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「そうだよ? だって、––––人を殺した野良の魔術師は処分される決まりだからね」


 加賀はそう言って笑う。

 まるで親しい友人に接するような態度だ。


「……なんだ、あれだけやったのに、騙せなかったのかよ……」

「あんな雑な方法で管理者を騙せるわけがないだろ」


 加賀は肩をすくめた。


「キミの能力は、自分を自分の思ったように見せる幻覚魔術と、人に予め決めた通りの動作をさせる演出魔術だ」

「……正解」


 光輝は余裕を見せようと虚勢を張る。


「さすがは管理者ってか?」

「どんな魔術でも、使い手次第ってことかな」


 光輝の手は震えており、明らかに余裕を失っている。

 加賀は一瞬だけ顔を歪めると、すぐに元の表情に戻して言った。


「自分の仕業ではないと思わせるために一芝居打ったか。かえって注目を集めるなんて、バカなやつだ。人死になんか出ちゃったら……容赦できなくなるじゃないか」

「ハッ。で、わざわざ姿を表したってか。なめやがって」


 光輝は歯をむき出して、敵意を顕にする。

 震えが止まる。

 恐怖は怒りに転化させるに限る――ここにきて光輝はようやく体の自由を取り戻した。


「……あんた、俺を殺すって言ったか?」


 光輝は加賀を睨みつけるが、加賀はちょっと驚いたような顔を見せた。


「えっ? 言ってないよ、そんなこと」

「はぁ?! 確かにたった今そう言っただろうが! なんだ、ビビったのかい先輩?」

「いや、本当だって。本当に殺すなんて言ったかい? 僕が?」

「ああ、言った。間違いなくな」

「いいや、違うね。、ってね」

「同じことだろうが!」

「同じじゃないさ。僕はこう見えて平和主義者なんだ。人を殺すだなんて、とんでもない」


 加賀は肩をすくめた。


「ふざけやがって! ……俺がお前を演出してやるよ、先輩!」


 光輝は激高し、左手をこちらに向けて叫んだ。


「コールッ! 〈もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN〉!!!」


 途端、光輝の指先から黒い煙が吹き出した。

 煙は宙に溶けること無く、生き物のように加賀に襲いかかる。


「ハハハハ! 喰らえ! バカになっちまえ! その後ゆっくり食ってやるよ!」


 勝ちを確信した光輝はゲラゲラと笑いながら加賀の元へ走る。


「コール!『AS CORONER. I MUST……』」


 何事かを叫びながら、光輝は右手の平で加賀を殴ろうとする。

 しかし、加賀はそれより早くコールを終わらせる。


「コール。〈サイコロを転がせTärningen〉」

「あぁ?!」


 スカッ、と光輝の手のひらが宙を切る。

 予想外の手応えのなさに、光輝は止まりきれず、勢い加賀から離れる。

 慌てて振り返るが、加賀は元の場所に突っ立ったままだ。

 加賀は振り返りすらしない。

 何も起きなかったかのように。


「てめぇ、何しやがった!」

「さてね」


 加賀がゆっくりと振り返る。


 そこには焦りも緊張もない。

 憎しみも、嘲笑も、侮蔑も、何も――いや、もしも加賀をよく知る人間が見れば、そこに1ミリグラムほどの憐憫が含まれていることに気づいたかもしれない。


「……の野郎……バカにしやがって––––!!」


 何が起きたかわからない光輝は、油断なく辺りを見回す。


「馬鹿になんてしてないよ。それに駆除対象を前に煽っているつもりもないさ。時間の無駄だからね」

「ハッ! 余裕ぶっこきやがって! どうせ本体は近くに隠れてて、そこに見えてるお前は幻覚か何かだろ。ビビってないで本体を表わせよ、先輩!」

「人聞きが悪いなぁ。臆病者ってのは、まぁ否定しないけど……僕がキミの前に顔を出したのは、あくまで対話の必要があったからだよ」


 加賀は、ざり、と一歩を踏み出す。


「てめっ……!」


 足音を聞いて慌てて後ずさる光輝。


