ゾーンウィッチエイド 魔法少女テクラの日記

かいちょう

10月25日 捜索:北山村のおばあちゃん(その1)

ゾーンウィッチエイド 魔法少女テクラの日記


10月25日 くもり


 今日は、独り立ちしてから4回目の特務の日。朝から苦手な国語の授業を受けている時だった。

 教師の堀江の携帯電話が鳴る。

「もしもし。あー、はいはい。北山村ですか。はい……あー、ぴったりですね」

 あ~、これは特務だなと感じた。

「北山村でおばあちゃんが行方不明になっているらしい。山間部なんで、遭難の可能性があるので出動して欲しいそうだ」

 やっぱり今日も出動しないといけないらしい。人が少ない吉野ゾーンは、特務に就く日も多いが、出動がやたらと多い。しかも今回はかなり遠い北山村まで行かなければならない。

「嫌やな……」

 そう思いながら、テクラは、ひとり教室から離れて司令室に入った。


 途中の司令室前にある事務所をチラッと見たが、誰も席にはいない。

 まだ新人のテクラにとって、OBであるあかりや椎は頼もしい存在だ。彼女たちが事務所にいると、必ず司令室に一緒に入ってくれるので安心出来る。出動の時も必ずアドバイスをくれるありがたい先輩だ。しかし、今日は誰もいないので心細い。そして指令室には、あの「室長」が控えているから。


 司令室に入っても、あかりや椎はいない。今日は本当にどこかに出かけているようだ。

「おう、こっちだ」

 さすが極道の妻という二つ名をもらっている室長である。威圧感がすごい。

「北山村の高井という集落で、朝、山菜採りに行ったおばあちゃんが帰ってこないらしい。山に入って既に3時間以上経過しているのでおそらく遭難だ。バッグに救助セットを入れておけ」

「はい。あ、でも……、私に……出来ますかね。この前も全然別の方向に飛んだし……」

 今日の特務は人捜しである。初めての経験だし、前回の方角違いでみんなにも迷惑をかけているのですごく緊張する。すると、室長は私に寄り添うと、

「今回は赤石のお前ならではの特務だ。絶対に出来ると信じろ。サポートは私だから」

 威圧感はすごいのだけれど、絶対に出来るという一言を聞くと安心する。ここが室長の人たらしめんとする所為だろう。


 バックを背負い、無線を付け、あかり特製の方位針地図を首からかける。そこから赤いマフラーも巻き付ける。

「眺望の赤、テクラ出発します」

「よーし、エイドバッグ氏名」

「エイドバッグ、赤1番よし!」

「無線」

「無線よし!」

「GPS」

「GPSよし!」

「赤1番、特務開始10時25分」

「出発します!」

 出発点呼を済ませて螺旋階段を駆け上がる。屋上に到着してここで変身する。最初、うまく出来なかった変身もようやく慣れた。けれど、本当にこのコスチュームは恥ずかしいのでどうにかして欲しいと思った。

 階段室の扉を開けた。ドイツと違い10月下旬にしては暖かい。けれど、今回は1800メートル級の山を越えるので、上空はかなり寒いはずだ。このコスチュームでは絶対にまずいと思うのだが、それほど寒くならない。これも魔法のお陰らしい。


 空に駆け上がる。フワッと浮いて加速する。この瞬間はやっぱり慣れない。人間が空を飛ぶというのは頭で考えてもおかしいと思う。けれど、実際に浮いているのだから私は魔法使いになったんだなと思わざるをえない。

 最初は本当に私はどうなるんだろうと考えたが、もう今は悩まないことにした。これもたまきばあちゃんのためだから。


 無線機を入れた。

「赤1号から吉野本部」

「(こちら吉野本部)」

「赤1号離陸しました」

「(了解。針路指示はいるか?)」

「今はまだいらないです。大峰山を目指せばいいんですよね?」

「(そうだ。途中で針路が変わるから注意な。あと、今日は曇っているから、わからなくなれば指示を仰げよ)」

「了解」


 順調に天を駆ける。本部がある五條から北山村へ向かうには、車だと国道168号線か国道309号線を使うそうだが、私たちウィッチエイドは空路だ。なので、この辺りの地形を嫌というほど覚えさせられた。今はGPSなどがあるので地形など覚えなくてもいいのではと思うが、感覚を養うためには、今でも地形から現在地を把握するのが一番重要なのだそうだ。その時、まず覚えておくのがこの辺りで一番高い山、大峯山おおみねさんだ。今回も、この山を目標にして飛び、約10キロ手前で右側(南)へ針路を変更するのがセオリーな飛び方だ。

 最初は、(ドイツでは)人に嫌われる魔法使いになったなんて、本当に絶望した。けれど、高いところから見下ろす風景を目に出来るのは、魔法使いの特権である。この時ばかりは魔法使いになれて良かったと思う。

 しかし、そんな高みからの見物を邪魔するやつがいる。鳥と飛行機と雨だ。


 今日も顔に何か当たったような感覚があったので、確認すると、雨が顔にかかったようだ。その直後、体にぴりっと電気が走ったような感覚を覚えた。これはヤバい。多分だが、この先雨が降っている。そんな気配がするのだ。

 迷わず高度を下げる。テクラは、赤い石を使って魔法少女になったので、千里眼や透視能力がある。魔法使いというよりも超能力者に近いのだ。けれども雷の耐性はない。雷に巻き込まれれば大けがをして、最悪の場合死ぬ。これが「青石」を使って覚醒した魔法使いなら、雨や雷を自由に扱えるので、雷に打たれようが、大雨に巻き込まれようが全く問題ない。雷を魔法の力に変える人もいるらしい。さらに、風なども操れるそうだ。魔法ってすごい。

 雨が強まり本格的な雨となった。空を飛んでいるテクラには、雨宿りをする場所などない。そこに無線が入ってきた。

「(吉野本部から赤1号)」

「赤1号です」

「(伊勢ゾーンの尾鷲からウィッチがひとり発進した。向こうの方が早く現着すると思われるので、協力して対応よろしく)」

「りょ、了解ですが、こっち雨降ってます。どうしましょう」

「(雷雲はありそうか)」

「体がピリピリするので高度下げました」

「(今、城戸か。国道を沿うように十津川に向かえ)」

「えー、こんな雨降ってるのに?」

「(雨を避けて飛ぶように)」

「そんな無理言わないで下さいよ!」

「(降雨訓練は受けていないのか)」

「雨なんて初めてですよ」

「(…………あと5キロ行けば道の駅があるので、そこで合羽買え)」

「ええ……」

 絶句するテクラ。まだまだ魔法使いの基本能力である「浮上」に難を抱えている彼女にとって、雨天の飛行は困難だ。そもそも雨天時の飛行方法も口頭で伝えられただけ、雨対応の装備も持っていない。本部にいる室長も、「雨装備は持っているか」と聞いてやれば良かったと、内心は思っているが、引き返せとは言えない。なぜなら、今回の捜索は北山村。五條から1時間ほどかかる距離だ。遭難したおばあちゃんの安否も気になるし、そもそも伊勢ゾーンのウィッチも発進している。北山村からなら尾鷲の方が近い。向こうの方が先に到着はするはずだが、北山村はエリアとしては吉野ゾーンこちらが遅れるわけにはいかないからだ。


「やっぱりウィッチエイドはブラックだ。ブラックユニオンだ……やっぱり魔法少女辞めよう」


 そう思いながら、道の駅大塔を目指すテクラだった。


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こちらの作品は

ゾーンウィッチエイド

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330648542556298

のスピンオフ作品です。


ぜひ本編もよろしくお願いします


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