我慢のできない嚙波さん
八蜜
第1話 知ってしまった。
放課後のクラス、残っている生徒なんて居ない。そう思い込んでいた。でもそこに彼女は居た。なんでこんな時間まで残っているのか、そんな疑問よりも彼女の頬を赤らめ、心配になるような息遣いに僕は声をかけた。いや、かけてしまった。
「もう我慢なんて…できない!」ハァ
「だいじょう…ぶ!?」
そう、今思えばこれが僕と彼女の“秘密”の始まりだった。他人と深く関わらない僕に彼女が無理やり近づいた瞬間だった。
高校1年の春からちょうど6ヶ月経った今日。10月に入ったにもかかわらずまだまだ暑い日が続く。
今日は気温が27℃という異常気象。昨日は18℃だった為僕は少しだけ着込み家を出たのだが…それがまずかった…
「暑い…」
(秋はどこに行ったんだ…まだ夏が続いてるように錯覚するぞ…?)
5限目の授業は古文。4限目が体育、そして昼食となりクラス全体が睡魔に襲われている昼下り…
(こんな状況でもやっぱり凛としてる)
僕の視線の先には彼女、噛波(かじなみ)さんが写る。彼女は文武両道、人当たりも良く、なんでもそつなくこなす完璧超人…
完璧すぎて人間なのか疑うレベルである。片や僕は成績は中の上、運動神経は中、何もかも平凡レベルである。でも決して彼女に憧れているわけでは無い。僕が彼女なら周りの目を気にして普通では居られないだろうから。僕は一人でいいのだ。
先生に指摘されても動じずスラスラと答える彼女はやはり絵になるほど綺麗だった。
キーン、コーン、カーン、コーン…
「おぉ、それじゃぁ今日の授業はここまで」
先生が退出し、教室の中では何人かのグループで集まり今後の予定などを話し合っている。今日は5限で授業が終わる為、何人かのクラスメイトは遊びの予定を決めている様だ。その会話を耳にし、今日の曜日が金曜日だという事を思い出す。
(そっか金曜日か、今日は早めに帰ってゲームをしようっと…)
そんな呑気な事を今の僕は考えていたのだ。あの時、教室を出る前に荷物の中身をちゃんと確認しておけばと。
学校から足早に帰宅して自室に入る。
(あ、ゲームの前に少しだけ勉強するか。月曜になんか小テストがあるって言ってたっけ?えっと…復習プリント、プリ、ント…?)
「プリントが無い…」
なんたる失態。面倒だが学校まで取りに帰る事にした。片道電車で10分の道のり。自転車で登校するのも面倒なので電車を使う事にした。東京などの都会と比べると田舎なのだが、数十分置きに電車が走る。駅のホームに入るとちょうどいいタイミングで駅に入ってきた電車に乗車する。
それから数分揺られ最寄駅に降り、歩いて学校へと向かう。通学路ではもう生徒の行き来は無く、学校に残っている生徒は部活動のある生徒だけなのだと思う。
(なんか、人の気配の無い学校って少しワクワクするの何でだろう…)
男の子なのだ。いや、男の子でなくともそう感じる人が少なからずいるはず、多分…
「〜♪」
鼻歌混じりに校舎の中へと入り、自身の教室へと歩く。いつもとは違う雰囲気を纏う学校も悪くはない。そう感じさせる何かがあるのかもしれない。いつもなら鼻歌、スキップをする事もないがその時は恥ずかしげも無くしていた。
教室に着き、扉に手をかけると中から女性の声が聞こえる。
「…?」
教室の扉に耳を当てる。
(声って言うよりは息遣いか?)
まぁ考えていても仕方ない。教室の扉を開く。そこには彼女が居た。噛波さん。机に右手を置き、屈んでいる。頬が赤く、異常な息遣い。
僕は迷わず駆け寄り声をかける。
「あの…」
「…て…」ハァハァ
「…?」
「もう我慢なんて…できない!」ハァ
「だいじょう…ぶ!?」
彼女は僕に飛びかかり覆いかぶさる。一瞬の事に何が起こったのか分からず混乱する。
ガリッ…
首筋に違和感を感じる。
「噛波さ…ん?」
(え、何!?噛まれてる!?)
昔本で読んだことがある。人間に混じり生活する吸血鬼が居たと。その時の僕は吸血鬼なんて空想上の生物なんて居ない。そんな御伽話のような事ある訳無いと思っていたのだが…
(まさかね…?)
ガリッ…カプッ…ハムッ…ペロッ…
(なんか…くすぐったい…)
「ん…」
くすぐったく、声が漏れる。
そして、その行為が数分続いた後…
「ふぅ…満足!」
「へ…?な」ハァハァ
ツヤツヤの本人、満足という言葉通りに満足したのであろう。僕は疲れたけど…
「あ、ごめんなさい…びっくりしたよね」
「え…う、うん。びっくりしたね」
「私、吸血鬼の血が少しだけ入ってて…」
「うん、それは何となく分かる」
彼女の口の中には鋭利な八重歯が光って見えてしまったから。運動神経、容姿が良いのも説明がつく。
「いつもは我慢できる様にガムを持ち歩くんだけど…今日に限って全部忘れちゃって…」
「ああ、なるほど」
(ガムで吸血衝動を抑えられるのか…)
「発作を抑えようと教室で耐えてたら…」
(運悪く俺が入ってきちゃったと…)
「ごめんね、後この事は内緒にしてほしい…」
「うん。僕も悪かった…でも血を吸われた感触無かったんだけど、発作はもう無いの?」
「え?ダメだよ!吸血しちゃったら赤ちゃんできちゃうじゃん…」カァ
「は?ん?吸血衝動を抑えるために俺を襲ったんじゃないの?」
吸血をすると赤ん坊ができるって言うの初耳だ…
「違うよ、私噛むのが我慢できないの」
「ほぇ…」
何とも情けない声だと自分でも思う。俺の思っていた事と全く違う回答を得たからだ。
「ほら、無性に歯が痒くなる時ない?」
「僕は無いけど…ある人も居るかもね」
「私それが人一倍強くて…お気に入りの噛める物持ってないとダメなんだよね…」
「お気に入り…?なら何で僕?」
「前から思ってたんだけど、凄く噛み心地の良さそうな皮膚だなって…発作が起こった時に丁度良いタイミングで見ちゃったら我慢できなかった…ごめんなさい」
(そんなに良い皮膚してるかな…?)
「まぁ、大体分かった。噛波さんの事は内緒にしておくよ。でも僕から一つ条件良い?」
「うん!私にできる事なら何でも言って!」
「じゃぁ、僕とは何も無かった。この事は忘れて、じゃあ」
僕は足早に自身の席からプリントを取り教室を後にする。これでよかったんだ。もうあんな思いはしたくない。だから僕は一人でいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます