第4話 同じ事。

朝、重い瞼を擦りながら学校の階段を上る。欠伸が出る。早朝という事もあり、学校には誰も居らず、鳥の囀りだけが校舎内に響く。


「ごめん、来てもらって…」


「いいよ」


屋上へと続く階段の広間に頬を染め、息を切らしながら蹲っている彼女、噛波さんを見つける。

いつもの彼女とは異なり、弱々しい姿の彼女。発作である。


ハムッ…ガジッ…ガジッ…ガジッ…


逃げられないよう背中に手を回され容赦なく首筋を噛まれる。腕かと思った。だが違った。彼女の柔らかな唇が首筋に触れ、硬く鋭い牙が皮膚に傷をつける。その時点で自分は口を固く固く閉じる。奥歯を噛み必死に事が終わるのを待つ。


「ッ…」


声が漏れそうになる。早朝とは言え、生徒が居ないとは限らない。バレないよう声を殺すが、彼女は容赦なく、自身の弱点(・・)に喰らいつく。


ガジッ…ガジッ…ペロッ…ガブッ…


「ん…ッ」


「ふぅ〜満足!」ツヤツヤ


どれほど時間が経っただろう?時計を見るが2、3分の短い時間だった。が、俺には数十分ほど長い時間だった。最初の時、彼女と初めて関わった時同様、首筋を噛まれたのだが、最初に断言しておくが、首筋は弱いのでやめてもらいたい。


「おい、首筋はやめろって言っただろ…」ゼェゼェ


「あ〜ごめんごめん!でも、気持ちよさそうにしてたじゃん」


「あ?」


「ご、ごめんって。そんなに怒らなくても」


「ふん…急に連絡してきたと思ったらガム忘れるとか…俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」


「それは…」ゴニョゴニョ


「…?まぁ、いいや。早く戻るぞ。こんな所見られたら誤解される」


「そうだね、私も笹目くんもそこを見られるのは今後に支障をきたすかもだからね」


今後って事は彼女はまた忘れるつもりなのだろうか?俺はその事を聞かず流すことにした。


教室に戻る廊下、2人の背中を見る教師が1人。


「あれは…伊豫と、噛波?」


2人を見て、教師の笹目仁は嫌な過去を思い出す。それは彼の弟、笹目伊豫が人と関わりを持つ事を諦めたある事件の事であった。


(また、あの時みたいになる前に…)


仁は一つの決断をする。



放課後、彼女に連絡アプリ“LEON”で「待っててほしい」そう連絡があった。

直接話に来なかったのは騒がれる事を考慮したのだろう。


「仕方ねぇから公園で待つか」


学校に残っていてもやる事はない。コンビニも近くにある公園で待つことにする。放課後と言う事もあり、公園には遊具や砂場遊びをしている子供達が大勢いた。


遊具から少し離れたベンチに腰掛け、鞄から文庫本を手に取る。栞の場所、続きから読もう。そう本を開いた時、本に影が出来たことで誰かが来た。そう思い顔を上げる。

顔を上げると小学生?いや、保育園児の少年がぼーっとこちらを見ている。


「ど、どうしたの?」


「それ、きれい…」


「それ…ああ、栞の事か」


俺が本に挟んでいた栞。それは金属製のもので名前が分からない花とイルカがデザインされたもの。中学生の時、修学旅行先の水族館でプレゼントされたものだ。

手に持った時、園児の目の輝きは一層増した。


「ほしい?」


「…ん」


首を縦に振る園児を可愛いと思えてしまう。


「はい、どうぞ」


「いいの?」


キラキラと目の輝きを増す園児。俺は微笑み、彼に手渡す。


「兄ちゃん、一緒にあそぼ!」


「はいはい」


そんなこんなで、園児と遊ぶ事になってしまった。まあ、彼女を待つ時間も有る。彼の小さな手に引かれ砂場へと向かう。


「あ、お名前はなんて言うの?」


俺は聞きそびれていた名前を彼から聞く。


「かいっていうの!海ってかんじでかくってママいってた!」


元気いっぱいの大変いい返事だ。海くんは人馴れが早いな。そう感じる。


結構な時間(20分程度)、砂場遊びをして手を洗いタオルを貸し出し2人で手を拭いている時、後ろから声をかけられる。


「もしかして海と遊んでもらっていましたか?」


「はい、えっと海くんのお母さんですか?」


「ママ!」


彼の母親を見つけた時の声が答えのようだ。


「すみません…保育園から帰ったらそのまま公園に行ってしまって料理の最中で手が離せず…」


疑問に思っていたことが解消された。


「海くん、もう1人でここに来ちゃダメだぞ?母さんと一緒にだ。外は危ない事が多いから、約束できるか?」


「兄ちゃんがいるとき来ちゃダメ?」


ゔっ…すごく破壊力のある上目遣い…こやつ相当な手だれだな?


「そうだな。俺がいる時はヨシとしよう」


「本当にご迷惑をおかけします…」


「いえいえ、こっちもでしゃばっちゃってすみません」


彼のお母さんの配慮で連絡先を教えてもらった。


「海くんまたね!」


「ばいばい!」


海くんのお母さんもペコッとお辞儀をし、帰っていく。その後ろ姿は微笑ましい。

それにしても彼女、噛波さんが遅い…


「一体何をしてるんだ?」


ポツ…ポツポツポッ…


「雨!?」


ベンチに腰掛けようとした時、突然の豪雨にさらされる。園児との遊びに夢中になって天気の変わりを見ていなかった。


「近くのコンビニまで走って、ビニール傘買うか〜」


鞄には教科書やら濡れてはいけない物も多く入っており、傘がわりにはできず抱えてコンビニまで全力ダッシュをする。


コンビニに着いた時、見知った顔を見つける。彼女、噛波さんだ。


(なんでこんなところに?)


疑問に思ったが聞けばいいかと声をかけようとするが俺は目に映る光景で口をつぐむ。


彼女と一緒に居るのは俺の兄貴だった。


嫌な事が頭によぎる。彼女も、あいつらと同じなのかと。弄ばれていたのかと。また俺は騙されたのかと。


動悸が激しくなる。胃から込み上げてくるものがある。俺はこの光景を見たくない。走った。気づかれないように、その場から一刻も早く離れたかったから。


家の扉を鍵で開け、濡れた服のままベットに埋まる。まだあの時の光景が目にチラつく。


忘れようと、忘れようと。


そんな事を考えていたら俺はいつ間にか眠っていた。

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