剣道オバケ、異世界にて邂逅②

「うぅ……」


 滝澤はまるで重しを乗せられているような体への圧迫感で目が覚める。ゆっくり起き上がろうとした滝澤の下腹部の辺りには鳥・犬(のようなもの)などなど、無数の分解者達。


「まだ死んでねぇわっ!ほら、解散解散!」


 滝澤は勢い良く飛び起きると、消費者達は残念そうに去っていった。そして、辺りの景色は気絶する前と変わっていない。

 大きく深呼吸した滝澤は森の奥から響く金属音に気が付いた。


「誰か……戦ってるな。行ってみるか」


 疑わしいが、基本的には平和主義者の滝澤。予想外の形での戦闘に巻き込まれないように注意しながら音の出処へと近付く。


「(出来れば止める、出来なきゃ逃げるだ。命を簡単に手放すわけにも奪うわけにもいかないからな)」


 金属音がどんどん近付いてくる。


「キャッ……!」


 木に背中を付けたナスカの顔の真横に剣が勢い良く突き刺さった。ヘナヘナとナスカはその場に座り込む。


「(むっ……!さっきの変なアルラウネか……)」


 ナスカを発見した滝澤は慌てて大木の後ろに隠れ、様子を伺う。どうやら誰かと戦闘中のようだ。


「そろそろ観念したらどうだ?俺の剣に付いてこられないくらい弱っちいんだからよ」


 でっぷりと太った剣士が追い詰めたナスカの顎に手を当てるが、ナスカはその腕を掴みつつ剣士を睨む。


「あ?なんだよその顔は。この伝説の剣豪タンダにまだ盾突こうってのか?」


 頭を掴まれ、無理矢理立たされたナスカ。


「(なんだ、また負けてるのか……丁度いいや、アイツの無様な姿を見ておいてやろう)」


 滝澤はいやらしい笑みを浮かべ、木の陰から顔を覗かせる。その時、滝澤はナスカと目が合った気がした。いや、おそらく気のせいだろう。しかし、助けを求める潤んだその瞳が滝澤が眠らせていた記憶を呼び覚ました。


「ほら、脱がすぞ……!」


 タンダはいやらしい手付きでナスカの衣服の裾に手を掛けた。


「オイ!そこのオッサン!」


 滝澤は木刀を片手に提げたまま大声で叫んだ。因みに滝澤はこの後の事を何一つとして考えてはいない。


「た、滝澤……!?」


 ナスカが驚きの声をあげる。


「んだと小僧……この俺を知らねぇのか!?」

「伝説の剣豪(笑)さんだろ?こんな所でモンスター虐めてていいんですかー?」


 滝澤の言葉にタンダは思い出したようにナスカの居た方を見るが、とっくにナスカは姿を消していた。


「クソッ。てめぇ……モンスターの味方をしてんのか?とんだ馬鹿野郎だな。いいか?モンスターは下等生物だ。この世界に存在だけしている奴らだ。だから、


 滝澤の目の色が変わる。余りの殺気に辺りにいた他の動物達も逃げ出す。


「それがこの世界のルールってもんだ。分かってんのか?」

「……」

「なんだよ、その目は」

「……うるさいんだよ。何を語るかと思えば下等生物だからだと!?馬鹿はお前だセクハラ無精ひげめ!」


 滝澤は木刀を構えた。


「なんだとこの野郎!」


 タンダは木に刺さっていた自身の剣を抜き、滝澤に斬りかかる。その勢いはまるで猪の如し。


「遅せぇな」


 しかし、滝澤は涼しい顔で振り下ろされたタンダの剣を木刀の地(横の部分)で受け止めながら首を傾げた。

 ぐぐぐ……とタンダは木刀ごと滝澤を両断しようと全身の力を使って上から刀を押し込もうとする。


「はいよっ!」


 どんなに屈強な男でも鍛えられない部位がある。そう、急所だ。滝澤は上にばかり意識が向いていたタンダの股間に真下から蹴りを入れた。ドスンという効果音。

 無論、剣道では禁止事項である。


「うっ……!ぐっ……おぉぉ……」


 タンダは剣を取り落として股間を押さえながら地面に伏せた。想像するだけで痛々しいことこの上ない。


「ムカついたから木刀使わずに勝とうと思ってたんだけど……?ごめん、やりすぎたかも。死んでないかー?」


 返事はない。まるで屍のようだ。そっと滝澤は鎧越しにタンダの胸に耳を当ててみる。


「あ、うん。心臓の音はするし一応生きてはいるな……復活すると厄介だし、良し!にっげろー!」


 滝澤はタンダの生存を確認すると元いた場所へと駆け出した。


︎︎ ー︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー


「実は強いのね、アンタ」


 開けた場所へと戻ってきた滝澤の背後から声が聞こえてきた。滝澤が振り返ると土の拳の上にナスカが座っていた。


「まぁな。最強だし。その土の拳は椅子にもなるのか。便利な奴だな〜……」


 椅子の役目を果たしている土の拳に近づこうとした滝澤は『こっちに来るな』と威嚇されて慌てて下がった。


「……」

「……」


 戦闘の後でなんとなく気まずいせいか、二人とも無言になり、代わりに大きく一陣の風が吹いた。


「……何で助けたのよ」


 風で乱れた髪を直しながらナスカが口を開いた。


「あのまま私があの男に蹂躙されるのを眺めてりゃ良かったのじゃない!なんでわざわざ間に割り込んで……」


 感極まったのか、最後の方はやっぱり涙混じりで聞き取りにくい。


「逆に聞くが、ナスカは俺にそうして欲しかったのか?」


 滝澤の珍しく真面目なトーンでの質問にナスカは俯いたまま無言で首を横に振る。


「だよな。だから俺は助けに入った。それに、あの剣士は顧問に似てて何か嫌だっただけだ」


 異世界では顧問、という言葉も伝わらないかと苦笑する滝澤。ナスカは土の拳から降りて滝澤の前に立った。


「ん?どうした?」

「アンタに……頼みがあるの。滝澤にしか頼めないようなコト」


 シリアスな空気を感じ取った滝澤は唾をゴクリと呑み込む。こういう時はちゃんと対応する男である。


「この世界は百年前に魔王が倒されてからずっと、モンスターが迫害されてきたの。私、思ったの。モンスターを嫌わないニンゲンのアンタなら、新たな魔王になれるんじゃないかって」

「ほぅ……」


 滝澤の頭がようやくまともに回転し始める。最初の戦闘時に負けたナスカの様子、剣士のナスカの扱い、ナスカの潤んだ瞳。


「特別なアンタだから頼めるの」


 人間ってやっぱり《特別》という言葉に弱かったりする。多感期は特に。


「わかった。魔王を目指せばいいんだな?俺だってこんな世界は嫌だし、なにより魔王ってカッコいいしな!」


 すっかりその気になった滝澤は木刀を天に掲げる。脳内ではポップな音と共にドット調の文字が浮かんでいた。


 〘滝澤は 魔王見習いに なった!〙


「ありがとう滝澤。そうと決まれば、私も付いていくわ。一応、助けてもらったし。それに……」

「それに?」

「私……いや、あんた色々と問題起こしそうだし」


 問題を起こしそうなのはナスカも同じ気がするが、そこは気にしない滝澤。


「そんで……魔王になるには具体的にどうすりゃいいの?」

「……え?」

「……」


 答えが無かったり、複数ある問題は難しい。だから、時には誰かの助けも必要なのだ。


「むむっ……!天の声が聞こえてきた!あっちだ、あっちに行こう!」


 魔王見習い、滝澤は早速森の中へと歩き出した。

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