「その足音……てめぇ、幻覚じゃねぇのかよ!」

「うん、本体だよ、ほら」


 加賀はぴょんぴょんとその場で跳ねてみせる。

 たん、たん、ざり、ざり、と足音が鳴る。


「マジで実体なのかよ……じゃあなんで俺の魔術が効かねぇ? なんで殴ったはずが手応えがねんだよ?」

「教えると思う?」

「……なめやがって! 後悔させてやるぜ! コール!〈これがオズ式の笑い方THE MERRY OLD LAND OF OZ〉!」


 途端、光輝の姿がクニャリと歪んだ。

 そしてそのまま暗い風景の中に溶けていく。


 それはまるで光学迷彩。

 じっと見れば、周りの風景とのズレがうっすら見えるが、移動し始めるとほとんど視認は不可能に見える。


「ハハ! どうだ、見えねぇだろ?……なぶり殺してやるよ!」


 カラン、と何やら金属製の長い物でもひろったかのような音。

 ハイテンションな甲高い声。

 どこから聞こえるのか、方向感覚が全くつかめない。


 姿を消した光輝は口の中で「コール、〈もしも知恵があったならIF I ONLY HAD A BRAIN 〉」とつぶやきながら加賀に接敵する。

 今度は間違いなく、黒い煙が加賀に接触する。


 加賀は慌てた様子もなく突っ立っている。


「コール! 〈検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉!! バカが油断しやがって!」


 光輝の右手の平が加賀の頭を捉える––––が、またも手応えがない。

 加賀が体を動かした形跡はない。


 加賀は何事もなかったかのように、目に見えない光輝のほうを振り向いた。


「はぁああ?! てめぇ、どういうトリックだ!?」

「さてね」

「クソッ……! これならどうだ! コール!〈検死官としてAS CORONER. I MUST AVER〉!!」

「あれっ? それ、さっきと同じじゃない?」


 もしかして間違えちゃった? と首をかしげる加賀。


「……そう思うか?」


 光輝はサッと後ずさり、ゆっくりと下がっていく。


「この廃墟さ、大量のホームレスの溜まり場になってんだよ。あんたはせいぜい連中とよろしくやれや」


 虚勢なのか、余裕を見せつけるかのように光輝は笑う。


「お前みたいなわけのわからんやつの相手をするほど暇じゃねぇ。 じゃあな、先輩」


 すっ、と光輝の姿が闇に溶ける。


「あっ、……逃げちゃった」


 加賀はハァ、とため息をつく。


 そして、足でガシガシと魔法陣をこすりはじめる。

 まだ乾ききっていないスプレーは、あっという間に滲んでしまう。

 ある程度こすってやれば、すぐに復旧するのは難しい状態となる。


「靴が汚れちゃうじゃないか……あれ?」


 あたりを見回すと、浮浪者が五人、加賀を囲むように立っていた。

 全員生きてはいるが、フラフラとした歩き方はさながらゾンビ映画のようだ。


「ありゃあ、囲まれちゃったか……さっきの光輝君の言ってたのって、このことかぁ……」


 台詞とは裏腹に、その声には緊張感がない。

 相変わらず足で魔法陣を消すのに忙しそうである。


 そのうちに、浮浪者たちは加賀に襲いかかる。

 先程までのゾンビ歩きとは打って変わって素早い動きだ。


「最近のゾンビは走るらしいけど、やっぱ、じわじわ迫ってくるほうがゾンビらしいよね」


 加賀は避けもせず、作業を続行する。

 ゾンビは振りかぶって殴りかかったり、噛みつこうとしたり、体当たりしようとするが、一切加賀に影響を与えられない。


 すっかり魔法陣を台無しにしてしまうと、加賀はポツリと「コール。〈既成概念をぶっとばせKlossa Knapitatet〉」と呟く。


 途端に、浮浪者たちはバタバタと倒れていく。


 加賀は用は済んだとばかりに、相変わらずのやる気の無さで、フラフラとそこを後にした。

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