警視庁公安部第四課第三係

タヌキ

前編

第三係始動

 日本。東京都大田区下丸子。

 中小企業の工場が乱立する多摩川沿いの町。その一角に数台のセダンが集結していた。

 次々と降車するのは、九月に入っても衰えることを知らない太陽によって、もたらされた酷暑にも関わらず、スーツを身に纏う一団。

 傍目から見れば倒産寸前の工場にヤクザ屋が押し掛ける図だが、ある人が見ればその車両が覆面パトカーである事が分かるだろう。

 更に限られた人種が見れば、その一団が刑事にしては独特の雰囲気を発しているのも分かる。

 彼等は警視庁公安部公安第一課所属。極左集団の調査を担当する専門家達だった。

 向かう先にはバブル崩壊時に潰れて以降、放置された町工場。

 そのドアは先日、入国管理局の職員と池上警察署の警官がブリーチングしてから蝶番が破壊されてからそのままだ。

 黄色の封鎖テープを持ち上げ、工場の中に男達が入っていく。

 リーダー格の一人が声を張り上げる。


「証拠を探せ。所轄の連中が見つけられなかった物が、絶対あるはずだ」


 放置された段ボール箱の山や、かつての住居部分の収納スペースを部下達が手際よく漁っていく。

 すると、押し入れに身体を突っ込んでいた一人が、空間の天井に板で蓋をしてあるのを見つけた。

 板を押し上げてみると、そこには大量の証拠が残されていた。


「係長!」


 彼は埃と蜘蛛の巣に汚れた顔を拭いながら、リーダー格の男――公安部第一課第七係係長の大岩を呼んだ。

 大岩は柔道で鍛えられた身長百八十センチ越えの巨体と、刈り上げられた黒々とした短髪に、鬼瓦を彷彿させる顔を持つ男だ。

 公安特有の威圧感と相まって、泣く子が黙った後に激しさを増して号泣すると言われている。

 しかし、その顔に慣れきった係員達は、淡々と彼の前にバケツリレー方式で証拠を運んだ。

 木炭が入ったズタ袋。黄色い汚れが付着した乳棒・乳鉢。作業着代わりであろう割烹着や三角巾。

 などなど、大量に並べられる中。

 工場の外に一台のマークXが停まった。見張りの係員がやんわりと注意するよう近づいたが、乗っている人物を見た瞬間、彼等はしかめっ面になる。

 運転席から出てきたのは女性。精悍な顔つきは軍人の様が、れっきとした警察官である。

 助手席から降りたのは男も警察官なのだが、この中では一番胡散臭さがない。

 そして、後部座席からロフストランドクラッチを突きながら出てきた眼鏡の男。助手席の男とは正反対の胡散臭さであり、現れた瞬間から場の空気を一層濃くさせた。

 ざわつく係員達を分けながら正面に出て、大岩は三人の闖入者を睨みつける。


「草薙、山寺、江戸川……」


 運転席の女、助手席の男、眼鏡の男の順に名前を呼び、鬼瓦面を世にも恐ろしい顔に変貌させるが三人は何処吹く風だ。

 

「何の用だ」


 大岩の部下が一番近い山寺に詰め寄るも、草薙が間を割り入って捜査と告げた。


「資料整理係が、捜査だと?」


 第七係の係員は煽るように三人を嘲笑うが、草薙が懐から出した名刺に思わず閉口する。


『警視庁公安部第四課 草薙敦子』


 警視庁公安部には左翼、右翼、過激派、海外を担当部署があるが、草薙達が属する第四課は主に捜査資料の整理や統計を担当する部であり、捜査どころか公安部内では島流し部署として悪名高い。

 だが、草薙が出した名刺には存在しなかった第三係の名が記されている。


「第三係だと?」


 大岩が眉をひそめる。


「ええ。今日出来たばかりの新部署よ」

「新部署……」


 公安という特性上、部外者に情報を知られる訳にはいかない。それが同じ公安部であってもだ。

 それがセクト主義として強く根付いているのと、所詮は島流し部署だと四課を下に見ていたからこそ、新部署の話を聞き流していた。

 勿論、今日出来たばかりであるが故、生まれたてホヤホヤの存在を朝から外にいた彼等が知る由はなかったのだが。


「極左とも右翼ともカルトとも違う、新しい思想……第四の思想を主に担当するわ」


 これまでの日本において、テロを起こしてきた代表例を挙げるとするならば、六十年代から七十年代にかけて起こった極左や日本赤軍による連続企業爆破事件やよど号ハイジャック事件やあさま山荘事件。一九九五年のオウム真理教による地下鉄サリン事件が最たる例だろう。

 それぞれテロを起こす理由としては革命やら教義による人類の選別やらだ。

 右翼も警察学においては『民族主義的で排外主義的な主張にもとづく市民活動』であり、テロを起こしそうな集団として公安の調査対象になっている。

 単一民族で形成された島国である日本で、人種問題からのテロ行為が行われる可能性は低く、前述した三つがテロリズムの元凶であるとこれまでは見られていたが、半年前、それを大きく覆す事件が発生した。

 立川・新宿同時多発テロ事件である。

 首謀者である斎藤源一郎は、幼稚且つ残虐な思想で最終的に自衛隊まで出動する騒ぎを作り出した。

 実行犯リーダーで源一郎の実子でもある弓立涼子がISSアメリカ本部の局員に語った思想の一部は、警視庁・警察庁にも伝えられ、それを知った警察幹部や官僚は絶句した。

 それほど、彼等の思想が従来のテロリズムの枠を超えていたのだ。

 がしかし、それを理由にして自身らの怠慢を棚上げは出来ない状況にあった。

 先の事件では多数の警官の殉職と市民の不安を理由に、主導権を治安出動が決定した際、防衛省に移された屈辱と、弓立涼子が警視庁公安部に属していた事による責任を取らざる負えなかったのだ。

 これは警視総監が腹を切って詫びても何とかならない。

 だからこそ、事件発生から半年程の時間で新部署設立までもって行き、弓立の同僚だった草薙らをそこに押し込める事で職員個人単位での責任問題もウルトラC的に解決させたのだった。

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