宝石は地上に落ちている

古都瀬しゅう

第1話 瀕死の恋愛相談所

 あなたを会社の社長にしてあげる。そう言われたらどうする? 贅沢できるならやる? 大変そうだから嫌だ? 人それぞれだろうけど、これは喜びいさんで社長になった女子高生の話。


 朝陽あさひ商業高校・商業科の二年生には、学校内に会社を作って利益を競う実習がある。五月から十二月までの約半年。どんな商売をするかは生徒次第だ。

 玉野佐代子たまのさよこは社長役に名乗りをあげて、「恋愛相談所」を設立した。結婚相談所の小型版、女子と男子の恋をとりもつ商売である。

「高校生の一番の関心事は恋愛のはずよ!需要は絶対あるはずだわ」

 その女子高生社長、ひとり気を吐いている。夏休み明けの放課後。生徒社員六人と椅子を円陣にしての、営業会議中だ。

「一学期の結果報告です。登録者数三十二人、お見合い数十回。男女それぞれ千円ずつの手数料なので、売上合計二万円でした」

 会計係の梨香が報告し、全員が冷水をかけられたように沈黙した。

 実習中、全校生徒八百人が模擬通貨を一万円ずつ持ち、計八百万円が流通する。設立された会社は二十社だから、均等に稼いだとしても四十万円になるはずなのである。

「とにかく登録者を増しましょう!登録だけなら無料だもの」

 佐代子は耳の下でそろえた真直ぐな髪を揺らして激を飛ばした。強い女ふうだけれど、きょろりとしたつぶらな瞳の所為で迫力が無いのが玉に瑕。


「それより、まずは皆が利用しない理由を考えろよ」


 呆れた口調の低い声が割り込んできて、皆がいっせいにふり向いた。女子七人の円陣の外に、いかつい男子生徒がひとり、腕を組んで立っていた。

「転職希望だ。面接、頼む」

「転職ぅ!?」

 女達の叫びを尻目に、円陣の真ん中に椅子を運んできて、あっという間に佐代子の真正面に腰をおろした。意思の強そうな瞳に冷ややかに捉えられ、むっと睨み返す。

「転職なんてしていいわけ?」

 かばんからビジネス実習規則を引っ張り出して確認すると、第六条、転職希望者には面接を行うべし、と書いてある。

 男が差し出した校内用の模擬履歴書を、しかたなく受け取った。ペン習字のお手本のような美しい字で商業科2年A組、保池亮二やすいけりょうじ。一学期は掃除会社の社員だったとある。

 佐代子はきっと顔を上げた。

「どうして転職なんて?」

「俺ならこの会社の窮状を救えるんじゃないかと思ってね」

 ナニィ? あっけにとられ目をしばたく。

「この会社、目の付け所は悪くない。社長のやり方が悪いんだ」

「不採用!」

「冗談だよ。不採用はありえないだろ。ビジネス実習規則5条、社員希望者を拒んではならない」

「ならいったい何のための面接なのよ」

 口の中でぶつぶつ言いながら、佐代子は手の中の履歴書をぎりぎりと丸めた。サイテーだわ。会社は瀕死状態で、おまけにこんな生意気な転職男が加わるなんて。ああ、でもこれが本当の会社なら、こんな試練もあるはずなのよね。そう自分に言い聞かせて深呼吸し、丸めた履歴書を、良く言えば男っぽい、悪く言えばおっさんくさい顔に突きつけた。

「大口を叩いただけの仕事はしてもらいますからね」

「はいはい。よろしくお願いします。社長」

 保池は角ばった顎の上の口を歪め、にやりと笑った。


 あいつ、絶対私のことばかにしてるわ!

 帰り道まで頭は沸騰したままだったが、同じ方向に帰る社員、響子は嬉しそうにスキップを踏んでいる。

「びっくりしたね! あの保池亮二がうちの会社に入るなんて」

「あの保池?」

「知らないの? 商業科の数少ない男子の中では有名人よ。大人っぽくて、頭が良くて、情報処理に簿記に英検に、あらゆる資格をとりまくりだって」

「大人っぽい? オッサンくさいの間違いじゃない? それに資格なんて、それだけで仕事ができるわけじゃないわよ」

 というのは教師の受け売りだが、就職重視の商業高校では、資格の取得が推奨されているのも事実である。佐代子も簿記一級を目指して勉強中だ。

「サヨはホント、男に厳しいんだよね。こっちはますます実習が楽しみになちゃった」

 にやにや笑う響子に、人の気も知らないで、と社長らしくごちる佐代子だった。



 さて保池は、恋愛相談所に加わってからの数日間、皆がポスターを作ったり同級生を勧誘したりするのを黙って手伝うだけだった。最初の大口はなんだったのよ、と鼻でせせら笑っていたのだが、金曜日の放課後、真面目な顔で佐代子を中庭に連れ出した。

「うちの会社、パソコン占いで相性がいい二人を引き合わせるだろ。結婚相談所をモデルにしてるにしては、趣味とか好みとかを考慮しないのは、なぜなんだ?」

 いきなりの質問にむっとしたものの、答えない理由は無い。

「私、恋愛には顔とか趣味とか、関係無いと思ってるの。イケメン好きだって子に、私達が判断したイケメン男を会わせても、審美眼を問われるだけでしょ。なら最初から好みなんて聞かないほうがまし。どうせ相手は学校内で見つけるしかないしね」

「ふうん」

 保池は目を細めて佐代子を見た。三階建ての校舎に囲まれた中庭は、夕刻のこととて、完全に日陰になっている。太い眉の下で陰影のついた顔は、いっそう大人びて見えた。

「運命の出会いを信じているってわけか」

「なな、そんなもの信じてないわよ! 私は恋愛なんかに興味ないもん」

「興味がない?」

「今は相談所のことで頭がいっぱいなのよ」

 両手を握って力む佐代子に、保池の厳しい顔がふっとゆるんだ。

「なんか、かわいいな。タマちゃん」

 言うなり、佐代子の頭をなでた。つややかな髪の手触りに驚いたというように彼の口が薄く開き、手が止まる。佐代子の頭は真っ白になり、ついで怒りが爆発、その手を害虫のごとくはたき落した。保池がいてて、と手首をさすっている。

「かわいいって言われて喜ぶ女の子じゃないの!私は!」

「ふうん。でもさ、社長が恋愛に興味が無いっていうのが、恋愛相談所がうまくいっていない一番の原因だと思うんだ」

「そんなの関係ない!」

「あるよ。男と付き合ったことも無くて、彼氏が欲しいとも思ってない奴が、彼氏や彼女を紹介しますって言っても、ぜんぜん伝わってこないんだよ」

「どど、どうして私が男と付き合ったことがないって知ってるのよ!?」

「今、確認した」

 怒りで頭がくらくらして、制服のスカートをプリーツが乱れるくらい握り締めた。

「じゃあ何?この実習のために彼氏を作れっていうの?」

「いや、せめて恋愛の楽しさを体験したらどうかと思うんだ。明日、デートしよう」

 さらりと言われ、目が点になった。勢いよく背を向け、足音をたてて校舎に向かう。

「お断りよ。それに土曜日はバイトなのっ」

「デートをしたこともなくて、恋愛相談所の社長とは片腹痛いぜ」

 後ろから容赦のない声が追ってきて、足が勝手に止まってしまった。

「実地調査だと思えばいい」

 佐代子は鼻を鳴らし地団太を踏み、けれどどうにも彼の提案を退ける反論が思い浮かばない。

「わかったわよ」

 なげやりな口調で答えるしかなかった。

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