣な表情かおをするなんて……!


 いつになく真剣みを帯びた表情かおで語る父の言葉を、龍彦はジッと静かに傾聴した。


 父の話は率直に言って、現実離れしすぎていて到底信じられるものではなかった。


 異世界転移――これも現在となっては差ほど珍しくもなんともない、創作界隈ではいわゆる王道的設定テンプレートとして扱われている。

 書籍化の有無問わず、数多くの作品が出回っているのはそれだけ書き手も読み手にも需要があるという意味で、未だ根強い人気を誇る。


 問題なのは、異世界転移をしたのが自分の父親であること。


 未だかつて、主人公の父親が異世界転移した、などというシチュエーションが果たしてあっただろうか。


 そう自問したところで龍彦の出す回答は否の一択で、現実でまさかライトノベルのような事象が起きていたことに激しく驚愕した。



「――、数年間親父が異世界に行っていたって言うのは、とりあえずわかった。いや完全には信じられないけどさ」

「そりゃそうだわな。まぁアレだ、あの森をフラフラっと歩いてたらいきなりそこは見知らぬ世界だったってな」

「……それで、それも十分驚いてるんだけど。そこの二人は、えっと……」

「あ、申し遅れました兄上様」



 と、和服の少女がぺこりと丁寧にお辞儀をして姿勢を正す。


 一つ一つの仕草がどれもこれも優雅で気品にあふれている。


 この娘はさぞいい身分の生まれであるに違いなかろう。龍彦はそう思った。



「わたくしの名前は祓御ふつみMuramasa・カエデ……旧姓はセンゴと申します。以後お見知りおきを」

「……ん? なんだって?」



 ――今飛んでもない名前をさらりと言わなかったかこの娘。


 聞き間違えでないならば、自らを“センゴムラマサ”と名乗る少女の知名度は武に携わる者であれば誰しもが知っていて当たり前と断言してもいい。


 千子村正せんごむらまさ――妖刀の代名詞としてこの名はあまりにも有名で、海外のゲームにおいては最強の武器として設定されるほど。


 事実、村正の打った刀はどれも凄まじい切れ味を誇り、わざわざ遠方から足を運んでまで購入する武士も少なからずいたと言う。


 武器が名前と言うのもなんとも珍しい。

 龍彦がそう和服の少女――カエデの方を見やっていると、不意に左手にそっと優しい温もりが覆いかぶさった。

 もう一人の異母兄妹が手を重ねて熱を帯びた視線を浴びせている。



「次はアタシが自己紹介。アタシの名前はフィオナ・Hutsumi・レイジングブル。つまりお姉ちゃんって訳。よろしくね龍彦ちゃん!」



 と、華麗な技術を披露したのはほんの挨拶代わりか。


 クルクルときれいな指先で遊ばれるソレに、さしもの龍彦も驚愕からギョッと目を丸くした。



「そ、それって本物ですか?」

「もっちろん。アタシの大事な大事な身体の一部よ?」

「えぇ……」



 この時の龍彦は、とんでもない姉ができてしまったとすこぶる本気で恐怖した。


 何せ指先で回しているそれは紛うことなき実銃なのだから。


 大型の回転式拳銃リボルバーはその重量感あふれるデザインはなかなかに男心くすぐられる魅力がある。


 レイジングブル……日本で生まれ育った龍彦は、銃火器の類については素人並みの知識しかない。


 だが大型口径が生み出す破壊力パワーは人間の頭をスイカのように簡単に吹き飛ばす、ぐらいのことはわかる。



「は、はぁ……お、お姉ちゃんですか……」

「そうよ。これからよろしくね、龍彦ちゃん」

「むっ……兄上様。わたくしもホラ! ここに我が半身でもある太刀があります!」



 今のどこに対抗心を燃やしたのか定かではないが、カエデがずいと出した一振りの太刀を龍彦は見やる。



 造りは朱漆太刀拵しゅうるしたちごしらえ、全長がおよそ四尺約120cmで刃長の方はだいたい二尺四寸五分約74cmあたり。


 すらりとカエデが鞘より抜けば――なんてきれいな刀身なんだろう。


 大波がゆったりと波打つ様――のたれ刃が特徴的で、肝心の刃の方な入念に立てられてさぞよく切れるに違いあるまい。



「……ねぇ龍彦ちゃん。お姉ちゃんの方がかっこいいわよね?」

「へ?」と、龍彦。

「ほら見て、アタシのコレ。銀色に輝く美しさも重量感たっぷりのこのフォルム、そんなちんけで時代遅れの武器なんかじゃ到底出せないと思うでしょ?」

「は?」と、その声は清楚な見た目に反して尋常でない殺意を放出したカエデ。



 禍々しくて鋭利な刃物のように鋭い殺気は妖刀に相応しくて、しかし当事者であるフィオナはあろうことか、ふんと鼻で一笑に伏す。


 まったくもって応えた様子がない、余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度で銃口をカエデの眉間に定めた。



「ちょ、ちょっと何やって……!」

「アタシは事実を言っただけよ? 確かに刀は曲がらないし、折れないし、よく切れる。その点については認めてあげる。だけど、近付かなきゃ意味がないでしょ? 相手に近づくまでにやられてちゃ、どんなにいい刀でもはっきり言って意味ないわよね」

「それを言うのでしたら銃もそうでしょう。安全圏からの攻撃は確かに強力なのは否めません。ですが弾がなくなれば瞬く間に無調の長物、打撃武器にはもしかするとなるかもしれませんけど、太刀と比較すれば殺傷能力の差は歴然かと思うのは……わたくしの間違いでしょうか?」

「……なかなか言うじゃない、生意気な妹ちゃん?」

「そちらこそ……年増のお姉さん?」

「あーはいはい、ストップストップ。姉妹なんだからちゃんと仲良くしろって、いつも俺言ってるだろ?」

「だ、だってパパこいつが……!」「ですがお父様この人が……!」

「姉妹は仲良く、そう言ってるだろ? それにお前らが不仲だと龍彦コイツに嫌われちまうぞ?」



 ここで俺に振るかよ! 父の発言に困惑した龍彦だが、二人にはどうやら絶大的な効果を発揮したらしい。


 渋々と言った様子なのは否めずとも、お互いに得物を引っ込めた。



「し、しかしお姉ちゃんと妹か……」

「あぁ、そうそう。先に言っておくけど異世界での時間の流れとこっちとじゃ全然違うからな。こいつらがこれだけ大きいのもそのためだ」

「な、なるほど……?」



 大人の魅力あふれる姉と、清楚で御淑やかな妹……個性としては十二分すぎるぐらい二人の姉妹と、己をいざ比較してみてなんと個性が薄いことか。


 龍彦の容姿は自他共に至って普通、評価は中の中で女子からの評価も「まぁ好みっちゃあ好み、かも?」となんとも微妙すぎるもの。


 唯一のトレードマークと言えば、血のように赤き瞳で一時はその珍しさから注目を集めたものの、半年も経過すればあっさりと人気は下落した。


 新入生でもやってこない限り、かつての栄光は取り戻せまい。



「――、それよりも肝心な部分をまだ言ってないだろ。親父はさ、その……異世界で何をしていたんだ?」



 よもや妻のことをあっさりと忘れて他の女とイチャイチャしていた、わけではあるまいな。


 二人の新しい娘がいる時点で言い逃れできない真っ黒だが、実父の口から真実を語ってほしい。


 ぶん殴るのは、その後からでも遅くはないのだから。

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