異次元、邂逅

 滝澤がハサミによる薙ぎ払いを避けようとしたその時、突然大ザリガニの動きが鈍くなった。


「お?」


 その隙を逃すまいと滝澤はザリガニの歩脚を駆け上がり、頭部によじ登る。暴れる大ザリガニだが、その動作の一つ一つが遅く、滝澤を振り落とすには至らない。


「こいつがザリガニならここだ!そして申し訳ないがこっから先の食事中の拝見はNGだぜ!」


 ある一点で立ち止まった滝澤は壮大な独り言を口に出しながら木刀をザリガニの甲殻の隙間に刺し、そしてそのままザクザクと殻を斬ってしまう。器官の詰まった中身が露わになった。


「うわ、思ったよりグロい!けど見えるぞ!ここだぁぁ!」


 滝澤は微かに光を浴びた大ザリガニの心臓に向けて木刀を思いっきり突き刺す。だが、体重を掛けすぎたせいで滝澤はそのまま臓器の海にダイブしてしまう。


「うぎゃぁぁぁぁ!気持ち悪ぅ!」


 慌てて飛び出た滝澤は大ザリガニの背中を地面まで転げ落ち、その後も地面をゴロゴロと転がった。


「愉快な男だね、滝澤君は」


 転げ回る滝澤に店長が声を掛ける。滝澤はピタリと動きを止め、店長の方に顔を向けた。


「どちら様でしょうか?」


 滝澤は殺意マシマシ、戦闘モードだった。


。名だけで伝わるかな?」


 木刀を握りしめていた滝澤の手が緩む。滝澤は安心したようにその場に座り込んだ。


「なんだよ、あいつの知り合いか……敵じゃなくて良かった〜!」

「はぁ、はぁ……店長、結局彼は何者なんですか?」


 息を切らしながら追いついたネイが尋ねる。彼らは店主に従ってはいるが、未だ滝澤の素性については何一つ知らないままだった。


「彼はここの世界とは別の所から来た人間。我々とは成り立ちが違う生命体だよ」

「そうそう。そのまま解説頼むぜ」


 店主が解説を始めようとしたところにルナ、ヴィルが合流する。


「やったな滝澤。う、臭っ!」

「かっこよかった!あ、臭い!」


 ヴィルとルナが立ち上がった滝澤にとびつこうとしてその激臭に急ブレーキを掛けた。


「勝利の代償なのに、そんな避けなくても……」


 うぁぁ……とゾンビのように両手を肩の高さまで上げて二人に歩み寄る滝澤。そのまま追いかけっこが始まる。


「……」


 その様子を少し離れたところでナスカが悲しげな表情で見ていた。


「お前、本当は混ざりたいんだろ」

「…うん」


 ナスカはなんだかルーズに心の内を全て見抜かれているような複雑な心境でそう答える。実のところ、ナスカは自分が滝澤達の輪に加わるに相応しくないのではと思い始めていた。

 自由奔放に大空を飛び回るルナ、滝澤を夫と呼び、積極的にコミュニケーションを取るヴィル。

 二人と比べた時、自分はいつも滝澤とは一線引いた位置に居る。そんな疎外感をナスカは旅の中で薄々と感じていたのだった。


「なるほどなぁ……」


 思案顔でそう言ったルーズはナスカの肩を掴んだ。


「な、何?何する気!?」


 困惑するナスカを頭上に持ち上げたルーズは長い下半身を捻り、大きく体を仰け反らせた。


「おし、飛んでけー!」

「嘘でしょぉぉぉ!?」


 かなりの勢いで一直線に飛ばされたナスカはルナ達とじゃれあっていた滝澤に顔から激突する。


「ぬぁにぃ!?」


 ナスカに激突された滝澤はナスカを抱いたままゴロゴロと草原を転がっていった。


「何すんだよナスカ!」

「私じゃないわよ!あのナーガに無理矢理投げ飛ばされて……」


 弁明を試みるナスカだが、その途中で滝澤から発せられる臭いに気付いた。


「うわ、何この匂い…!そろそろ服替えたらどうなの?」


 ナスカは滝澤の服を掴んでグイグイ引っ張る。


「違う違う、これは倒したザリガニの臭いだって!そう言うナスカも土臭いぞ!」

「なんですって!?もういっぺん言ってみなさい!」


 重なったまま喧嘩している二人を見て店主は方向を変え、来た道を引き返していく。


「どこへ行くんですか?」


 ネイが小走りで追いかけて聞くと、店主は過去を懐かしむような眼差しで答えた。


「私は先に帰るよ。彼らをでもてなしてあげてくれ」


 いつもの所。と、聞いたネイは不服そうな顔で滝澤とナスカの元へ向かった。ヴィルとルナもルーズに連れられ、二人が転がって行った場所へ歩いていく。


「あ、ナーガ!何するのよ!」


 ナスカは立ち上がり、ルーズに向かって杖を振り上げるが、素早く腕を掴まれ近くに引き寄せられた。


「でも、上手くいっただろ?」


 ルーズにそう言われナスカは顔が赤くなる。確かに彼女が居なければナスカは自分から滝澤の元へ行くことは無かっただろう。


「私も負けてられないな。なぁ滝澤」

「何の話か知らんが、厄介事はやめてくれよ」


 歩く厄介事が得意げに言うヴィルに文句を垂れる。だが滝澤の不安もあながち気の所為ではなかった。


「では皆さん、付いてきてください。近くの旅館に案内します」

「「旅館?」」




 首を傾げた一行が数分後に案内されたのは豪華な温泉旅館だった。看板には大きく横書きでと書かれている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る