第28話 復讐の行方

(※2022/12/30 20:00更新の次話で一区切りです。作者より)



 明るい光に照らされる中、顔面と股間を血まみれにして、クリストファは死んだ。

 その見苦しい死体を見下ろすのは、2人の男女だ。


 レイラが空中を見上げ、クロウに声を掛ける。


「……どうする。約束を、今、果たすのか?」


 クロウはゆっくりと地上へ降りてきたが、レイラとは距離を取り、その問いには答えない。

 月光に照らされた顔は、眉根は寄り、口を引き結び、苦悩している様子だ。


「私もお前の復讐対象だろう? 何を悩むことがある?」


 約束とは、約1年前、レイラがクロウと再会した時に交わした約束だ。




◆◆◆




 10年前の、あの日。


 レイラは諦めた。

 友人を、ミッシェル・ハイマンを、救うことを。


 加担せざるを、得なかった。

 些細なことを逆恨みする小物だが、侯爵令息には逆らえない。

 部下の若い才能に嫉妬する老害だが、国立研究所の責任者にも逆らえない。

 今、叛意を見せれば、レイラの復讐は遠ざかる。

 そして、どちらにせよ、レイラの力はまだまだ小さく、戦えばクリストファたちには勝てない。今はまだ。


 だから、父が犯して殺した人たちを見て見ぬふりをしたように。

 友人が犯され、殺されるのも、見て見ぬふりを、した。

 幼いころ、屋敷で耳を塞いでベッドに潜って震えていた時と同じように、逃げた。



 せめて現場には行きたくなくて、周辺の見張りを買って出た。

 暗い雑木林の中、奥歯を噛んで上を向き、眼を閉じてただひたすら、時間が過ぎるのを待った。


 ペンドルトン博士が先に去って、たっぷり1時間は経ってから、2つの麻袋を抱えた3人が戻ってきた。

 3人の下卑た、ニヤついた顔。

 レイラは、自分がこの男たちの仲間であるという事実に吐きそうだった。

 何か話しかけられたが、何と返したか覚えていない。

 ただ間違いなく、レイラの復讐リストにこの下衆3人が載り、特にクリストファの優先順位はこの時、父より上になった。



 それから8年が経ち、ようやくレイラは地位と力を手に入れた。

 幾度も父とクリストファを殺す計画を立てたが、父はともかく、クリストファを苦しめて殺す算段がつけられなかった。

 できることなら、あまり間を開けずに2人とも殺し、できるだけ早く、良い思い出の無いこの国を去りたい。


 不意打ちで倒すことはできる。

 だが、レイラの肌に触れておきながらそれを無価値と断じ、友を嬲り殺しにしたクリストファは可能な限り苦しめてやりたい。

 だが、レイラの能力は、クリストファを無力化し、苦しめることにあまり向いていない。


 悩み続けたある日、ペンドルトン博士が死んだ。

 世間には隠匿されていたが、実際には何者かの復讐にあった、と考えられていた。


 ずっと考えていた。

 もし―――もしも、共犯者がいれば、クリストファを苦しめることができるかも知れない。

 きっと、スターズを、私たちを憎む者たちはかなりの数、居る。

 レイラは探した。

 クリストファの能力を抑えて復讐を遂げさせてくれる、パートナーを。


 だが、そうそう都合の良い人物はいない。

 探している間も時は流れ、ペンドルトン博士の死から1年が過ぎても、まだ適した人物は見つからず。

 レイラは仕方なく、"イレイザー"レスター・モーガンを仲間に引き入れられないか、頭の片隅で検討するようになった。

 だが、モーガンはかなりな下衆だが、小心で狡すっからい。

 いつ裏切られるか知れたものじゃない。

 信頼と感情、両面の問題で、仲間にすることはどうしても躊躇われる。


 それでも代案は無く、研究所へは2代目"イレイザー"を育てるよう指示を出しながら、意外と隙の無いモーガンの脅迫のネタを手に入れるために時間を見つけては尾行していた時。


