第四章ですっ♡

第27話 そういうことを聞きたいんじゃないんですっ!

 週末明けの学校。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ」


 早速、あの時間が訪れた……。


「き、キツすぎる……っ」


 ……『体育』の授業は、俺にとってもっとも苦手な科目だ。


 運動音痴にとって最悪の教科だから……。


 今日の授業は外でサッカーのはずだったが、雨が降っているため体育館ですることになった。


 いつもなら、自由時間になるからのんびりしていようと思っていたのに……。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ。なんで……宏也おまえと……フットサルで1on1しなきゃならないんだよ……っ!」


 と俺が言うと、宏也ひろやはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「ニヒヒィ~♪ どうよっ! 元サッカー部キャプテンでエースの実力は〜!」

「か、勝てるかあああ……ッ!! き、帰宅部の……人間相手に……ハァ……ッ、本気出すなよなあ……!」


 こっちは息を切らして膝に手をついているというのに、向こうはピンピンしている。


 これが体力の差ってやつなのか……。


未希人みきと、お前ちょっとは運動したらどうだ? 体力なさすぎだぞ?」

「うっ……。三日坊主の人間が運動できるとでも……?」


 今までだって…――


『よしっ、明日はいつもより早く起きて早朝ランニングだっ!』


 と意気込んだものの、


『んんー……あぁランニング、怠いな……また明日だ……また……明……日……Zzzz……』


 はぁ……。計画を立てるところで満足しちゃって、なかなか続かないんだよなー……。


「やれやれ。そんなの、最初から慣れないことをするからだろ?」

「そ……それはわかっているんだけどさ……」


 うぅぅ……ぐうの音も出ない……。


「慣れないことを慣れるようにする前に、慣れやすそうなことから始めろ。そしたら、いつもよりは続くんじゃね?」

「そういうものなのか……?」


 宏也こいつに言われると、なんだかムカつく~……っ!!


「そういうものなんだよ。あっ。“あれ”、忘れてないよな?」

「……な、なんのことだっけ~?」

「憶えてるんだろー?」

「……はい」

「じゃあー約束通り、ジュース奢りなっ!」

「はいはい……わかってますよー……」


 やる前から結果はわかっていたけど。


……ん? よく考えたら、俺、圧倒的に不利じゃん。経験者にどうやって勝てと……?


「ニヒヒィ~。お~ごり、お~ごり♪」


 むぅ……。ヘッチャラな顔でリフティングしやがって……っ。


「はぁ……。体、鍛えよっかな……」

「おっ、じゃあ次はリフティングで勝負――」

「やらないッ!! 宏也おまえと体を張り合っていたら、俺の体が持たんっ!」

「そう言うなよ~。ちょっとくらい、いいだろ~?」

「ボールが一番の友達なんだから、ボール“と”遊んでろよっ!」

「ボールが一番の友達? 誰がそんなこと言ったんだ?」

「お前に決まってるんだろ!」

「? 俺が言ったのか?」

「言ってましたーっ! 『俺にとってボールは一番の友達なんだぜ!』ってな! とにかくっ。俺は休むから、お前はボール“と”遊んでろ!!!」


 ……。


 …………。


 ………………。


 一方、その頃、体育館の反対側で授業中の女子たちの中に、彼女たちの姿があった。


「フフッ。二人が球を転がしているわよ」

「ええぇ。あんなに強くぶつかり合っちゃって……っ」

「公衆の面前で……イケないわっ」


 彼女たちの妄想力は、どんな場所でも発揮される。


「えぇ~やろうぜ~。きっと楽しいぞ?」

「一人でやってろ!」

「ちぇ~、しょうがねぇなー」


 そう言って、リフティングしていたボールを持ち上げると、表面を優しく撫でた。


「俺と遊んでくれないんだってよ……。冷たいよなー」


 ……チラッ。


「……おいっ。まる聞こえだぞ?」


 その様子をニヤニヤしながら見つめていた、少女たちの妄想は止まらない。


「あっ! 高谷たかや君が、ボールに嫉妬しっとしているわ!」

相賀そが君がボールと仲良くしているところを見ていられなかったのね」

「あの後、嫉妬した高谷君が呼び出して……」


『俺がいるだろ?』

『み……未希人……っ』


 ………………。


 三人は目を合わせると、


「きゃあああああー!!!」

「これだわ……っ!!」

「そうよ! これを待っていたのよっ!」


 妄想の翼が空に羽ばた…――


「おーいっ、そこの三人。次の試合が始まるから早く来ーいっ」


「「「あ、はぁーいっ」」」


 座っていた三人は立ち上がると、


「そういえば、さっき『じゃあ約束通り』って言っていたわよね」

「その後、なんて言っていたのかしら?」

「そうねぇー……」


 と呟きながら、三人はふと天井を見上げると、


「「「……フフフッ」」」


 少女たちは不敵な笑みを浮かべた――。


「…………っ!!?」

「? どした?」

「いや、急に寒気が……」

「風邪か? 移すなよー?」

「引いてないから大丈夫だ。多分っ」

「多分……っ!?」


 でも。なんだったんだ、今の……? 単に汗をかいていたからなのか……?


