第10話 人族風情が?

「しかしそのリリアナとダグラスだけではなく周りにいた者たちもお前がやったと言っているんだけれども、それについてはどう弁明する?」


 俺が食堂を水浸しにしたのは俺ではなくてリリアナたちであると言ってみたものの、このエルフの教師であるシシル・シシルカ先生は全くもって俺の話を聞いてくれず、しかもリリアナとダグラスたちの方が正しいのでは? と言って来る始末である。


 このシシル先生はエルフというだけあって魔術の講師を担当しているのだが、だからこそ大勢の生徒が、俺が水浸しにしたという一(俺)対多数(リリアナやダグラスとその取り巻きたち)という状況よりも、魔術的視点(俺が水魔術を行使して水浸しにできるわけがない)で見てくれるだろうと思っていた俺が馬鹿だったとやるせない気持ちになる。


 確かに俺はこの学園での信頼は無いに等しい(そもそもリリアナやダグラスのせい)のだが、だからと言って講師という立場の人間までもが端から俺が悪いと決めつけて話している状況に俺は思わず深いため息を吐いてしまう。


 そして、人気のない教室に俺のため息が響き、当然そのため息はシシル先生の耳にも聞こえていたようである。


 そもそも人間よりも聴覚が優れているエルフであるシシル先生が聴こえていない筈がない。


 その証拠にシシル先生は百人見れば百人が『怒っている』と答えるだろう表情をしていた。


 以前の俺であればシシル先生の憤怒の表情を見ただけで即座に謝罪をしてやってもいない、しかも俺が被害者であるにも関わらず謝罪していただろう。


 力のない俺はただ力があるものの言うことに従わなかければ生きては行けなかったのである。


「なんだお前は? 私がこうやって優しく聞いていると言うのに口答えをするだけではなくため息まで吐くとは、私を馬鹿にしているのか? 人族風情が? このエルフの私に対して?」


 そしてシシル先生はサラッと人種差別的な発言を口にしながら静かに怒りを表に出し始める。


 この言動からシシル先生は人族を見下している事と、しかもその人族の中でも成績が悪い俺から馬鹿にされたという事が怒りの原因である事は間違い無いだろう。


「殺されたいの?」


 そして怒りを隠そうともしなくなったシシル先生は殺気を飛ばしながら俺へと詰め寄って来る。


 以前の俺であれば間違いなく恐怖で漏らしていただろう。


 しかし、今の俺はいくらシシル先生に近距離で殺気を飛ばされながら凄まれても全くもって怖いとすら思わない。


 力を手にするということ事がどういうことか、俺は身をもって体験すると共に、力を持った者たちが履き違えてしまう気持ちもなんとなく分かって来る。


 

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