 嗤いながらモーガンに復讐する、クロウに、出会った。




◆◆◆




「あの時、約束した通り、私はいつでもお前との戦いを受ける。お前の準備した戦場でな。まだ、準備ができていないのか?」


 わざと嘲るようにクロウへ問いかける。

 それが互いの復讐に協力しあう際の約束だった。

 スターナイツの内部資料や行動予定のリーク、会議の盗撮などの復讐に必要な情報や証拠は、幹部のレイラと姿を隠せるクロウが協力していたため、拍子抜けするほど容易に集まった。

 クロウのお膳立てで正当に復讐された父が、目の前で苦しみぬいて焼き殺されるのを見ることもできた。


 無抵抗で殺される気は無いが、クリストファへの復讐が成った後なら、クロウと戦い、その結果、殺されてもいいと思っていた。

 この国で築いた地位や財産になど、欠片も未練はない。

 そしてクロウには、間違いなく、レイラを憎み、殺す資格がある。


 それにクロウからも、復讐の果てに死んでも構わない、そんな覚悟を感じていた。

 その思いは、よく分かる。

 同じ復讐者として、クロウには復讐を遂げさせてやりたいような、そんな甘い共感すら感じている。

 だが。



「……今は、戦えない」


 クロウの、意外な言葉。

 まるで、弱気になっているような。

 レイラが少しだけ苛立ちを感じる中、クロウは語り続ける。


「……レイラ、お前は『闇使い』などではない。僕の見立てが正しければ、スターズで一番強いのはお前だ。だから最後に回した。だが、今の僕なら、お前に勝つことはできなくても、刺し違えることはできると思っている」


 クロウの見立ては正しい。

 レイラの能力は『闇使い』ではなく、『光使い』だった。

 ミッシェルの助言のお陰で気づくことができ、それによって自身の能力を理解したレイラは、飛躍的にその能力を伸ばすことができたが、自身の能力を誤認させるためにそれを隠していた。

 それをクロウに見破られていたことに驚く。

 レイラの見立てもクロウと一致していた。

 時を経て帰ってきたクロウはレイラの想像を遥かに超えて強くなっていたが、本気のレイラは光を操り、一瞬で敵の命を刈る。今のレイラなら、クロウと戦えばお互いに致命傷を与えて相討ちになると考えている。


 だが、それでも―――それでも、復讐を諦めるクロウなど、見たくない。

 お前にとって、ミッシェルはその程度の存在だったのか? まさか今頃になって命を惜しむのか? お前と相討ちになって死ぬことを夢見た私の気持ちはどうなる?!

 瞬間的に、理不尽な怒りが胸を満たし、頭が熱くなる。


 クロウとレイラは、睨みあう。

 そしてレイラは気付いた。

 クロウの瞳は、レイラへの復讐を諦めてはいない。そこには、明らかなレイラへの怒りがあった。

 明確で、濃厚な殺意がレイラに吹き付ける。


「かつてお前と約束したとき、僕はお前と刺し違えても構わないと、そう思っていた。だが……今の僕に、それはできない」


 クロウの殺気が幾分、弱まる。瞳に迷いがよぎる。


「お前を殺したい。僕はミッシェルの墓前に誓った。だが……僕はある人に、あまりに無責任に、軽い気持ちで手を伸ばしてしまった。あの人を再び孤独に追いやることは、できない。だから僕は、どれほど見苦しくとも、情けなくても、生きて帰らなければならない」


 レイラは目を瞠る。

 様々な感情が去来する。


 節を曲げているようにも見えるクロウへの苛立ち。

 変わらずレイラを憎んでいることへの安心と、悲しみ。

 復讐を終えた後、帰るところがあることへの羨望。

 そして―――その誰かへの嫉妬。



「……私はこの後、死者のまま国を出るぞ。恐らくもう、この国には戻らない。私への復讐を、諦めるのか?」


「いいや。諦めはしない。ただ、それが今ではないだけだ」


 クロウの精悍な顔は、変わらず真正面からレイラに向けられている。

 その秘めた憎しみに、心から安堵する。

 レイラは、この顔を、声を、いつまでも思い出す。

 まるで恋する乙女のように。



「僕は、いつか必ず、お前を殺す」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る