 首を傾げる未希人に向けられる、いくつもの視線と……不敵な笑み。


「「「フフフッ」」」


 彼女たちの妄想は、まだまだ続くのだった……。




 その日の昼休み。


「あぁ……疲れたー……」


 これ絶対に筋肉痛だ……。足痛ぇ……。


 階段をなんとか登り切り、屋上に出ると、曇り空が一面に広がっていた。


 雨……止んでよかったぁ……。


 もし降り続けていたら、凛々葉ちゃんに会えるのが放課後になってしまうから。


(この程度の足の痛み……彼女の笑顔を見れば……)


 空から視線を下げると、いつものようにベンチに彼女が座っていた。


「…………」


 今日も、彼女はじっと空を見つめている。


 毎回思っていることだけど。


 凛々葉ちゃんは、背景が悪くても絵になる。


 恐らく、元々持っているポテンシャルが遺憾無く発揮されているからだろう。


「凛々葉ちゃ――」


「はぁ……」


 …………ため息?


「……あっ、せんぱい」

「どうしたの? もしかして、また誰かに!」

「い、いえ、そういうわけではありませんっ」


 慌てて否定すると、彼女は浮かない顔で言った。


「えっと、その……実は、せんぱいに相談したいことがあるんですけど……」

「相談?」


 凛々葉ちゃんは深く頷いた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「え? つぐみの様子が変?」

「はい……。梨恵りえさんもお手上げみたいで……」


 あの、つぐみが?


「どういう風に変なの?」

「そうですねー……。わたしが部屋で雑誌を読んでいたら…――」


 ――ガチャリ。


『……間違えた』


「自分の部屋だと勘違いしてわたしの部屋に入ってきたり……トイレに入っていたら――」


『……間違…――』

『いやっ、カギ閉めてたんですけどーっ!!?』


「また自分の部屋と間違えたり……。まあこんな感じです」

「そ、それは確かに変だね……」


 というか、“変”を通り越して“心配”になってきたぞ……。


「いつから、そんなことになったの?」

「この前、せんぱいと一緒に買い物に行った日からです」

「あの日からずっと?」

「はい……。家の中でくらいゆっくりさせて欲しいものです……っ」


 怒っているというよりも、困り果てているといった感じだな。


 それにしても、まだ日が浅いとはいえ、あのつぐみのちょっとした変化に気づくなんて……。


 もしかすると、ちょっとずつ家族として意識し始めているのかもしれない。


 でないと、顔に出る程心配したりはしないものだ。


「…………」


 なんだか無性に…………頭を撫でたくなる。


 俺は、そっと手を彼女の頭の方へ……


「――せんぱい?」

「…………っ!!」


 伸ばそうとした手を慌てて引っ込めた。


 我ながら、大胆なことをしようとしたな……。


「…………っ」


 隣では、凛々葉ちゃんが不思議そうな顔でこっちを見ていた。


「っ。……ゴッホン。じゃ、じゃあ、放課後にでも話を聞きに行こうか!」

「そうですね。話してくれるかは、わからないですけど……」

「あははは……」


 凛々葉ちゃんの言う通り、あのつぐみが素直に教えてくれるとは思えない。


 なんでも一人で抱え込むタイプだからな……。


「……せ、せんぱいは……あの子のこと……」

「ん?」

「心配……なんですか?」

「つぐみのこと?」

「…………っ」

「凛々葉ちゃん?」


 このとき、なぜかはわからないけど。


 答え方次第で、彼女との関係が大きく変わってしまう、そんな気がした……。


(……正解がわからない)


 なんて答えれば、彼女を落ち込ませずに済むだろう。なんて答えれば、不安な顔でこっちを見つめている彼女を笑顔にできるだろう。


 お……俺は……


「し、心配……だよ? だって、凛々葉ちゃんの家族…――」

「そういうことを聞きたいんじゃないんですっ!」

「っ!!」


 急にグッと顔を近づけてきたから、思わずビクッとしてしまった。


 不意打ちの急接近は、いろんな意味で心臓に悪いよ…….っ。


 まあ、嬉しいんだけどさ……。




「………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………」




 ……告白のとき以来かもしれない。


 二人だけの空間で、こんなに静かになったのは……。


 そして、初めてかもしれない。


 こんなにも……雨が降っていて欲しいと思ったのは――。




 キーンコーンカーンコーン。




 そのとき、まるで空気を読んだかのように、チャイムが鳴り響いたのだった。

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