第34話 現代魔術師の答え


 目が覚めた時、空はまだ暗かった。


 俺は校舎を背凭れに寝かされていて、彼女たちは俺の両隣に座っていた。


「おはよう、修君」


 目が覚めた事に気が付いた輝夜ちゃんが、俺に優しく微笑んだ。


「おはよ、修」


 少し遅れて瞼を擦りながら瑠美もそう言ってくれる。


「ご……」


 俺の第一声……いや、一言目を聞いた彼女たちは俺の頬を両方から押さえて来た。


「ふぁい?」


「それは違うわ」


「ごめんじゃ無いでしょ、まずは」


 そう聞いて、俺は顔を上げる。

 グラウンドに倒れる300人の老若男女。

 その中には、父さんや土御門宮子の姿も視える。


 本当に、二人は強くなったらしい。

 いいや、一目見た時からそんな事は分かり切っていた。

 二人の魔力は澄み切って居て、完全にコントロールされていた。


 そうなれば、後は才能の領域だ。

 一月、ミルや春渡が協力した事を加味しても相当に頑張ったんだろう。


 そして、その力を俺の為に使ってくれた。

 嬉しい。泣きそうだ。

 だったら、確かにごめんじゃない。


 2人が手を放して、探る様に俺の顔を覗き込む。


「ありがとう、2人とも」


 そう言って、俺は笑ってみる。


 俺の願いに2人を巻き込んだ。

 2人は俺の為に、俺に協力してくれた。

 2人は俺の友達でいたいと言ってくれた。


「貸し借りは趣味じゃないの」


 輝夜ちゃんはそう言ってくれる。

 でも、俺は借りてるって感覚が凄く強いよ。

 だから、部活だっけ? それも入るし。


 そんな事を考えていると、俺の制服のネクタイが引っ張られる。


 朱色の閃光が、夜空を照らす。


「ん……!」


「え……?」


「な……!」


 瑠美の唇が、俺の唇と重なっていた。

 完全な不意打ち。

 完全に予想外。


「はっ!?」


 一番驚いているのが瑠美自身って事は、瑠美の意思じゃないんだろう。


「ステラか……」


「レン、ありがとう。

 これで一緒に居られる」


「あぁ、良かった。

 本当に良かった」


 あの安倍晴明の術式は成功したらしい。

 とは言え、安倍晴明ほどステラは内向的な存在じゃないのだろう。


「っつ……これは、その事故だから」


 耳まで赤く染めて、瑠美はたどたどしく言葉を紡ぐ。


「許す」


「ごめんね。

 ステラは迷惑かけてない?」


「迷惑しかかけて無いわよ。

 でも、この呪術師たち倒せたのはこいつの力もあったから……」


 へぇ、ステラの力を使えるのか。

 そりゃ凄い。


「申し訳ないんだけど、ステラを君の身体に同居する事を許してやって欲しいんだ」


「良いわよ」


 結構必死にお願いするつもりだったけれど、それとは裏腹に瑠美は簡単に同意してくれた。


「アンタの大切な人なんでしょ。

 だったら良いわよ」


 決して賢くはない彼女だけれど、だからこそ判断に迷いが無い。

 淀みが無い。

 そう言い切ってしまう勇ましさには憧れるよ。


「修君」


 瑠美との話が一段落した所で、輝夜ちゃんから声が掛かって首を曲げる。


「ん?」


「私も」


 そう言って、輝夜ちゃんはゆっくりと俺の顔に自分の顔を重ねていく。

 避ける、止める。やろうと思えば好きにできる。


 でも、何故かする気にならない。


「ファーストキスよ」


 羽の様に軽いそれを離すと、輝夜ちゃんは澄ました顔で言った。


「え、二回目じゃ無かった?」


「忘れたわ。そんな事」


 そうだね。

 あれは、凄く卑怯で、凄く狡くて、凄くルール違反だらけだった。


「輝夜ちゃんって優しいよね」


「私なんて最低な女よ。人の視線ばかり気にして、自分の好きな事が何かも忘れてしまった哀れな人間」


「でも、俺にやり直す権利と機会をくれたから、俺は君を優しい人だって評価するよ」


「そう、ありがとう。

 でも今は私の自己評価も変わったのよ。

 だって、好きな物が出来たから」


 そう言って、輝夜ちゃんはにっこり笑う。

 月光と星の光が、彼女の可憐さに花を咲かせて、俺の瞳を魅了する。


「可愛いね」


「当然よ」


 友達ってこんなのでいいんだろうか。

 なんて、思わなくもない。

 普通の友人はキスなんてしないだろう。

 親友でもしないだろう。


 でも、世の中恋人じゃ無くてもキスくらいする物だ。


 この関係を何と呼べばいいのだろう。

 友達なんて、安易で些細で安直で簡易的。

 そんな言葉で言い表すには、少し複雑性が増し過ぎた気がしなくもない。


「キスフレンドってどう?」


「ぶっ飛ばすわよ」


「貴方、それ人前で言ったら窒息させるわよ」


 ちょっと自信あったのに。


「っていうか、女の子二人も侍らせて随分偉そうね修」


「それは私も思う所よ。

 この国には一夫多妻制なんて無いし、浮気や不倫は普通許されない事だという自覚はあるの?」


