12

「じゃあ、もう先輩とお話しできないじゃないですか」

「え、あ、いや、だって、……別に話すことなんてないだろ。お礼はもういいって」

「そうじゃないです、そういうことじゃないです。ボク、先輩と仲良くなりたいと思います」

「あ、そ、そう」


 何これ。胸がドキドキいうんですけど。

 目覚めちゃう!


(こいつは男……こいつは男……)


 心の中で呪文を唱えていると、トオルはなおも懇願する。


「だめ、ですか……?」


 そうは言われても、恐怖心が先に立ってしまう。

 というか、トオル自身はどうなんだ。聞けば、結構ヤバい目に遭ってるのに。

 って、そうか、途中で気絶したから、実感がなかったのか。


「……まぁ、そうだな、考えとくよ。華道室は……そうだな、うん、行けたら行く、かもな」


 実際には行く気はゼロなわけだが、とりあえずその場を濁すようなことを言って、そこを離れる。

 トオルは、悲しそうな瞳で俺を見つめていた。


 * * *

 

 教室へ行くも、昨日の騒ぎに関する話題は一切出てこなかった。

 

 ––––ああ、その辺も、まぁなんとかしておくから、心配しなくていいよ。

 

 加賀のそんな言葉を思い出す。

 本当に何とかしたってか……あの散らばったガラスを? 臓物を?

 

 ふと、加賀が一人で箒を使ってガラスを片付けているところを想像してクラリとする。

 あの先輩は、絶対にそんなタマじゃない。

 そして、ゴス双子が、俺が割った窓ガラスをあっという間に直してしまったのを思い出す。

 

(要するに、加賀も魔術師ってことか)

 

 まぁ、わかっていたことではある––––どう考えても普通じゃないってことは。

 

 これがマンガの中なら、ワクワクするだろう。

 だが、それが現実だと、正直な話、二度と関わり合いたくない。

 魔術やら超能力やら、そんなものが本当にあるのか、知りたくないといえば嘘になるが、命と引き換えにしてまで知りたいとは思わない。

 

「お? 千里せんり、昨日午後いなかったじゃん」


 クラスメイトに話しかけられて振り返る。

 他にも数人のクラスメイトがほんの少しの好奇心と、さらに微量の心配をにじませた表情で俺を見ていた。


「あー、一昨日夜更かしして睡眠不足だったんだよ。昼飯食ったら眠くなって」

「え、どこかで寝てたの?」

「裏庭で」

「マジでか。お前度胸あるな」

「まぁ、千里だし」


 クラスメイトたちが笑う。

 俺だからなんだっての、と言いつつ、俺も笑った。


「カバンあるのに戻ってこねぇし、心配したぜ」

「あー、すまん。気づいたら7時前だった」

「お前勇者だろ」


 他愛ない会話。

 そういえば、昨日はなぜ一人で飯を食おうと思ったんだっけ。

 何か、そう「喧騒を離れたい」みたいな、バカみたいな理由だった気がするが––––よく思い出せない。

 

 クラスメイトに、昨日のことで何か事件でもなかったか聞こうかとも思ったが、もしも何かあった時に「あくつが関係している」と思われるのはまずい。

 とりあえず何食わぬ顔をしてやり過ごすしかなかった。


 キーンコーンカーンコーン。


 やけに人工的な音で予鈴が鳴ると、皆はガタゴトと自分の席に戻りはじめる。

 一限目は数学。好きな教科である。

 教科書とノートを取り出して、今日のページを開いた。

 

 と、その時だった。

 俺の視界のすべてが、真っ赤に染まった。


「は?」


 ――⠙⠏⠉⠪ザザザ、⠸⠹ザ、ザザ⠸⠹⠜⠝ザ⠏⠉⠪ザザ⠃⠄⠙⠞―― 


 耳障りなノイズが耳鼻を打つ。

 まるで赤いセロファンを通したみたいに、すべての風景が赤い。

 赤と黒だけのモノクロの世界は、精神を蝕むように心をざわつかせる……!


「な、なな……!」


 狼狽えて、周りを見回す。

 たった今談笑していたクラスメイトたちは、そのまま固まっている。

 時間が止まったみたいに。

 フリーズしたみたいに。


 ––––ピンポロン、ピンポロン、ピンポロン……


 やけに鮮明なアラート音。

 大音量だが、どこから聞こえてくるのかはわからなかった。緊急地震速報ともまた違う、緊張感のある音だ。


 完全に固まっている友人たちの表情はいつもどおりで、静止した赤い世界の中で、自分の時間だけが動いている。


 そして、視界いっぱいに文字が埋め尽くされる。

 それが縦横無尽にスクロールする。

 どこの言語なのか、ほとんどは読めないが、ところどころに日本語や英語らしきテキストが混じっていた。


(な、なんだこれ……?! 緊急メッセージ? システムエラー? Emergency? )


 そして、無感情なシステムボイスが流れた。

 

『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』

『システムメッセージ。管理者は至急、情報収集してください』

『システムメッセージ。セーフモードに移行します』

『システムメッセージ。権限がない場合、管理者に連絡してください』

『システムメッセージ。セーフモードへの移行に失敗しました』

『システムメッセージ。権限がない場合、管理者に連絡してください』

『システムメッセージ。セーフモードへの移行をリトライします』

『システムメッセージ。セーフモードへの移行に失敗しました』

『システムメッセージ。管理者は至急、情報収集してください』

『システムメッセージ。エマージェンシーモードに移行します』


『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』


『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』


『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』


『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』

『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』

『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』

『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに失敗しました』『システムメッセージ。物理法則のアップデートに……』


 世界が。

 バグった。

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