3

「あっ、阿先輩、あの人じゃないですか?」

「……うおぉ」



 ……くっそ目立つおっさんがそこにいた。



 どう見ても外国人。


 馬鹿みたいにスタイルが良く、うねるような鈍色がかった金髪をピッタリとなでつけている。


 スーツの仕立てがどうとか俺にはわからないが、めちゃめちゃ高そうだってことは判る。


 まるで70年代くらいの古い雑誌に載ってるモデルみたいなルックスだ。

 それも、ファッションモデルというよりは、ガチの貴族へのインタビューとか、そんな方向の雰囲気。


 異様にかっこいいというか、映画から出てきたみたいな人物だが、それが日本の地方都市の、コンビニの駐車場で立ってるってのは、そこはかとなく違和感がある。


 ぶっちゃけると……ちょっと滑稽ですらある。


 それに――――。


(……なんじゃありゃ)


 その貴族っぽいイケオジは、ものすごく似つかわしくないトートバッグを肩に掛けていた。


 いや、貴族だろうが王様だろうが、たくさん荷物を運ぶならトートバッグを持つくらいのことはあるだろう――しらんけど。

 ただ、そのトートバッグには大量の缶バッジが所狭しと取り付けてあった。

 それがどう見ても、なにやらアイドル? とか、アニメキャラ? とか、あるいは見覚えのあるゆるキャラやら――そっち方面の知識は皆無なのでよくわからないが、少なくともスーツを着たイケオジが大切そうに持っていちゃいけないもののような気がする。


 いや、何を持とうと自由ではあるのだが……。


 さらに、トートバッグからは、ポスターっぽい筒やら、なにやらぬいぐるみ? 人形? の入ったビニール袋が突っ込まれている。


 イケオジは、あまりの異質さに周りがザワついてるのも気にすることなく、なにやら賢明に手元のカード――多分スクラッチ――を10円玉で擦っている。


 と、イケオジの手がピタリと止まる。

 失意に満ちた、どこか憂いを秘めた表情を浮かべ、ポロリとカードが手元からこぼれ落ちる。

 途端、ビュッと風が拭いてカードが吹き飛ばされる――あろうことか、カードはコンビニのゴミ箱の「もえるゴミ」に吸い込まれていった。


「え、何、偶然?」

「すごーい!」


 などと近くから歓声が上がっているが、イケオジは構わず次のカードを削りにかかる……。



 アレが、蒐集家――オッペンハイム卿。



 卿ってことは貴族……?

 どこの国のだよ、と思わず突っ込んだが、加賀曰く「会えば判る」とのこと。


 ああ、たしかに判る。

 ものっすごく貴族然としてる。

 実際に貴族なのかどうか知らんが、間違いなく貴族っぽい。


 にしても、あまりの場違いさと、行動の似合わなさで、違和感しかなかった。


 俺とトオルは顔を見合わせ、恐る恐る近づいていく――。


 ▽


「あの……オッペンハイム卿でしょうか」


 おお、腰が引けてる俺と違って、トオルはこういう時に物怖じしないな……。


 しかし、オッペンハイム卿はこちらを見ることすらせず、「少し待て」とだけ答える。


 ……。

 …………。

 ………………。


 これ、子供(と一部のマニア)向けのキャラクターグッズが当たるスクラッチくじだ……。


 なんなの、この人。

 ちょっと怖いんだけど。


「あの……」


 反応がないので、とりあえずもう一度声をかけると、オッペンハイム卿は「ああっ」と顔を手で覆い、空を仰ぐ。


「……どうしても、特賞が出ない……」


 それは、まるで愛する人を亡くしたかのような、悲痛に満ちた声だった。

 ついでに言うと、異様に低く響く、ものすごくいい声である。


「……ざ、残念すね……」


 しかたなく同意して見せる俺、無様。


「……何だね、キミたちは。見世物ではないのだが」


 じゃあ見世物になりかねん行動をやめろ、と言うわけにもいかず、俺とトオルは頭を下げる。


「えと、俺……私は阿と言います。横にいるこいつは小林」

「加賀義輝に言われて、あなたに会いに来ました」


 俺たちの言葉を聞いて、オッペンハイム卿は「ふむ」と頷き、


「ああ……思い出した。そうか、キミたちが」

「はい」

「その、俺……私たちも、何も聞かされずにここに来ているんですが……」

「オッペンハイム卿にお会いしさえすれば大丈夫、と……」

「ふむ。要件の前に、少しやってもらいたいことがある」


 な、なんか掴みどころのないおっさんだな……。


「はい、なんでしょう」

「そこのコンビニに行ってだね、これと同じクジを10枚ずつ買ってきなさい」

「……は?」

「あ、じゃあボクが20枚買ってきます」


 さっとトオルが手を上げたが、オッペンハイム卿は首を軽く横に降った。


「私は『10枚ずつ』と言った。キミ……ええと」

「……小林トオルです」

「トオル。キミが20枚買っても、10枚ずつ買ったことにはならないだろう」

「はぁ……」

「運命とは、人ひとりにつき一つずつ用意される。キミ一人の20枚と、キミたちがそれぞれ10枚買うのでは意味が違うのだ」


 いや、何も変わらんと思うが……。


「金なら倍出す。さぁ行け!」


 なんか知らんけど、一枚500円のスクラッチくじを買うために、一万円ずつ渡されてしまった……。


 ▽


「あの、どうぞ」

「俺も」


 買ってきたスクラッチくじと釣りを渡そうとすると、オッペンハイム卿はクジだけを嬉しそうに受け取った。


「釣りは取っておきなさい」

「……はぁ」


 ……5分で5000円も稼いでしまったがいいのだろうか。

 しかし、オッペンハイム卿は嬉しそうにカードを10円玉で削り始める。


 ドン引きする俺をよそに、トオルは興味深々だ。


「……欲しい物があるのなら、一気に全部クジを買い占めたらよいのでは?」

「それでは、手に入ったときの感動がないではないか」


 バカなのかね、キミは? と言って、オッペンハイム卿はカリカリと10円玉を動かし続ける。


 腹が立ってもおかしくない台詞だが、相手が貴族っぽいからか、あまりそんな気分にもならないな……。


「なるほど」


 トオルは関心したように頷いている。


 それにしても、違和感がスーツ着てるみたいな人物だ……。


 ▽


「おお、特賞だ。特賞が当たったぞ」

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