「あるよ」


 それくらい知ってる。

 漫画やドラマで良く視るテーマだ。


 でも、じゃあ選べって言うのか。


「別にどっちかを選ぶのは良いんだ。

 総合値から計算して、最も俺に利益を齎してくれる方を選ぶ。

 できるかできないかで言えば、できるよ」


「えぇ、でしょうね」


 自信満々で輝夜ちゃんは言う。


「何よそれ……」


 少し不安げな表情で瑠美は言う。


「でも、そうしたら選ばなかった方とはもう同じ関係では居られないんだって何となく分かるんだよ」


 恋愛経験無しの俺でも、それくらいの事は分かるんだ。

 選ぶとは、選ばなかった方を捨てるという事だ。


「選ばずになあなあで関係を続けたいっていうのが本音。

 今、俺は凄く楽しくて幸せだから」


「最低ね」


「死ねばいいのに」


 一回死んでるから許してよ。

 無理? あぁ、だよね。


「将来、どっちかを選ぶときとか、他の誰かを選んだとしても、少なくともどっちかの人生は俺と居た時間だけ無駄になる。

 だから、無駄にしない為に賢い選択をするなら早い方がいいと思うよ」


 失うのは怖い。

 失うのは怖いんだ。


 俺は知っているから。

 失う瞬間をこの目に何度も焼き付けたから。


 ステラを一度失ったから、知っている。


「あんな気持ちになる位なら、俺はどっちも選ばないよ」


 俺は輝夜ちゃんが好きだ。

 俺は瑠美が好きだ。

 俺はステラが好きだ。


 今日、俺は嫌という程にそれを自覚した。


「土御門さん」


「何よ?」


「こうしましょう。

 私と一緒に居る時は、修君は私の物よ。

 だから、貴方と一緒に居る時は修君は貴方に上げる」


「ムカつくわ。

 こいつが一番得してるって所が特に」


「それなら、譲ってくれる?」


「嫌よ。修は私の友達だし」


「私は貴方と少し一緒に過ごしたけれど、やっぱり合わないと思ったわ」


「奇遇ね。

 私もアンタとは合わないって思ったわ」


「だから、こうして3人で何かする事って凄く稀なケースだと思うの。

 私と土御門さんは友達じゃないから」


「そうね」


 なんでこの人たち、俺の所有権について俺の事無視して話進めてるんだろ。


「修君もそれで良いわよね。

 これは、貴方の我儘を叶えた結果の、私達の落としどころなのだから」


 そうだね。

 結局、俺の言っている事は大層壮大な我儘だ。

 それでも彼女たちは文句を言う処か、考えてくれた。

 意見のすり合わせまでしてくれた。


 落としどころというのなら、それは俺の落としどころだ。


「ありがとう、2人とも。

 でも、偶に3人で集まって何かしようよ。

 素麺美味しかったし」


「貴方ね……」


「アンタ……」


 2人が同時に溜息を吐く。

 そして、諦めたように呟く。


「偶に……ね」


 輝夜ちゃんが瑠美に目くばせする。

 それを受けて、瑠美も渋々といった風に呟く。


「偶にね……」


 その様子が少し面白くて、俺は吹き出すように笑ってしまった。


「ップ……」


「は?」


「笑われた……? 私が……?」


 そこからは散々だ。

 瑠美はキレるし輝夜ちゃんは拗ねるし。


 でも、こんなのも楽しく感じる。


 俺はグラウンドを走って2人から逃げながら、デートの誘いをしてみる。


「良かったら、今日家で夕食を食べて行かない?」


 そう言った瞬間、二人の魔力が一気に爆発する。

 精霊武装に、勇者降霊って。


 普通に一瞬で俺は捕らえられた。


「あのさ、本気出し過ぎじゃないですかね?」


 2人に両腕を抱えられて、俺はビビり声でそう言うしか選択肢は無かった。


「しょうがないわね」


「今日だけよ」


 2人はお互いを見合ってそう言う。


 2人はお互いを合わないなんて言うけれど、俺から見ると結構相性良いんじゃないかな、なんて思ったりもしてしまう。




 気絶している300人の記憶を消して、家まで送り届ける。

 それで、父さんと土御門宮子の計画は水の泡だ。


 父さんがこの先何をしても、土御門宮子が何を計画しても、止められる自信がある。

 だから、記憶を弄る事も殺す事もしなかった。


 まだ、世界を救うなんて大層な英雄譚は語れないけれど、それでも俺は大切な人を守れるくらいには強くなったと、自信を持てている。


「本当にありがとう、瑠美、輝夜ちゃん」


「私も、ありがと」


「えぇ、こちらこそ」


 そう言って、2人は俺に笑いかけてくれる。

 それが、凄く嬉しく感じたのだ。


 鍋パ?

 タコパ?

 何がいいだろう。


 なんて、前世じゃ絶対考えなかった様な事を考えながら、俺は2人を連れて家に帰る事に決めた。

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